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第四話
しおりを挟む「最近、機嫌が良さそうだな。リノア」
父からそんな言葉を送られて……私は近頃浮ついた気持ちになっていることを見抜かれたようで気恥ずかしくなりました。
そうです。私はロレンス殿下との手紙のやり取りを楽しんでいました。
優しくて思いやりのある文面――それだけを見れば私はかつて恋をしたときの気持ちを思い出すようで、周囲の風景が色めいて見えるのです。
しかしながら、ふと冷静になったりもしました。
今、楽しく文通をしている相手はあのロレンス殿下である、と。
私を精神的に異常だと決めつけて、愛人を七人も作り……婚約を一方的に解消した男性だったことを思い出すと胸が痛くなるのです。
もしも、彼の記憶が戻ったら――?
きっと、彼自身の人格も元に戻ってしまう。
こうして記憶喪失中のロレンス殿下とのやり取りを続けて彼に惹かれるということ自体……悲しい結末を迎えることが確定しているのではないかと思ってしまいます。
――これ以上、気持ちが高まる前にやり取りを終わらせなくては。
そう思わずにはいられないのです。
「そういえば、殿下は随分と人が変わられたそうだ。常に腰が低くなり、臣下のことを思いやるようになったとのこと。やはり手紙でもそうなのか?」
父は好物の特別苦いブラックコーヒーを飲みながら、私に質問をされました。
――殿下がお変わりになられた?
いつもなら、甘い角砂糖を3つとミルクをたっぷり入れる私ですが……彼のことを考えることで頭がいっぱいだったので、口の中で苦味が広がります。
お父様……これは人間の飲み物ではありませんわ。
「そ、そうですね。ロレンス殿下はとても紳士的で必ず私のことを気遣うような文面を添えられます」
むせ返りそうになるのを必死で堪えながら、私は殿下の手紙について父に話します。
そして、急いで角砂糖とミルクをコーヒーの中に入れました。これでようやく落ち着いて飲めます。
「そうか。いや、記憶を失われる前の殿下の人格を否定するつもりはないのだがな。むしろ、王族の威厳を保つためにはあれくらい誇りを持って行動するということは正しいと思っている」
「ええ、お父様の仰るとおりです」
「ふむ。お前もそう思っているか。うーむ」
――父は明らかに私の顔色をうかがっていらっしゃる。
何か言いにくいことがあるから、苦いコーヒーをもう3杯もお替りしてるように見受けられます。
これはどういうことでしょうか……。
「……あ、会ってくれんかのう?」
「お父様……?」
父の声から、いつものような威信に満ち溢れた迫力がなくなっていました。
気まずさと、申し訳なさが同居したような……か細い声で父は「会ってくれ」と言われます。
それだけで誰と「会って欲しい」のかは大体察しがつきました。
「ロレンス殿下と会って欲しいということでしょうか?」
「端的に言えばそうなる。もちろん、無理に……ではないぞ。前向きに考えてもらえると非常に助かるが……」
公明正大で、曲がったことが嫌いな父は一度口にしたことを覆すようなタイプではありません。
そんな父があのような顔をして、動揺されているということは、つまりそういうことなのでしょう。
「断っておくが、殿下はお前と会いたいとは言っておらん。ただ、陛下がな。リノアには申し訳ないが、一度だけ……一度だけ……、ロレンス殿下と会って欲しい、と。それで、彼の気持ちに決着をつけさせて欲しいと頼みこまれてな……」
確かに、父と陛下は三十年ほどの付き合いがある盟友。
陛下には恩があると常々仰せになっている父は彼に強く頼まれて断れなくなってしまったのでしょう。
そもそも、ロレンス殿下と私の婚約自体が彼らの友誼によるものでしたので……。
「――承知致しましたわ。一度だけでよろしいのであれば、私はお父様の顔を立てましょう」
「そ、そうか。本当にすまない。陛下もこれきりだと仰せになっておられたから。その点は安心してくれ」
今回のことで父に心労をかけていました。
そもそも、会いたくないと答えること自体が不敬だと問われてもおかしくないことなのです。
怖さはありますが、一度だけロレンス殿下に会うことを私は決心しました。
婚約を解消してから半年ぶり以上になる彼との再会。
しかし、気持ちの半分は初対面の方と会う緊張感でした――。
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