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第三話
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『リノア、まずはトラウマを与えるほど酷く傷付けたことをもう一度詫びさせて欲しい。覚えていないとはいえ、あまりの内容だったので謝罪せずにはいられなかった。会いたくないと僕を拒絶する気持ちはよく分かった。酷いことをしたと漠然とした話を少しだけ両親から聞かされただけで、具体的な話は聞いていなかったので……無神経な質問をしたと後悔している』
『僕の中にそのような傲慢で倫理観の欠けた部分があると考えると恐ろしい。そして、それ以上に君の心を自らの手で砕いたという事実は耐え難い。僕から手紙のやり取りを提案したにも関わらず、返事が遅れてしまってすまない。心の整理を付けたかったのだ』
『僕には君を愛する資格がないことがよく分かった。それだけに過去の自分が恨めしく、一度君の心を掴んでいたことに関しては羨ましい。君に関する記憶は無くなってしまったが、手紙からは君の優しさが伝わる。本来なら僕のような人間と手紙でもやり取りするのは苦痛なはずなのに……。もちろん、僕が王族だから気を使ってくれていることは分かっているが――』
ロレンス殿下からの手紙は九割が謝罪文でした。
思えば、彼と婚約していたとき……そして婚約を解消するときも、さらには復縁を求める手紙でさえも、ロレンス殿下は一度も謝罪などしたことはありません。
王族が臣下に頭を下げるという行為は恥ずべきものだと信じていたからです。
もちろん、それは自然なことですし……私もそれだからといって謝罪を求めようとは思っていませんが、これだけ長い謝罪文を読むとある疑問が頭に浮かびました。
――この手紙は本当にロレンス殿下が書いているのでしょうか?
私はそれなりに殿下の人となりを知っています。
彼は非常にプライドが高く……間違っても女に頭を下げたりはしない方でした。
思えば、記憶を失ったという手紙から彼は私に何度も謝っています。
人は記憶喪失になるとここまで人が変わるものなのか? 記憶を失ったことがある方を他に見たことがありませんのでよく分かりません。
殿下からの手紙を読み進めると、最後にこんなことが書かれていました。
『君が嫌になればいつでも止めてもらっても構わない。本当に他愛のない日常の話だけで良い……君の普段の生活のことを記して手紙で送ってほしい。僕もそれに返事をするから』
――殿下は私の普段の生活を知りたいと日記のようなものを書いて送ってほしいと望みます。
何だか、記憶喪失を治すという主旨から離れているような気がしますが……それくらいで良いならと私は本当にどうでもいい日常生活のことを数日分記して殿下に手紙を出しました。
どうも、妙なことになってしまい……感情の持って行き方が分からないです。
殿下からの返事は今度はすぐに来ました。
『君の日常生活を知ることが出来て嬉しいよ。僕も君と同じく猫は好きだ。それに――』
殿下が猫が好き……そもそも動物は好きではなかったはずです。
それも、「犬なら使いどころがあるが、猫は利用しようにも使い道がないから好きではない」というような会話をした記憶もありますから猫はお嫌いだったはずなのです。
殿下がお嫌いなら猫を飼うのは諦めようと思いましたのでそれは間違いありません。
そのあと、婚約破棄をした悲しさを紛らわすために子猫を飼い始めたのですが……。
『――以前、君と訪れたという王立美術館に行ってみた。“海辺の木石”という絵画は僕の心を打ったなぁ。君はどの作品がお気に入りだったのか嫌で無ければ教えて欲しい。それだけで、君と美術館に行った思い出だと感じることが出来るから』
殿下はお一人で私と以前ご一緒した場所へと足をお運びになられたみたいです。
美術館では殿下は力強い騎士の彫刻が好みだと仰っていたと覚えていますが……。
私はその時も話したように、百年前の宮廷画家――エルメルト画伯による作品……“神々の宴”に感銘を受けた話を記しました。
殿下もこの絵画は嫌いでは無かったらしく、そのときは随分と話が弾みました――。記憶を呼び戻すきっかけになるかもしれません。
それからというもの、日常生活についてと、殿下の質問に答えた手紙を送り……その返事を受け取るという生活が続きます。
殿下の手紙は時折ユーモアを挟みつつ、私への気遣いを忘れない紳士らしさを感じさせてくれました。
とはいえ、私に合わせている訳でもなく……“神々の宴”については「技巧に走り過ぎていて自分はそこまで好きではなかった」とご自分の意見もはっきり記しています。
