西からきた少年について

ねころびた

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元魔王城(142〜)

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 死者の王リッチロードは、八本の爪で広げた繭の亀裂からリッチを拡大したに凡そ等しい髑髏どくろ顔を覗かせながら、なかなか出てこようとはしなかった。いかにも妙なのが、チラチラと外の様子を窺っては繭の中へ戻り、また首の骨を伸ばしては外を窺い見て頭蓋骨を引っ込める行動である。これは、さも魔力しか詰まっていないような頭蓋骨の中に上等の葛藤でも存在しているかの如くな、しかも今となって引くに引けない事情でもあるかの如くな、実に心配を誘う異常行動であった。


 時々は呻く声も聞こえる。山鳴りに似た恐ろしい声だ。無論、人間の大人たちからでなく、リッチロードの方から鳴っている。大人たちの方はといえば、もう声も出ないほど弱っていて、つまり、虫の息に近い。
 これを悲しんだリンがさりげなく上を向いて遠吠えをした。あまり美しい遠吠えではなかったが、大人たちは急に体調が回復するのを感じた。

「お、おお……! リンが助けてくれたのか?」

 リンのそばで立ち上がった兵士たちが驚きながらリンの背を撫でた。リンは自慢げに鼻を鳴らし、手近な数人に大きな頬をこすりつけて悪気なく転倒させた。

「ありがとう、リン」

 ミハルとレオハルトも立ち上がった。ソロウも、他の兵士らも立ち上がり、再び武器を構える。リッチロードの葛藤はまだ続いているようだ。
 ギムナックだけは膝をついて懸命に祈りを唱えている。

 リュークは何か思いついたように木の枝を取り出した。それから、木の枝を剣に見立てて何も無い空間に真一文字の切込みを入れた。このとき大人たちは皆リッチロードを警戒していて、誰も少年の行動に注意を払っていなかった。

 リュークは、空間に出来た割れ目をさらに切り開いた。突然の気配に間髪入れずレオハルトが振り向いたが、状況判断に手間取り、掛ける言葉に迷ってしまう。

「リューク!」

「リューク! 何してるんだ!」

 次に気付いたミハルとソロウがリュークに駆け寄って小さな体を抱き竦める。空間の割れ目からは、土の香りを乗せた風が吹いている。
 何を思ったか、突進してきたリンがその割れ目に体を捩じ込んだ。少年がこじ開けただけの割れ目の幅は狭く、尻を無防備にしながら不格好に押し入ろうとする様にはリンならではの愛嬌がある。

 大人たちがポカンと口を開けてリンの尻尾を見送ると、リュークはミハルを呼んだ。

「あれを弱らせると良いんだ」

 とはリッチロードのことである。
 ミハルは目を丸くしながら「う」とか「も」とか「ぐぬ」とかいう意味を成さない声を発しただけで、あとは人形のように固まって思考を停止、もしくは思考に没頭してしまった。ソロウは同情の目でミハルを見やったあと、リュークを拘束していた腕を解いた。直後、空間の割れ目からフルルが飛んできた。

「ぎゃーーー!!」

「わぁーーー!!」

 フルルとフルル以外から悲鳴が上がった。

 その悲鳴が止む前に、今度はヴンダーが飛んできた。

 またそのすぐ後で奇妙な割れ目から悪びれもせず顔を出したリンの口は、気前よくよだれを垂らしながらトレントの杖を咥えていた。
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