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無限の迷宮(110〜)
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しおりを挟むビードーたちの現在地は、アーカス侯爵領南東部である。そこは王都ノルンから見れば南西──つまり、伝令書の通り真っ直ぐに北上しても王都南門へは辿り着けない。今回の緊急事態においては、とにかく下される命令の雑さが際立っている。確かに緯度で見れば南側であることに間違いはないが、なぜ直にアーカス侯爵領と接する西門ではなく南門なのか。
ビードーは、未だほとんど情報を得られていない。そもそも彼は緊急依頼の内容についてしか考えないようにしていて、緊急依頼が出された経緯やあれこれのことは深く考えるだけ無駄だと決めつけている。例え、多少は国の情勢などについて考えるとしても、細やかな思量とはならない。小難しい話は嫌いなのだ。何を倒してどれだけの報酬を得るか、彼が考えるのは常にそのことのみである。
が、こうなってはさすがに気にしない訳にはいかない。何せ、あの辺境伯に関わることで、今となっては自分の命にも関わる情報である。
「なぜ南門へ向かうのかって?」馬上の若い兵士が器用に松明に火を灯しながら答える。「西側では魔物暴走が起こっていないからですよ。対し、東南北側は大量の魔物で溢れ返っているそうです」
「北でもか!」
「ええ。ですが、今のところはブリシュ公爵とフレンチェ公爵が懸命に食い止めているようです。東側もゲルム公爵がしっかりと守っていると聞きました。ゲルム公爵はさすがに魔王軍慣れしていますから、そう簡単に突破されることはないでしょう。ただ、ここ南側は……」
「バルバル侯爵といえば、あまり軍事の話を聞かないね」
コネクタが並走して口を挟むと、「バルバル侯爵はなあ……」「あれはなあ……」と周りの騎兵から殆ど呆れた声が漏れた。
王都南のバルバル侯爵領の周囲は比較的軍事力のある領地が連なっているので、バルバル侯爵が対魔物戦を想定する機会は少ない。その機会というのも、領内にぽつぽつと湧く魔物の駆除と、義務として命じられている魔王軍討伐のための兵士派遣を最低限行う程度。それも王にバレないように上手く立ち回っているだけで、実際に討伐する魔物の数など年間でもたかが知れているという。
「軍事協定を結んでいるアーカス侯爵領が毎年出兵を惜しまず、バルバル侯爵のノルマ達成の手助けをしているのです。アーカス侯爵領に魔王軍が現れることは殆どありませんから、アーカス侯爵にとっても王の信頼を得るためには悪くない話だというわけですね」
「おう、小難しいな! まあ、でもあれだな、アルベルム辺境伯が来れば、魔物の大軍くらいどうにでもなるだろ!」
ビードーがあまりに誇らしげに言うもので、松明を掲げる若い兵士は眩しそうに目を細めた。
その辺境伯が行方不明であることがどれだけ大陸中を震わせているのか。或いは、その事実の方が魔物暴走より幾らも王を追い詰めているのではないだろうかと考える。魔物の軍勢よりも、アルベルム辺境伯グランツの方が、王にとって恐ろしい存在なのでは。魔物は殺せても、グランツは殺せないのでは。それほどまでに、あの辺境伯の力は絶大なのだ。
もしも彼が行方不明ではなくわざと身を隠しているのだとしたら──? アルベルム辺境伯が何を企てても、今の王に止める術は無いのでは──?
兵士は脳裏を過る「変革」の二文字に気付かないふりをしてビードーを見つめた。
「……しかし、アルベルム辺境伯が無事に間に合うかどうか。テヌート伯爵領で起きたアイスドラゴンの一件はご存知ですか?」
「ああ、一歩間違えたら俺らも巻き込まれるところだったからな。そういや、王は伯爵領を助けなかったんだろ?」
「そう、そのせいで王への信頼が揺らいでいます。王都守護の士気が上がりきらないのは、一件の不信感によるものでしょうね。あ、バルバル侯爵領ではあまり関係ありませんかね、元々弱いんだから」
若い兵士が肩を竦めて言うと、ビードーは少し目を丸くしてから「そうらしいな」と声を立てて笑った。
一方、コネクタは混乱を脱して冴えてきた頭で考えを巡らせる。
バルバル侯爵領は弱いにしても、周辺の領主である伯爵らが動けば、コネクタたちが南門で魔物の軍勢を引き付けながら挟み撃ちに出来る。南が解放されれば、東へ加勢し、そこで勝てばさらに南と東の兵力を北へ回せる。
ただし、それも王都に救う価値があればの話だ。つまり、バルバル侯爵領周辺の領主たちの頭の中次第ということになる。彼らが王都を完全な見殺しにはしないにしても、王都に隣接する公侯爵らごと中央の力を削ごうと考えている可能性は低からず有り得る。
(これは小難しい話になるぞ、ビードー)
コネクタは、心の中でひっそりとそう断じた。
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