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無限の迷宮(110〜)
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しおりを挟むそれから暫くして、ビードーを呼ぶ声があった。ビードーが振り向くと、彼のパーティーでハンターを務める犬系獣人のコネクタが階段を登ったところで息を切らしていた。
「はあ、はあ、もう、疲れた……」
コネクタの首には書類を入れる四角いバッグがぶら下がっている。なるほど伝令係かとビードーは察し、ひたすら走り回らなければならない過酷な役目を押し付けられたらしい仲間に同情する。
「犬だからって、毎回走らされるのは、なんでなんだ……虐待じゃないのか……」
「動物虐待は許せねえよなあ、相棒」
げっそりと疲弊しきったコネクタのところまで歩きながらからからと笑うと、コネクタは恨めしそうな顔でビードーを見上げ、バッグから丸めた書簡を取り出して突き付けた。
ビードーは「ご苦労さん」と上機嫌に言って書簡の紐を解いて開いた。通常は指揮官へ渡される伝令書だが、この砦の指揮官は花を摘みに行ったきり、かれこれ四時間ほど戻ってきていない。
「ええと……? なんだ? 読めん。なんであいつらはいちいち小難しいことを書くんだ? 頭が悪いのか?」
ビードーが一気に不機嫌になって紙を突き返すと、コネクタはさっきのお返しとばかりにケタケタと声を上げて笑った。
「これだから『鱗人は~』なんて言われるんだ! これには、こう書いてあるんだよ──『日没とともに全軍後退。北上し、ノルン南門にて徹底抗戦せよ』」
「日没っつってもよう、もうすでに日没の後くらいに暗いぜ」
「まあ、もう日没だからねえ」
屈託なく告げる犬面が小憎たらしい。ビードーは額に手を当てて短く思案すると、コネクタから伝令書をひったくって踵を返し、先ほどの若い兵士にそれを渡した。
兵士は素早く紙面に目を走らせ、ぎょっとする。文句こそ出ないが、また後退するのか、と無言の中に聞こえてくるようだ。
「悪いが、全員に伝えてくれねえか。しかも、日没ってのはまさに今のことらしい。急いで全員まとめて馬で移動開始だ。俺は五分だけここでクソどもを足止めする。五分経ったら全部ほっぽって逃げるから、それまでに出発しろ。ほら、早く行け!」
最後は追い立てるようにして兵士を走らせたあと、ビードーは再び狭間から魔物の軍勢を見下ろした。黒い波が押し寄せている。延々と満ちるばかりの波。
ふと、さっきよりも暗くなっていることに気付く。今が日没というのは本当らしい。隣にコネクタがやって来て、短弓を引き絞った。ひゅん、と小気味良い音を立てて飛んだ弓は、暗がりに消えて魔物を一体葬った。
「領主様……アルベルム辺境伯捜索のための部隊がまた王都を出発したみたいだ」
神妙な顔でコネクタが言った。コネクタは伝令の傍ら様々な情報を仕入れている。戦況、貴族の動向、グランツ捜索の進捗。特に、このような状況にあっても人間たちは貴族への批評を忘れない。有事にこそ貴族の本質が見えるなどと嘯いて、どの勢力を支持すべきかと細やかに議論しているのだ。いつもなら、その様子を冷ややかに見ては小馬鹿にしているだけの亜人たちであるが、今回ばかりは無視できない話題でちっとも笑えない。
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