ここまで来ると本当に分かりません。
今、手紙をやり取りしているのは誰なのですか? ロレンス殿下の筆跡だけ真似ている別人としか思えません。
気付けば少しだけ殿下の手紙が来ること楽しみにしている自分がいました。
彼はあれ程深く私を傷付けたのに――。
私は感情の変化に戸惑いを感じています。
――別人なら良いのに……。
願ってはならないことを願ってしまうほどに。
『僕の中にそのような傲慢で倫理観の欠けた部分があると考えると恐ろしい。そして、それ以上に君の心を自らの手で砕いたという事実は耐え難い。僕から手紙のやり取りを提案したにも関わらず、返事が遅れてしまってすまない。心の整理を付けたかったのだ』
『僕には君を愛する資格がないことがよく分かった。それだけに過去の自分が恨めしく、一度君の心を掴んでいたことに関しては羨ましい。君に関する記憶は無くなってしまったが、手紙からは君の優しさが伝わる。本来なら僕のような人間と手紙でもやり取りするのは苦痛なはずなのに……。もちろん、僕が王族だから気を使ってくれていることは分かっているが――』
ロレンス殿下からの手紙は九割が謝罪文でした。
思えば、彼と婚約していたとき……そして婚約を解消するときも、さらには復縁を求める手紙でさえも、ロレンス殿下は一度も謝罪などしたことはありません。
王族が臣下に頭を下げるという行為は恥ずべきものだと信じていたからです。
もちろん、それは自然なことですし……私もそれだからといって謝罪を求めようとは思っていませんが、これだけ長い謝罪文を読むとある疑問が頭に浮かびました。
――この手紙は本当にロレンス殿下が書いているのでしょうか?
私はそれなりに殿下の人となりを知っています。
彼は非常にプライドが高く……間違っても女に頭を下げたりはしない方でした。
思えば、記憶を失ったという手紙から彼は私に何度も謝っています。
人は記憶喪失になるとここまで人が変わるものなのか? 記憶を失ったことがある方を他に見たことがありませんのでよく分かりません。
殿下からの手紙を読み進めると、最後にこんなことが書かれていました。
『君が嫌になればいつでも止めてもらっても構わない。本当に他愛のない日常の話だけで良い……君の普段の生活のことを記して手紙で送ってほしい。僕もそれに返事をするから』
――殿下は私の普段の生活を知りたいと日記のようなものを書いて送ってほしいと望みます。
何だか、記憶喪失を治すという主旨から離れているような気がしますが……それくらいで良いならと私は本当にどうでもいい日常生活のことを数日分記して殿下に手紙を出しました。
どうも、妙なことになってしまい……感情の持って行き方が分からないです。
殿下からの返事は今度はすぐに来ました。
『君の日常生活を知ることが出来て嬉しいよ。僕も君と同じく猫は好きだ。それに――』
殿下が猫が好き……そもそも動物は好きではなかったはずです。
それも、「犬なら使いどころがあるが、猫は利用しようにも使い道がないから好きではない」というような会話をした記憶もありますから猫はお嫌いだったはずなのです。
殿下がお嫌いなら猫を飼うのは諦めようと思いましたのでそれは間違いありません。
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『――以前、君と訪れたという王立美術館に行ってみた。“海辺の木石”という絵画は僕の心を打ったなぁ。君はどの作品がお気に入りだったのか嫌で無ければ教えて欲しい。それだけで、君と美術館に行った思い出だと感じることが出来るから』
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私はその時も話したように、百年前の宮廷画家――エルメルト画伯による作品……“神々の宴”に感銘を受けた話を記しました。
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とはいえ、私に合わせている訳でもなく……“神々の宴”については「技巧に走り過ぎていて自分はそこまで好きではなかった」とご自分の意見もはっきり記しています。
ここまで来ると本当に分かりません。
今、手紙をやり取りしているのは誰なのですか? ロレンス殿下の筆跡だけ真似ている別人としか思えません。
気付けば少しだけ殿下の手紙が来ること楽しみにしている自分がいました。
彼はあれ程深く私を傷付けたのに――。
私は感情の変化に戸惑いを感じています。
――別人なら良いのに……。
願ってはならないことを願ってしまうほどに。
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