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元魔王城(142〜)
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しおりを挟む魔狼らしからぬ背中からの不格好な着地を決めたリンは、闘争本能をもぎ取られた飼い犬の如くのんびりと立ち上がると、早速ヴンダーを見つけて吠え立てた。
喜びか威嚇か判断しにくい吠え方で、ヴンダーはやや青ざめたが、すぐ後にソロウ、少し間を置きながら続けてギムナック、ミハルとフルル、レオハルト、そして十名の兵士らと寝袋といくつかの荷物、最後にリュークの順で落ちてきたので怖がっている暇もなかった。
「痛たたた……──あ、ヴンダー! あなた、魔力が戻ったのね!」
「おお、確かにS級らしくなってるな!」
「よかったな、ヴンダー! これも全て神の御加護とリュークのお陰だ」
「うわ、すごい魔力だ! あんたって本当にS級冒険者のヴンダー・トイだったんだな!」
「無事だったか、ヴンダー・トイ!」
「治ってよかったな!」
「見違えたぜ!」
口々に祝われ、ヴンダーは赤面しながらはにかみ、自分のせいで盛大に遠回りをさせてしまったにも関わらず、なんと気の良い奴らだろうかと感激する。
「無事で何よりです、ヴンダー」
全員が一通り祝いの言葉を掛け終えたところを見計らって、レオハルトが言った。
「ところで、そちらはプルェ・プティカの皆さんとお見受け致しますが」
騒々しさに呆気にとられていたエモリーたちが揃って背筋を伸ばした。迷宮の中にあってもレオハルトの気品は些かも損なわれることはなく、彼が前に立つだけで周りは自然と緊張する。あのエモリーですら、訓練された兵士のようにぴしっとしている。何故かヴンダーまで直立不動となっている。
そんな中でただ一人、普段と変わらぬ様子のアレクシアが前へ進み出てお辞儀をした。
「仰る通り、我々はプルェ・プティカです。そちらはアルベルム辺境伯閣下御一行の皆様とお見受け致します。この度は、ヴンダー・トイが大変お世話になりました。この御恩は、いつか必ず」
「いいえ。ヴンダー・トイはアルベルム辺境伯領の盟友、テヌート伯爵領を命懸けで救った英雄です。これくらいの幸運は与えられて然るべきでしょう。全てはヴンダー・トイの人徳によるものです」
「ヴンダーが英雄だってえ?」
ハンナが素っ頓狂な声を上げてエモリーと顔を見合わせた。「事実ですよ」とレオハルトが言うと、益々訝しんでヴンダーを振り向いた。
「あんた、ちょっと見ないうちに英雄になるとは凄いじゃないの。まさかアイスドラゴンを撃退したって話は全部本当なのかい?」
「あ、当たり前でしょ! 逆になんで僕が嘘なんかつくと思ったんですか⁉︎」
「だって、魔力皆無でアイスドラゴンを追い払うなんてあり得ないだろ。ちょっとした冗談かと思ったんだよ」
「まあ、冗談みたいな体験ではあったけど……」
ぶつぶつと不満げにぼやくヴンダー。プルェ・プティカは、暖炉から転移したりヴンダーの呪いが解けた理由だったりを含むこの状況をあまり深刻に捉えている様子はない。さすがはS級冒険者パーティー。彼らほど場数を踏めば、どんな異常であっても気にならなくなるものか。──いや待て、そんな筈はないとレオハルトは正常な頭で否定する。どれほどの経験を積もうとも、異常は異常だ。彼らが特別変わり者なのだ。まったく、こうなるとどこを見ても変わり者ばかりで常識が正体をなくしつつある。冒険者はこれだから……と肩を竦める商人の声が聞こえてくるようである。だが、悪くない。一行は、少なからず彼らの陽気に救われているのだ。
何はともあれ、ヴンダーの呪いは解けて、仲間との合流も果たせた。あとは元魔王城を脱出して王都へ向かうだけだ。
──と、その前に。
「悪魔をどうにかしなければなりませんね」
レオハルトは独り言のように呟いて、リュークを眺める。
リュークはミハルのマントを捲っては下ろして遊んでいる。
「このマント、リュークが近くに居る時だけ大人しいみたい」とミハルが感心している。フルルも面白がってマントを突っついたり軽く引っ張ったりしている。マントの吸血鬼は、大人しいというよりも半分失神しているようである。ソロウは「あまり苛めてやるなよ」と笑っているし、ギムナックはまた例の発作を起こして神がどうのこうのと必死で兵士らを追いかけ回している。
エモリー達は既に緊張を解いており、離れていた時間の空白を埋めるようにヴンダーを揶揄って騒ぎ始めた。アレクシアが無表情のまま「すみません、彼らには集中力がありません」と弁明したが、レオハルトは冒険者という自由な生き物のことを近頃ようやく理解しつつあったので、彼らの楽天的で気ままな振る舞いを見守っていると寧ろ良い具合に肩の力が抜けて冷静になれるのだった。
そして、すっかり大人数となった一団の陰でローブのフードを目深に被り直したホラフキンスは、空気に溶けるように息を潜めてひっそりと存在感を消した。
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