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元魔王城(142〜)
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しおりを挟むリュークの足取りは軽かったが、途中では重症の兵士に手ずから回復薬を飲ませてやったので幾らか時間を食った。
トレントの杖は、騒げば今度は杖より酷い物へ変身させられるとでも思っているらしく、死んだように大人しい。
リンと吸血鬼の戦いはより激しくなっている。リンは教会に居た時から戦闘経験が不足していたが、ここへ来て徐々に経験値を積んでいる。魔力値も教会にいた頃より倍近くにまで伸び、いくつかのスキルも習得した。もしこのまま吸血鬼との長期戦となれば、或いは実力で吸血鬼を倒すまでに至りそうなほどの成長速度である。
吸血鬼も漸くそのことに気付き始め、既に顔は蒼白を過ぎて青くなっている。
「くっ、この、犬畜生の分際で……!」
吸血鬼は冒険者や兵士らから抜き取った大量の血を器用に操りながらリンの猛攻を防ぎ、反撃に転じた。
血の刃が無数に現れ、一斉にリンを襲う。リンはその速度に反応が遅れ、辛うじて横へ飛んで逃げたものの、前脚と後脚にそれぞれ傷を負ってしまった。
すかさず吸血鬼が血を抜き取る。リンの傷口から出た血液が幾本もの糸のようになって吸血鬼の口へと吸い込まれていく。リンは慌てて遠吠えの声を上げ、吸血鬼の魔力を跳ね除けた。
「小癪な!」と、吸血鬼が悪態をつく。
(『コシャクナ』って何だ?)と、リンは首を傾げる。
リュークは、そのやり取りをすぐ近くで傍観した。そして、二人がまた戦闘を再開するところへ、トレントの杖を床に強くついて止めた。トレントは一度情けない声を上げただけで、文句を垂れなかった。
「リン、皆を守って」
リュークの一言が終わる前に駆け出したリンはソロウを咥えてギムナックの側へ運び、堂々とした番犬のようにお座りして口角を上げた。ソロウとギムナックは、リンの感情豊かな尻尾に顔を打たれながら「やめろ」「逃げろ」と蚊の鳴くような声でリュークを止めようとするが、リュークは何故か嬉しそうに手を振っただけで退こうとはしない。
吸血鬼は、恐怖で動けない。ただ身を固くして立ち竦むことしか出来ない。
「ねえ、ヴァンパイア」
少年が真っ直ぐに呼ぶと、吸血鬼は飛び上がり、反射的に「はい!」と返事した。ソロウたちは吸血鬼の態度に驚き、何やらおかしいと訝しんで目を凝らす。
「皆を治せる?」
簡潔に問われた吸血鬼は、あらん限りの知恵を振り絞って言い訳を並べ立てようとした。しかし、少年の残酷なほど純真な眼差しがその一切を許さなかった。
あ、あ、と繰り返すばかりで言葉を紡げない吸血鬼。
皆を治せるか──とは、つまり奪った血液の返還を求められている。だが結論から言って、それは無理である。というのも、吸血鬼は一度奪った血液が元々誰のものであったかなど覚えてもいないし、一度混ぜた血を完全に元には戻せない。もしも相性の悪い血液を合わせてしまえば人は簡単に死んでしまうだろうし、だとすれば治せるはずもない。そも〈吸血〉というスキルは、自分に血をくれる対象を治す前提にないのである。
「む、む、む無理だ……奪った血を戻すことは出来ない。た、ただ、人の時間で三日もすれば動けるように……動けるようになるはずだ!」
「治せないなら、ダメだ」
無慈悲である。まさか殺すのか、と驚愕したのはソロウとギムナックである。
リュークが吸血鬼を倒せるとは思えないが、やりかねないとも思えるのが何とも恐ろしいのだった。
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