西からきた少年について

ねころびた

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洞窟の迷路(134〜)

134 洞窟の迷路

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 どこからか不穏な音が聞こえた気がしたレオハルトは、足を止めて耳を澄ませた。巨大な何かが頭上で渦を巻いているような、気味の悪い音だ。
 道が複雑に入り組んだ洞窟の迷路は、かれこれ半日歩いても終わりが見えない。リュークたちは一体どのくらいの速度でここをどう往復したのだろうか。
 洞窟内の魔物は何故か襲いかかって来ないので進むのは楽だが、それにしても道のりが半端な距離ではない。
 洞窟には足音や息遣いやその他の何かが次々と反響して、恐ろしい音が轟々と絶え間なく鳴っている。疲れが溜まってくると、その音の中に人の声が聞こえたりして、はっとする時がある。

「どうしたの?」とトレントの杖を持ったミハルが首を傾げる。レオハルトは「いえ……何でも」と言葉を濁して歩き出した。
 気品あって美しかったブーツも、すっかり旅人のブーツらしくくたびれてきている。そろそろ予備のものに取り替えなければ、とたまに貴族の側近らしいことを思い出しては、アルベルム辺境伯の失跡により今ごろ地上でどのような騒ぎになっているかまで想像が及んでしまい内心げんなりする。

 本当に、何故、王都に行くだけなのに、このような事態となってしまったのか、理解に苦しむ──!


「レオハルト、あなた顔色が悪いわ」ミハルが同情のように言って、トレントの杖でギムナックの肩をちょいと小突いた。「ねえギムナック、そろそろ休憩にした方がいいんじゃないかしら」

「いや、この辺は魔物の気配が濃い。もう少し進んでからにしよう」

 レオハルトよりもさらに窶れた様子のギムナックが振り向く。目が落ち窪んで、歩く姿勢すらどこか虚ろで、なんとも体格の良いアンデッドのような大男は、どことなく気弱な空気を纏っている。

「でも、さっきからずっと変わらないじゃない。ここの魔物は襲ってこないし、この先に行けば行くほど危険な魔物が出てくるかも知れないわよ」

「うむ……」

 それはそうだが、と尻すぼみに呟き、近くを歩くリュークを見下ろした。リュークは、リンが咥えている寝袋の中をちらちらと覗き見ている。中で眠り続けているグランツは先ほどから急に夢見が悪くなったらしく、たまにうなされている。
 この長い眠りには、レオハルトでさえも心配の色を隠せない様子だった。どんな高熱でも眠る前に治してしまう丈夫な辺境伯が、このように寝続ける原因とは、やはり切り落とされた腕のせいだろう。

「私は、〈悪魔の人形プーパ〉を二度見かけたことがあります。あれは、魔物とはまた違うような気配でした。たまたま接触せずに済みましたが、もしあのまま悪魔を呼んでしまっていたら私は殺されていたでしょう」

 レオハルトは端正な顔で淡々と言うので、本気か冗談か分かりにくいときがある。
 リュークは「レオハルトは悪魔が怖いの?」と尋ねた。純粋な質問に、レオハルトは思わず息を呑む。

「悪魔は強いからな」

 代わりにソロウが答えた。

「ユフラ婆さんはもっと強いよ」と、リューク。

「……ははっ! お前の祖母ばあさんは物知りな上に悪魔より強いのか! そいつは最強だ!」

 ソロウは盛大に笑った。まさか世にも恐ろしい悪魔の話でを引き合いに出してくるとは思ってもみなかった。他の面々もどっと笑い声を上げて、洞窟の迷路に色んな音が響き渡る。

 わんわんとした残響が遠退くまでかなりの時間が掛かったが、リュークはそれさえも楽しんでいるようだった。ほとんど最後尾を鬱々とした表情で行くヴンダーなどは、少年の潤沢な体力に舌を巻くばかりである。
 いや、少年だけではない。旅の経験も浅い少女フルルは別として、アルベルム兵も、冒険者も、貴族側近も、彼らは遠いアルベルムの街から歩き通しで、荒野の長い道のりも、豪雪吹雪の中も、日照りの泥道も、無限のような迷宮内も延々と進み続けているのだ。どう考えてみても、彼ら全員がS級冒険者を凌ぐ体力を持っている。

(化け物ばかりじゃないか……)

 ますます自分が情けなくなったヴンダーが溜息を吐こうとしたとき、前の方から声が聞こえた。

「──扉だ! 次の部屋に着いたぞ!」
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