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元魔王城(142〜)
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しおりを挟むそんなに気になるの、と訊かれて、剣士エモリーは若干青みがかった瞳に暖炉の中を隅々まで映しながら「そうだなぁ」と回答だか相槌だかよく分からない返事をした。
黒い床、松明が掛かった黒い壁、遠い天井と煤ひとつ付いていない暖炉以外に何も無い寂しい部屋で、エモリーの気の抜けた声はよく響いた。
「まったくもう」
どこか神官服に似たローブに隠された逞しい腰に岩のような手を当てて頬を膨らませる筋骨隆々の治癒師ハンナは、その太い喉から出ているとはまず思われない鈴を転がすような声で不貞腐れた。
「もう暫く好きにさせましょう。私は少し眠ります」
ハンナの険しい岩壁のような背中に声をかけたアレクシアは、他の女性ハンターに多く見られる靭やかな体つきよりもう少し華奢な身体を黒い床に横たえる。彼女の白髪を隠すためのフード付きの黒いシャツに黒のパンツと美しい褐色の肌が床に溶け込むようで、そのときぼうっと歩き回っていた大柄の剣士ロルトがうっかりアレクシアを踏みそうになり、慌ててよろけて大きな尻餅をついた。
「悪い、当たったか?」
謝りながら心配するロルトの方が、アルベルム兵の鎧よりもまだ重いフルプレートの甲冑と背に担いでいる大盾の重さでなかなか起き上がれずにいる。対し、アレクシアは一瞥もくれずに「当たっていません」とだけ返して目を閉じた。
ロルトはほっとして兜を脱ぐ。まだ皺のない中年の顔に「安堵」と書かれたような分かりやすい表情を浮かべている。そんなロルトへ、歪に曲がった形の杖を握り締めた魔法使いのホラフキンスが恐る恐る切り出す。
「あ、あのぉ……まだ動かないんでしょうか……? こ、これからどうなさるお積もりで……」
床を擦るほど丈の長い焦げ茶色のローブに身を包むホラフキンスは、細く尖った鷲鼻と顎、堪え性のない大きな口と、サハギンに似た目は特徴的でありながらどこか暗く、いつも人目を嫌うように顔を伏せていて、目だけは常に忙しなく動かしている風変わりな人間である。エモリー達のパーティーに先日加入したばかりのホラフキンスはまだ肩身が狭いため、こうして一番柔和な性格のロルトに話し掛けることが多い。
しかし、ここでロルトに期待した返答は得られなかった。立ち上がることを半分諦めたらしいロルトはただ「さあ?」と可愛さとかけ離れた顔で首を傾げるのみで、その後は「動くったって、どう動けっていうのよ」と、つっけんどんな口調でハンナが割り込んできたからだ。
「い、いやあ、べべべ別に、俺は……」
「別に何なのよぅ? あんた魔法使いなんだから、こういうのはあんたが調べてくれなきゃ困るわぁ」
「うっ、すみません……」
「もういいわよ。あんたは特化型だものねぇ。何も出来ないなら大人しく座っててちょうだい。それで、間違ってもさっきみたいに他人の持ち物に触らないこと! さあ、分かったら向こうへ行くのよ!」
「は、はひぃ!」
脱兎の如く離れていったホラフキンスに、ハンナはふんと鼻を鳴らして、治癒師らしからぬ丸太のような腕を組む。
どうにも胡乱な男だ、とハンナは向こうで裾の長いローブを踏んで盛大に転けているホラフキンスを眺めて思う。エモリーがどうしてもと言って聞かなかったから仲間にしたものの、道中の魔物退治や迷宮のボス討伐では何の役にも立たないどころか、あたりをちょろちょろと逃げ惑うだけで邪魔ですらあった。それでも彼を捨てずにここまで連れてきたのは、彼の特殊な能力への期待があるからだ。
「本当に信用していいのかしらん……?」
アレクシアとロルトは端から期待などしていないようで、当たれば儲け物くらいに思っているに違いない。ハンナも初めはそのくちだったが、一旦ホラフキンスの挙動に怪しさが加わってきたと思い始めると、疑心は時間を追うごとに肥大していくのである。
さっきも、メンバーが仮眠を取り始めるタイミングで寝ずの番のハンナの目を盗んで他人の荷物に手を伸ばそうとしているところを見たばかりだった。
しかし、今さらエモリーに掛け合ったところで無駄だ。何故と言えば、このパーティーは既に迷宮の一室に閉じ込められてしまったからだ。二つある扉はどちらも開かず、壊せず、まるで壁と同化しているかのような頑丈さである。つまり、ハンナたちの現在は進むことも引き返すことも出来ない危機的状況にあるという訳である。ホラフキンスについて議論している場合ではない。
さて、とハンナは剣士エモリーの仄かにくすんだ金髪に視線を戻しながら、あの暖炉に何の仕掛けもなければここで死を迎えるしかないかと、頬に手を当てて諦観した。
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