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九章/秘められた絆

命がけのキス

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「お兄ちゃんが…っ」

 ビルの外で事情を聞いた妹の未来や、Eクラスの面々が茫然と立ち尽くして蒼白になっていた。次第に涙目になり、膝をつく者もいる。

「そんな、甲斐…っ」

 泣きそうな健一や由希が燃え盛るビルを前に取り乱して近づこうとする。
 消防隊や救急隊が止めるが、彼らは黙って見ていられない。

「放しなさいよ!消防士も含めて現公務員共はヘタレばっかなんだからっ!あたいは助けに行くよ!甲斐をこのまま放っておけるもんか!」
「俺だって行くぜ!!」と、健一。
「危険です!可哀想ですが…この状態ではもう…「ふざけんじゃねえよ!!」
「もう諦め事言うお宅らはそれでも消防士か!甲斐に限って火事でくたばるわけないんだよ!絶対ないんだからっ!勝手な事言うな!」
 由希や健一が激怒しながらなおも消防士らを振り払おうとしている。
「そうだよ!きっと…お兄ちゃんは無事なんだからっ!それに…「やっぱり友里香ちゃんとEクラスだ」

 そんな時、現れたのは四天王だった。
 火事だという事で騒ぎを聞きつけてやって来たのだろう。Eクラスらは顔を引きつらせた。

「ここで火事があったんだね」
「なんか皆ひどい顔してるけど、もしかしてその顔…誰かが逃げ遅れたのがいるとか?」

 相田がそう問うと、一同は深刻な顔をして下を向いた。そうだと言わんばかりの重い空気が流れている。

「そういえば架谷の姿が見えないが…」

 ハルが気づくと、それに反応を示すかのように周りの空気がますます重くなった。

「も、もしかして…甲斐ちゃんがあの中に…?」

 一同の絶望寸前な顔に拍車をかける。

「兄さん…お願い」

 そんな時、重苦しい空気の中でぽつりと声をあげたのは友里香だった。
 足の怪我をそのままに、一番後ろにいる無表情の直に視線を向けている。

「甲斐さんを…甲斐さんを助けて…」
 友里香は涙をこぼして直に訴えかける。切実に。
「まだ甲斐さんはあの中にいる。きっと出られなくて苦しんでいるはず!だから…お願い!甲斐さんを助けて…っ!兄さんっ…!」

 本当は兄にこんな事は言いたくない。彼をも危険に晒してしまう上に、甲斐だってこの男に助けられたくはないだろう。でも、もう兄しか甲斐を助けられないと思ったから。
 頼りになる兄だからこそ甲斐を助けてほしいから。

「………」

 それを聞いた直は黙って背中を向け、火の勢いが強いビルを眺めて近寄った。

「き、きみ!もう近づいては…「どけ…」
「え…」
「どけッ!!」

 道を塞ごうとする連中を蹴り倒して振り切り、直は近くに置いてあったペットボトルの水を頭にかけてそれを持ち、ビルの中へ入って行った。

「兄さん、甲斐さんを…お願い…!」


 中は熱く、先ほど崩れた天井のせいで奥へは進めない。
 しかし、あちこち壁が燃えたり崩れかかっているために衝撃を与えれば進めない事もない。直は薄くなっている壁を蹴破り、焦げ臭いにおいが漂う中、煙る奥へと進んだ。
 必死に探す。彼を、甲斐を。

 しばらく瓦礫の残骸などをよけながら進むと、そこには誰かがうつ伏せになって倒れているのを発見した。


「架谷!!」

 直は倒れている甲斐に駆け寄って介抱して声をかけた。

「しっかり…しっかりしろよクソ貧乏人!起きろ…起きやがれ!」

 パチンと二度三度頬を叩くも甲斐は全く動かない。その顔はすでに生気がないように見えて直は青くなり、思わず身を固くする。
 最悪の状態を想定してしまい、背筋が凍りつく。しかし、こんな所で終れない。
 妹に涙目であれほど頼まれたのだ。それに……

「…お前を死なせねぇよ…。オレをここまで想わせた責任をとってもらうまで…」

 持っていたペットボトルを口に含み、甲斐の唇に押し当てた。
 それを舌で乾いた甲斐の喉奥に流し込む。

 オレを振った事、絶対後悔させるまでは逝かせるものか。
 お前はオレを怒らせたんだ。本気にさせたんだ。
 もし、このまま目を覚まさないつもりなら、お前を追いかけてやる。地獄の果てまで追いかけて、お前を見つけ出して責任とらせてやる。
 オレから逃げるなんて許さない。

 だから…起きろよ…甲斐―――…。



 なんだろう…。熱いのに…冷たくて気持ちがいい。
 喉が潤っていく…。それに今、誰かに名前を呼ばれたような…。

 ひんやりした感触を体の奥で感じ、甲斐はゆっくり目を開けた。

「…や、ざき…?」

 目の前にありえない人物がいる。
 喜びと悲しみと怒りが綯い交ぜになった顔で自分を見下ろしている。
 どうしてここに…?

「やっと目を覚ましやがったか…クソ貧乏人。このまま目覚めなかったら、潔くトドメをさしてあの世へ送ってやる所だった」

 そんな物騒な事を言いながらも、直の眼が涙目のように見える。

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