西からきた少年について

ねころびた

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元魔王城(142〜)

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 暖炉に仕掛けといっても、もう随分と前に散々調べ尽くした後だ。上部の排気口はお飾りのようで塞がっているし、どこをどう触ってもしっとりとした質感の煉瓦であること以外に思う点はない。
 それでも、不審極まりない暖炉である。というのも、あの暖炉は以前ここを通った時には無かったものだからだ。この迷宮自体が魔王城から迷宮へ変化して日が浅いため、未だ少しずつ造り変えられている途中なのかもしれない。
 また、エモリーが殊更にこだわって暖炉を離れようとしないのは、迷宮の中には稀に魔覚で感知できない転移魔法が設置されている場合もあるからだろう。

「中で寝てみるか」

 暖炉に何かあると信じてやまないエモリーは、ついに暖炉の中へ毛布を押し込んだ。ちょっと足や毛布がはみ出しはするものの、なんとか横になれそうだった。

 閉所が苦手なハンナは、狭い暖炉になんとか収まっているエモリーを見て顔を歪めた。そして逃げるように目を背け、自分の荷物の側に座って太い金棒のような杖──辛うじて杖の形状をとっているが、ハンナのこれは所謂「バトルメイス」と呼ばれる鈍器である──を磨き始めた。

 少し向こうでは、ロルトも大きな背を丸めて盾の手入れをしている。彼とエモリーはどちらも〈剣士〉だが、ロルトはこの巨大な盾を構えて敵の攻撃を引き受ける防御主体、エモリーは攻撃主体として明確に役割を分けている。年々、盾役を不要とする冒険者パーティーが増加傾向にあるものの、それはロルトほどの防御力やスキルを持たない剣士が迂闊に盾役を担って犠牲になる事例が跡を絶たなかった為でもある。それだけ危険な役目だが、居ると居ないのとでは高難度の迷宮やクエストでパーティー全体の生存率が格段に違うので、〈大盾のロルト〉はいつだって剣士や兵士たちの憧れの的だ。

 ロルトがその大盾を磨き終わった頃、黒尽くめのアレクシアが大盾の影からにゅっと顔を出した。ロルトはとても驚いて声を上げる。

「おわっ! あ、アレクシア! びっくりするから、気配を消して近付くのはやめてくれ……」

「私は気配を消していません」

「んん、そうか? それはすまん。で、どうしたんだ? もう目が覚めたのか?」

「エモリーが居なくなりました」

「なんと!?」

 ロルトは大盾を背負いながら暖炉へ走り寄った。ハンナも血相を変えてやって来た。

 アレクシアの言った通り、暖炉の中が空っぽになっていた。エモリーの姿はもちろん、毛布もない。ただ暖炉の前にエモリーの黄土色のブーツの片方だけが転がっていた。
 遅れて駆け付けたホラフキンスが「転移魔法のようですな」と当然の可能性を示唆した。
 全員は荷物を纏めてから改めて暖炉の前に立ち、決意を固める。

「ロルト、あたし、ホラフキンス、アレクシアの順で入りましょ。アレクシア、分かってるわね?」

 ハンナが意味深な目を向けると、アレクシアは静かに頷いた。それからロルトは暖炉に入らない甲冑のパーツを外して抱きかかえ、大盾を亀の甲羅のように背負ったまま巨体を丸めて暖炉へ潜り込んだ。盾は大きくはみ出しているが、同じく端がはみ出していたエモリーの毛布が綺麗に消えていることから、ある程度中へ収まっていれば一緒に転移出来るだろうと推測された。

 さっきまで沈黙していたはずの暖炉の機嫌は良いようで、十秒を数えないうちにロルトの姿は消えてしまった。

 狭いところが苦手なハンナも、ありったけの荷物を抱いて、油汗をかきつつ背中から暖炉へ入る。すると、今度は五秒も経たないうちに姿が消えた。

「あなたの番です、ホラフキンス」

 アレクシアが促したが、ホラフキンスは顔面蒼白で動こうとしない。アレクシアは仕方なくホラフキンスの陰気な猫背を蹴り飛ばし、それでも咄嗟に暖炉から出ようとする魔法使いに研ぎ澄ました短剣を突き付けて、無理矢理に転移させることに成功したのだった。

 その後、アレクシアはロルトやハンナが持ちきれなかった荷物をまとめて暖炉へ放り込み、最後に忘れ物がないか確認すると、自らも暖炉へ入ってそっと目を閉じた。



    
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