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元魔王城(142〜)
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しおりを挟む赤い泉を全部纏めて出来上がった球体は凝縮されて段々と小さくなり、また大きくなり、四角くなり、細くなりつ太くなりつして、さもグランツの腕を繋ぐ悪魔の人形の如く変幻自在に形を変えながら、恰も強いこだわりを持った難儀な性格によって最も良い具合を探し求めているかに見えた。
「スライムみたいだ」
リュークは感心して言ったが、ソロウたちはそれには不同意だった。スライムは確かに柔軟だが、あのように機敏には動けないし、あのように鋭利な形状はとるまいと思うのだ。それに、あれとスライムを並べてみればスライムの方がどんなに愛らしく見えることか。今となってはいっそ恋しくすらある。
さて、もはや球体とも呼べなくなった得体の知れない赤い物体は、ついに色まで変え始めた。しかし清廉な白や可愛らしい桃色や淡い黄色など、優しげのある色味へ変わる気は些かもなさそうだった。黒や、濃い青や、濁った緑や、濃淡のある赤や紫が混ざって、ともすれば地下四階層でぽっかりと空いた不気味な穴の中を彷彿とさせる。
「今のうちに逃げ道を探しましょう」
寒中水泳でも終えた後のように顎を震わせながらミハルが言った。これにはソロウたちも同意した。
なんだかんだ言って、大人たちはこの世のものとも思えないような恐怖の場面に慣れつつあるようだった。以前なら腰を抜かすか意識を無くすかしていそうな状況でも、今は体を動かせる。──魔王と名乗った黒いものを除けば、おそらく今が最も有り得ない恐怖に見舞われた状況であるにも関わらずである。
人は、一定の基準を超えるものの程度を測ることは出来ない。例えば、大き過ぎるものを目の前にすれば大きさを測れないし、持ち上げられないものの重さは量りようもない。理解の範疇にないものは理解できないし、凄すぎるものは全て凄いと一括りにする他ない。
つまり、恐すぎるものは、とてつもなく恐いという以外に知りようもないのだ。
「しかし、逃げ道なんて無いだろう」
ソロウは剣で黒い空間を斬りつけてみながら言った。剣は、どこにを斬っても何にもぶつからなかった。足元すら空を切るように通り抜けた。ここに居る者たちは皆しっかりと立っているというのに、なんともおかしなことだ。
ミハルもレオハルトも小さな魔法をあちこちに放っては何の成果も得られずにいる。兵士らも色々と試してみたが、結果は同じだった。
そのまま数分も経った頃、祭壇の上で身を捩らせていた謎の物体が動きを止めた。
やばいぞ、とソロウが冷や汗を滲ませる。
全員がリューク少年を囲んでひとかたまりになり、兵士らは盾を突き出して防御態勢に入った。レオハルトとミハルは大袈裟なほどの防御結界を展開し、ソロウとギムナックは身体能力強化と反応速度上昇のスキルを発動して武器を構える。
謎の物体は、縦長の球体を維持していた。それは、さながら虫の繭だった。その巨大な繭に亀裂が入ったとき、大人たちの殆どは崩れ落ちて嘔吐した。
レオハルトとミハルの結界は一瞬何かに共鳴して甲高い音を立てると、派手に割れて消え失せた。
リンが心配するように鼻を鳴らす。蹲るミハルの背を鼻で突き、兵士の鎧を引っ掻いてみたが、誰も動けないでいる。
繭の亀裂から、異様に大きなドラゴンの牙のようなものが八本出て来て、亀裂を押し広げ始めた。
「り……リッチ……!?」
四つん這いになりながらもなんとか顔を上げたソロウが、ようよう絞り出した声で言った。レオハルトは、端正な顔を苦痛に歪めながら「いいえ、あれは──」と剣を握り直す。
「〈死者の王〉だ」
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