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93.大物指名手配犯
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翌日、皇宮内は騒然としていた。
隣で寝ていたはずのメルはすでにおらず、テーブルには「緊急事態があったから仕事に出るね」とメモ書きがあった。何かあったのだろうかと着替えて部屋の外に出る。外に出るとセバスチャンや衛兵達が深刻そうに話し合っている。
「パスカル様、本日はこのフロア以外は出ないようにお願いします」
「え……?」
「まだこの皇宮内に指名手配犯がうろついている可能性があるのです」
「し、指名手配犯……!?ど、どういう事ですか……?」
セバスチャンは言うかどうかを躊躇っている様子だったが、意を決してこちらをまっすぐに見た。
「地下牢に閉じ込めていたリリアが脱走したのです」
「脱走!?」
「本日、処刑が決まっていましたが、最下層の地下牢を見に行けば何者かの手引きにより逃げたようです」
「そんな……一体誰が手引きを」
「未だに一番凶悪な指名手配犯が捕まっていない事は知っていますね?たぶん、その者の手引きでしょう。この警備が強固な皇宮内で脱走を図れるのは相当な手練れ。刑務官はリリアの魅了により仲間にされ、抵抗する者は殺されたと目撃情報です」
「っ……なんて事」
リリアはついに殺しの幇助まで行うようになったらしい。オーガと浮気をしていた頃がまだひどくかわいいとすら思える。
「そして、指名手配犯の手配書はこちらです」
その手配書を見ると、懸賞金が大金貨数十枚と書かれてある。名前がジェイコブ。35歳の厳ついひげ面の男だった。いかにも悪人という顔である。
誘拐された時にリリアと一緒に何人かは他もいたが、そいつらはメルにボコボコにされて捕縛されていた。
しかし、まだ一番の大物のジェイコブとやらは初日にアカシャに来た以来見ていない。自分がリリアに誘拐された時にもそいつはいなかった気がする。
「このジェイコブという男は特に要注意です。元帝国騎士団最強であり、目的のためなら手段を選ばず、冷酷無比かつ自分本位な性格の男です。気まぐれで仲間意識はあまり持たないのですが、リリアを仲間にしたのはその魅了による誑し込みが利用できると踏んだからでしょう」
もはやリリアの魅了はただの男誑し以上に平和を乱す害でしかない。
とんでもない奴をリリアが仲間にしたせいでこの皇宮内は大ピンチなのだ。本当にあの女はトラブルしか運んでこないものだ。
「そんな男がこの皇宮内にいるとしたら恐ろしいっすね……元騎士団最強って書いてあるし」
「そうです。残念ながら、私でもこの男相手ではさすがに敵いません。齢70の老人ですからね。おそらく、ジェイコブめは殿下と互角の強さではないかと思っております」
「め、メルと互角って相当強いじゃないっすか。やばくないですか」
「ええ、ええ。状況は芳しくありません。奴めが数年前に騎士団を除隊してからも鍛錬を怠らずに腕を上げているなら、相当手ごわい相手だと思います。しかし、この数年で帝国騎士団は大きく様変わりし、今最も帝国騎士団で強いのは騎士団長と殿下の二人となりました。二人はほぼ互角ではありますが、最近は殿下の方が若い分リードしており、殿下が世界最強と言えるでしょう。ですから、殿下とジェイコブとぶつかるのは必然と思われます」
「そんな相手を……メルが……」
「パスカル様はこのフロア以外はくれぐれも外に出ないようにお願いします。奴がまだどこに潜んでいるかわかりません。もし、怪しい気配がしたり、何か見かけましたらすぐに声を掛けてください」
そう言われ、衛兵が何人も部屋の前で警備に付くことになった。少し落ち着かないが、ジェイコブとやらが近くにいるかもしれないと思うと仕方がない。自分は戦いにおいてはからっきしダメでド素人なので、せいぜい大声を出すか逃げるかぐらいしかできないだろう。
部屋の中でとりあえずする事がないので、新しいパンの試作でも考えようかと紙とペンを取りに立つと、
「パスカル様、お茶をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
気が利くなぁ、この衛兵の人。でもこんな時に茶ってそんな気分じゃ……ん?
