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元魔王城(142〜)
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しおりを挟むリュークは吸血鬼のマントがちっとも反応を見せなくなると、兵士の一人が見張っていた寝袋の中身を確かめた。中でもう長いこと眠り続けているグランツ・フォン・ポールマン・アルベルム辺境伯の顔は、石膏像かと思うほど血色が悪い。
「へえ、本当に辺境伯が入ってた」
生きてんのかこれ、と貴族に対して無礼極まりない軽さで手を伸ばそうとしたエモリー。「見世物ではないぞ」と、むっとした兵士が言うと、エモリーは「悪い」と少しも悪びれず笑ってリュークの隣に腰を下ろした。
「やあ、坊主。俺はエモリーっていうんだ。お前は?」
「リューク」
リュークは躊躇いなく答えて、黒い瞳にエモリーを映した。一点の曇りもない美しい瞳に、例の如くエモリーは一瞬息を呑む。
(子供って、こんな目をしてたっけ?)
怖いくらい真っ直ぐな視線に二の句を継げずにいると、リュークの方から口を開いた。
「エモリーは冒険者なんだよね?」
「あ、ああ、冒険者だな」
「ソロウたちも冒険者なんだ」
「おう、そうか」
会話はそこで途切れた。リュークはまるで何かを期待するような目を向け続けていたが、エモリーにはリュークがどういった言葉を求めているのか見当もつかない。それもそのはずである。子どもというのは、得てして何もないときにも期待に満ちた目を向けてくる生き物なのだ。子どもは、いつだって何かを得られる機会をうかがっている。例え空っぽの大人からでも何かが転げ落ちてきやしないかと、その機会を逃すまいと、執拗に大人を見上げるのである。
あまり子供と接する機会のないエモリーはそんなことはつゆ知らず、何と会話を続けるべきか悩む。
そこへソロウがやって来て、腰を下ろしながらグランツの顔を覗き込んだ。
「リューク、閣下の調子はどうだろうな? 随分と顔色が悪いが」
「起きるよ。ご飯食べないと」
これを聞き付けた他の兵士らも集まってきて素早くリュークたちを取り囲む。しかしリュークはお構い無しで、「ねえ、エモリーは冒険者なんだ」と明後日の方向へ舵を切った。ソロウは大人らしく落ち着いて頷く。
「そうだな、エモリーはヴンダーたちと冒険者パーティーを組んでるんだ。エモリーたちはS級冒険者だから、俺とミハルとギムナック、あとフルルよりずっと強い」
「ゴブリンを殺すの?」
「必要があればな。だけど彼らはゴブリンより強い魔物ばかり倒してるぞ。それで、閣下が飯を食いに起きるって?」
「プーパもいろいろ大変なんだ」
「プーパ……?」
この少年は悪魔の人形の苦労を偲んでいるのだろうか? ソロウはどこか可笑しく思いながら、「そうか、大変なのか」と相槌を入れた。
「悪魔の下僕も楽じゃないよな」
「分かるの?」
「そりゃあお前、上司が嫌な奴だったら部下は大変だろう」
「ちょっとソロウ、そんなことリュークには分からないわよ」と、ミハルが割り込んだ。そして強引に舵を取り返すのだった。
「リューク、閣下はすぐに起きるかしら?」
「起きたよ」
「そう。じゃあ、もう少しそっとして──……えっ」
周りに居た兵士らとソロウ、フルルとエモリーまでが「えっ」と叫んで寝袋に目を落とし、仰天した。
石膏像の瞼が薄っすらと開いて、生気のない目が遠い天井を見上げている。
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