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元魔王城(142〜)
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しおりを挟む「グランツ様!」
レオハルトと兵士が飛びかかる勢いで寝袋を開くと、不思議なことに全く痩せた気配のない立派な腕が僅かに動いた。
「……お早う。少し、寝過ごしたか。皆は無事か?」
初めて聞く静かなグランツの声だった。少し掠れていて、いかにも寝起きらしい。
「ええ、皆無事です。お体の具合はいかがですか」
淡々としたレオハルトの声に、グランツは安心したようにもう一度目を閉じる。
「分からないが……とりあえず腹が減ったし喉が乾いた」
「では、この部屋を出て食事にしましょう。起き上がれますか?」
グランツは頷き、目を開けた。レオハルトたちはまたしても驚く。グランツの目が溢れんばかりの生気に輝いていたからだ。さっき見た虚ろな目は見間違いだったのだろうか?
グランツは難なく起き上がり、腕を伸ばし、立ち上がって体を捻ったり伸ばしたり屈んだりして点検した。特に右腕の具合を入念に確かめ、何度も手を開いて閉じてを繰り返し満足げに眺めた。
「うむ、問題ないな。リューク少年……は、そこに居たか。礼を言うぞ、リューク。お陰で腕を無くさずに済んだ」
リュークは嬉しそうに笑って「前の腕より良いね」と言った。
この台詞に違和感を覚えたソロウたちだったが、先ずは辺境伯の復活を喜ぶのが先だった。
与えられた大量の水を飲みつつヴンダーの解呪成功を知ったグランツは、未だ明かされていない解呪の方法には一つも触れることなく、ただただヴンダーの回復を我が事のように喜んだ。また、プルェ・プティカのことも心から歓迎した。
ところで、そろそろこの〈メデューサの部屋〉から出なければならない。問題は、どちらの扉を選ぶかだ。傾向からしてどちらの扉を開けても何も無い休憩部屋へと続いている可能性が高い。
勇敢なアレクシアとエモリーがそれぞれの扉を開けて様子を窺う。
「何もありませんね」
「……おっ、こっちには暖炉があるぞ! もしかして、さっき俺達が居た部屋なんじゃないか?」
だとすれば、この部屋はやはり元魔王城「二つ目の部屋」ということになり、出口はアレクシアが開けた扉の先ということになる。
(転移罠の暖炉……?)
レオハルトたちは疑問に思う。レオハルトたちが先ほど居た〈朽ちたベッドのある部屋〉の暖炉から〈メデューサの部屋〉へ転移できて、さらに隣の部屋から〈朽ちたベッドのある部屋〉へ転移できる仕掛け──?
色々と都合が良すぎるのではないか。城迷宮からすれば、侵入者がリッチやニジメとネペルン、それどころか吸血鬼まで戦わずして先へ進ませる仕掛けとは、随分と思い切った枷を自身に課したことになるが。
第一、あれは本当に罠なのか?
甚だ妙と言うに尽きるが、リューク少年が作ったと考える方が自然なのではないか。しかし、隣の部屋に暖炉を作ったのは何故だろうか。まさかそこにプルェ・プティカが居ることを知っていたとでも言うのだろうか。
あらゆる可能性を考えてみるが、少なくともリュークがプルェ・プティカの存在を知っていたとは考えにくい。であれば、元の〈朽ちたベッドのある部屋〉に戻るためにわざわざ拵えたと考えるべきだろう。直接〈メデューサの部屋〉に設置しなかったのは、部屋には設置できない特性があるか、或いはメデューサが転移しないように配慮したと思われる。
「隣の部屋の暖炉から私達が居た部屋へ転移出来るというのは……もしかすると、ここから先の部屋へ戻って、悪魔を捕まえた部屋へ進むためでしょうか?」
ぽつりと呟いたレオハルトに、ソロウたちははっとしてポンと手を打つ。
「悪魔をどうにかしなきゃなんねえもんなぁ」
「そうだな。元の部屋に戻してやらないと、外へ出たりしたら大変だ」
ソロウとギムナックが揃って腕組しながら言うと、「確かに」「そうだ、そうだった」と兵士らも同意する。さらにリュークが「そうだ、そうだ」と真似か何かよく分からない同調を見せ、意見はいよいよ悪魔解放として固まりつつあった。
プルェ・プティカのメンバーには何のことだかさっぱり分からなかったが、ヴンダーがリュークの革袋に入っている悪魔について説明すると、初めはまた冗談かと思って軽く笑っていたものの、辺境伯一行の真面目な表情を見てにわかに顔色を一変させた。
「本当にマジックバッグに悪魔が……?」
ヴンダーは頷き、やはりこれが正常な反応なのだと思って少し安心した。
エモリーたちプルェ・プティカはこれまで不可能とされてきた「マジックバッグに生物を生かしたまま入れる」ことについて慎重に推考を試みようとしたが、今さら試みたところで「可」とはならないと即座に気付くと、この不思議は一旦横に置いて、行く末を見てみようということになった。
「という訳で、俺らもこの先に同行させてください」
エモリーの申し出を辺境伯一行は快諾した。彼らが居れば、悪魔も倒せるかも知れない。既に出口までの道は把握した。グランツも無事に目覚めた。あとは悪魔を然るべき場所へ返し、ここを脱出し、王都へ向かう。やっと現実的な道へと戻れたことにほっとしながら、辺境伯一行は隣の〈暖炉の部屋〉の扉を開け放つのだった。
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