「あ、あのぅ、ぼく、ちょっとトイレに……っあ!」
妙な怪しさを感じて立ち去ろうとする前に、冷たい刃物の感触を首筋に感じた。ナイフを突きつけられている。
「お前は人質だ」
「っ、何が、目的だよ」
十中八九、この男はジェイコブだ。顔は変装しているのかあの悪人ヅラとは違う。
「俺はメルキオール皇太子殿下が大嫌いでな、八つ裂きにしてやりたいと思っていた」
「ただの私怨か。メルキオールになんの恨みがあるんだよ」
「なんとなくだ」
「なんとなくって。理由もわからずこんな事を?バカかよ。リリアを脱獄させたのもか。ただの後先考えない通り魔と変わらないな」
「なんとでも言え。あいつを見ていると腹が立つんだ。だから人生を賭けてでもあいつを追い詰めたいと思った。あの女は大いに利用できるから脱獄してもらったよ。この城の邪魔な衛兵を次々と誑し込んでくれて実にやりやすかったぜ」
人質として一緒に来てもらうと言われた。隠れてナイフを背中に突きつけられ、不審に思われないように部屋の外に出るよう促される。
隣で寝ていたはずのメルはすでにおらず、テーブルには「緊急事態があったから仕事に出るね」とメモ書きがあった。何かあったのだろうかと着替えて部屋の外に出る。外に出るとセバスチャンや衛兵達が深刻そうに話し合っている。
「パスカル様、本日はこのフロア以外は出ないようにお願いします」
「え……?」
「まだこの皇宮内に指名手配犯がうろついている可能性があるのです」
「し、指名手配犯……!?ど、どういう事ですか……?」
セバスチャンは言うかどうかを躊躇っている様子だったが、意を決してこちらをまっすぐに見た。
「地下牢に閉じ込めていたリリアが脱走したのです」
「脱走!?」
「本日、処刑が決まっていましたが、最下層の地下牢を見に行けば何者かの手引きにより逃げたようです」
「そんな……一体誰が手引きを」
「未だに一番凶悪な指名手配犯が捕まっていない事は知っていますね?たぶん、その者の手引きでしょう。この警備が強固な皇宮内で脱走を図れるのは相当な手練れ。刑務官はリリアの魅了により仲間にされ、抵抗する者は殺されたと目撃情報です」
「っ……なんて事」
リリアはついに殺しの幇助まで行うようになったらしい。オーガと浮気をしていた頃がまだひどくかわいいとすら思える。
「そして、指名手配犯の手配書はこちらです」
その手配書を見ると、懸賞金が大金貨数十枚と書かれてある。名前がジェイコブ。35歳の厳ついひげ面の男だった。いかにも悪人という顔である。
誘拐された時にリリアと一緒に何人かは他もいたが、そいつらはメルにボコボコにされて捕縛されていた。
しかし、まだ一番の大物のジェイコブとやらは初日にアカシャに来た以来見ていない。自分がリリアに誘拐された時にもそいつはいなかった気がする。
「このジェイコブという男は特に要注意です。元帝国騎士団最強であり、目的のためなら手段を選ばず、冷酷無比かつ自分本位な性格の男です。気まぐれで仲間意識はあまり持たないのですが、リリアを仲間にしたのはその魅了による誑し込みが利用できると踏んだからでしょう」
もはやリリアの魅了はただの男誑し以上に平和を乱す害でしかない。
とんでもない奴をリリアが仲間にしたせいでこの皇宮内は大ピンチなのだ。本当にあの女はトラブルしか運んでこないものだ。
「そんな男がこの皇宮内にいるとしたら恐ろしいっすね……元騎士団最強って書いてあるし」
「そうです。残念ながら、私でもこの男相手ではさすがに敵いません。齢70の老人ですからね。おそらく、ジェイコブめは殿下と互角の強さではないかと思っております」
「め、メルと互角って相当強いじゃないっすか。やばくないですか」
「ええ、ええ。状況は芳しくありません。奴めが数年前に騎士団を除隊してからも鍛錬を怠らずに腕を上げているなら、相当手ごわい相手だと思います。しかし、この数年で帝国騎士団は大きく様変わりし、今最も帝国騎士団で強いのは騎士団長と殿下の二人となりました。二人はほぼ互角ではありますが、最近は殿下の方が若い分リードしており、殿下が世界最強と言えるでしょう。ですから、殿下とジェイコブとぶつかるのは必然と思われます」
「そんな相手を……メルが……」
「パスカル様はこのフロア以外はくれぐれも外に出ないようにお願いします。奴がまだどこに潜んでいるかわかりません。もし、怪しい気配がしたり、何か見かけましたらすぐに声を掛けてください」
そう言われ、衛兵が何人も部屋の前で警備に付くことになった。少し落ち着かないが、ジェイコブとやらが近くにいるかもしれないと思うと仕方がない。自分は戦いにおいてはからっきしダメでド素人なので、せいぜい大声を出すか逃げるかぐらいしかできないだろう。
部屋の中でとりあえずする事がないので、新しいパンの試作でも考えようかと紙とペンを取りに立つと、
「パスカル様、お茶をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
気が利くなぁ、この衛兵の人。でもこんな時に茶ってそんな気分じゃ……ん?
「あ、あのぅ、ぼく、ちょっとトイレに……っあ!」
妙な怪しさを感じて立ち去ろうとする前に、冷たい刃物の感触を首筋に感じた。ナイフを突きつけられている。
「お前は人質だ」
「っ、何が、目的だよ」
十中八九、この男はジェイコブだ。顔は変装しているのかあの悪人ヅラとは違う。
「俺はメルキオール皇太子殿下が大嫌いでな、八つ裂きにしてやりたいと思っていた」
「ただの私怨か。メルキオールになんの恨みがあるんだよ」
「なんとなくだ」
「なんとなくって。理由もわからずこんな事を?バカかよ。リリアを脱獄させたのもか。ただの後先考えない通り魔と変わらないな」
「なんとでも言え。あいつを見ていると腹が立つんだ。だから人生を賭けてでもあいつを追い詰めたいと思った。あの女は大いに利用できるから脱獄してもらったよ。この城の邪魔な衛兵を次々と誑し込んでくれて実にやりやすかったぜ」
人質として一緒に来てもらうと言われた。隠れてナイフを背中に突きつけられ、不審に思われないように部屋の外に出るよう促される。
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