【完結】悪女扱いした上に婚約破棄したいですって?

冬月光輝

文字の大きさ
6 / 24

Ep6 シルクハットの男

しおりを挟む
 シルクハットの男はゆっくりと私の目の前まで歩いて来てわざとらしく丁寧に頭を下げました。

「いやぁ、どうも初めまして。僕はアレンデール=ド=セイファーと申します。先程は失礼しました、お嬢様――」

 アレンデールと名乗った男はやはり先程、私に保留にするように助言した人間で間違いないです。
 
 “アレンデール=ド=セイファー”という名前には聞き覚えがありました。
 確か、歴史学者としても有名な“レオンハルト=ド=セイファー伯爵”の長男がそのような名前だった気がします。

 しかし、話がしたいから馬車で送るなど――。

「申し訳ありませんが、私は一応皇太子殿下の婚約者ですので――」

 この方には助けられましたが、だからといって無条件に信用できませんし、男と二人で馬車に乗るところなど見られては何を言われるか分かりません。

「おっと、そうでしたねぇ。ふふっ、あなたは“一応まだ”皇太子殿下の婚約者様でした。これは失礼。あの騒ぎのせいで失念していましたよ。くっくっく」

 アレンデールはシルクハットの角度を直しながら楽しそうに笑っていました。
 なんと、失礼な男でしょうか。助言への感謝の気持ちが一瞬で吹き飛んでしまいました。

「くっくっく、あっはっはっは――。ふぅー、面白かったですよ。殿下の顔色が変わって貴女が勝ち誇った顔をしたり、あの聖女さんの発言からあっという間に空気が変わって貴女の顔色が露骨に悪くなるのも、最高でした。最近のオペラには無かったスペクタクルを感じました――。ふふっ」

 アレンデールは余程面白いことが無かったのか、とにかく笑ってました。
 そりゃあ、もう腹が立つくらいに――。

 どんなに愉快だったかしらないけど、当人の前でそれはないでしょう。
 
「あーはっはっはっ――」

 このいい加減に――。

「いい加減にしろっ! このバカ兄がっ!」

「――っ」

 私が“キレる”よりも早く、アレンデールの背後から彼の頭を目掛けて拳が飛んできました。
 シルクハットは見事に吹き飛ばされて、アレンデールは尻もちをついてしまいました。

「アルティメシア公爵令嬢になんて言い草! 死ねっ、死ぬが良いっ!」

 アレンデールを殴ったのは短い銀髪の整った顔立ちの男? ――いえ、ドレスを着ているので女のようですね……。
 ビジュアル的には完璧に美青年という感じですが……。
 
 尻もちを付いているアレンデールは銀髪の女にボコボコに蹴られています。

「ホントっ勘弁してください。僕が悪かったですから。リルアちゃん、本当に痛いから、やめてください! ――ねぇっ! えぇーっと、聞いてる? 本当に痛いんだってば!」

 アレンデールは半泣きになって懇願しています。もはや整った顔が台無しです。
 しかし、聞く耳を持ってもらえずにしばらくサンドバッグになっていました。

 そして――。


「――もう、本当にリルアちゃんは相変わらず容赦ないですねぇ。このハット結構高いんですよ」

 シルクハットの埃を叩きながら、アレンデールはリルアと呼ばれた女に苦情を言いました。

「ごめんなさい。うちの兄にはデリカシーとか、そういう感情が欠落している“人でなし”でして――。あっ、申し遅れました、私はリルアリア=アル=セイファーと申します。この“人でなし”の妹です! リルアって呼んでください!」

 アレンデールの妹と名乗ったリルアはハキハキとした口調で私に話しかけた。

「それで――どうしても、グレイス様とお話がしたいのですが、少しだけお時間頂けないでしょうか?」
 
 リルアは申し訳なさそうな口調で私に懇願しました。ふむ、まぁ女性が一緒なら話くらい聞いてみましょうか――。

 しかし、セイファー家の兄妹が揃って私に何の用事があるのでしょう?

 私は自分の家の馬車で待っている2人の侍女の内の1人、エリーカに先に戻るように伝えてセイファー家の馬車に乗りました。もう1人の侍女のセリスは私に同行しましたが――。

「伯爵家とか関係ねぇです。お嬢を一人で見知らぬ者の馬車に乗せられるはずがねぇでしょーが」

 セリスは黒髪で背が高くて少しだけ言葉遣いが悪いですが、私が親以外で1番信用している人物です。

 アレンデールは少しだけ難色を示しましたが、仕方ないと頷きました。

「セイファー家っていやぁ歴史学者の家系だろう? その坊ちゃんが、ウチのお嬢に何の用なんだい?」
 
 セリスはアレンデールを睨みながら尋ねました。はぁ、彼女の乱暴な口調は何回注意しても矯正出来ません。

「そうですね。お話しましょう。まぁ、話を聞いて頂くのはお嬢様だけですけどね」
 
 アレンデールは目を見開きました。
 その刹那、彼の瞳は紫色に妖しく光り――。セリスの体も紫色に光りました。

 するとどうでしょう、なんとセリスはあっという間に意識を失ってしまったのです。

「――なっ、アレンデール! 今、セリスに何を!?」

 私は何が起こったのか分かりませんでしたが、アレンデールが“何かをした”ことは分かりました。

「落ち着いてください。ただ眠らせただけです。僕の“魔法”でね――。さぁ、本題に入りましょう。グレイス=アルティメシア――、僕らの仲間になりませんか? アレクトロン皇家を陥落させる同志として――」

 アレンデールはニッコリ笑ってそう言いました。彼の張り付いた笑顔からはとても冷たい温度を感じました。
しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢に転生したので断罪イベントで全てを終わらせます。

吉樹
恋愛
悪役令嬢に転生してしまった主人公のお話。 目玉である断罪イベントで決着をつけるため、短編となります。 『上・下』の短編集。 なんとなく「ざまぁ」展開が書きたくなったので衝動的に描いた作品なので、不備やご都合主義は大目に見てください<(_ _)>

処理中です...