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十一章直はすべてを捨てた

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 今日は直に会えるかな。退院してからも俺はバイトと猫の世話を終わらせて病院に寄っていた。ソワソワしながら直のいる特別病棟に出向けば、案の定の張り紙を見て肩を落とす。

 やっぱり未だに面会謝絶か。受付でも言われたけど、俺だけいいですよなんて特別扱いはさせてくれないよな。

 果たしていつになったら面会できるのだろうか。かれこれ五日は直と会ってなくて寂しさが募っていくよ。顔は一切見ていないから心配で心配でしょうがないくらいだ。人伝で元気だと言われても、その本人の様子を一切見ていないからピンとこない。

「おお、甲斐くん」

 俺がもやもやしていると、誠一郎さんが護衛の皆さんとやってきた。

「誠一郎さん、久しぶりっすね」
「今、学舎園に寄った帰りなんだ。直が倒れたと聞いて心配していたが、なかなか仕事が立て込んでいて見舞いにもすぐに顔を出せなくてな。今日やっと来院できたはいいが面会謝絶の張り紙を見て呆れたぞ。正之め……余計な真似をしおってからに」
「この面会謝絶ってあの社長のせい?」
「十中八九そうだろう。キミと直を会わせないようにするためだ」
「やっぱりか……なんとなくそんな理由だとは思ってましたよ」

 才堂祥子並にあの社長も性格悪そうだしな。類は友を呼ぶってその通りである。

「よほど正之はキミという存在が気に食わず、都合が悪いのだろうな」
「あ、それ本人に言われました~」

 俺が邪魔だとはっきり言われて逆に冷静になれたくらいだ。

「何!?正之と会ったのか!」
「えーはい。なんか向こうから会いたいって。宣戦布告もされました~」

 あっけらかんと言う俺に誠一郎さんは驚いている。

「……そうか。ついに、か。矢崎財閥と白井グループは本格的にキミを敵だと認識したわけだ。そうなると、どこまでもあやつはキミの命を狙ってくるだろう。諜報員や刺客を今まで以上に送り込んできて、どんな汚い手も平気で使ってキミや架谷家を潰しにかかってくるだろう」

 誠一郎さんの真剣さが奴らの汚さや狡猾さを訴えている。が、俺としてはそこまでピンとこない。

 前々から狙われていたし、白井と結構ドンパチしていたので、顔くらいはもう末端レベルまでは知られているはずだろうと思っていた。あらゆるところから顔が知られて、命を狙われる俺は裏の世界で一番有名な高校生のガキかもしれない。

「でしょうな~。前から裏の人間に刺客を差し向けられたり、監視対象として狙われてはいたんですけど、本格的に暗殺対象として狙われるのは、まー前からそうなるだろうなとは思ってましたよ。白井一味も嫌ですけど、白井より矢崎財閥の方が今は大っ嫌いですわ。とくにあの性格悪いバカ社長が」

 あいつを好きな奴なんてまずいないだろうが、あいつのせいで直が不幸になっているという個人的怨みもある。

「はっはっはっは!もうはっきり言うな~きみは。そういう所がわしがキミを気に入っている理由だよ。わしも今の矢崎財閥は嫌いだからな。先代のクリーンだった頃の矢崎財閥が懐かしく思えるわい」

 昔を懐かしむ誠一郎さんの目には光るものが見えた。悔やんでいるんだろうな。今の最悪なトップがいる矢崎財閥の状態に。誠一郎さんの側近のグラサンの人達も、正之社長に不満たらたらな愚痴をこぼして腐敗具合を嘆いていた。

「甲斐君が正之に目をつけられた以上、我々は惜しまずキミに協力するぞ。もちろん四天王もキミの味方だ。甲斐君は今や正之や白井を倒す鍵にもなりえる。だから何かあったら遠慮なく報告してほしい。全力でサポートしよう」
「そりゃーありがたいっす。矢崎財閥と白井という二つのどでかい不正な輩共と戦うんですからね。誠一郎さんの権力と指揮官能力は必要不可欠。これから本格的に忙しくなりそうですわ」

 俺の家族はみんな強いし、どんな事があってもどんな相手だろうと戦える。爺ちゃん婆ちゃん、親父や母ちゃんは言わずもがな、俺も未来も並大抵な修行や修羅場を潜り抜けてきたわけじゃないからな。だが、Eクラスの皆や学舎園の子供達など守る対象はいくつもある。正之社長に利用されて狙われないとも限らないので、そこは誠一郎さんや四天王らとも作戦会議が必要だ。


「そういえば面会謝絶なんですけど入れるんで?強行突破っていうのはさすがに病院なんであまり騒ぎにしたくないし」
「なーに大丈夫だ。わしが来たからには直と会わせてやるぞ。さすがに会長のわしが来たとなれば向こうも渋々扉を開けざるをえまい。甲斐君はわしの客という事にして入室してもらう」

 その言葉通り、誠一郎さんの一存で扉を守る門番みたいなエスピーがあっさり横に退いてくれた。所詮は正之社長の部下と言っても心は誠一郎派の人間だったらしく、嫌々命令に従っていた事が発覚。権力はあっても人望はなさそうだもんなあの人。

 扉を開けると、やっと直に会える嬉しさにテンションが高くなったが、部屋の中に入った途端、その嬉しい気持ちも一気に立ち消えた。大きなベットの上に人口呼吸器とたくさんの計器に繋がれて眠る直の姿に茫然とした。

「これは……!」

 すぐ近くにいた久瀬さんを反射的に見る。

「誠一郎様、甲斐さん、お久しぶりです。直様は今は深く眠っています。眠る前は錯乱状態で、容体が急変したのです」
「容体が……!?」
「ストレスやショックで躁鬱状態を繰り返し、過呼吸などを起こしておりました。その末に容体が悪化してしまい、先程まで昏睡状態が続いていました。今は安定しましたが「なんで……」
「何があったんですか!?」

 俺は背筋が凍る思いだった。

「正之社長が直様に強いショックを与えた影響だと思います。直様が大事にしていたキーホルダーの残骸を見て、発狂して、その末に……」

 粉々にされた土産、か。クソ坊主のあれの事だろう。

 あのバカ社長に拳銃で粉砕された様子はたしかに俺もショックだった。だけど、直はそれ以上にあれを大事にしていたからショックも相当だったはずだ。ますますあのバカ社長に腹が立ってしょうがない。

「あの、直は、直はやっぱり重い病気なんですか?」
「甲斐君……」

 誠一郎さんと久瀬さんが一瞬だけ顔を見合わせる。

「教えてください。なんで俺には教えてくれないんですか。学校で四天王に何度聞いてもはぐらかされるし、とても本人になんて直接聞けないし。俺には言えない理由があるんですか」
「いや……そうじゃない。それを知ると、キミは相当ショックを受ける。むしろ生理的嫌悪を抱くかもしれん。それでも構わないか?」
「……誠一郎さん、俺を誰だと思ってんの。直の事で俺が今更嫌悪感を抱くとでも?あいつと出会ったばかりの頃、散々あいつにはひどい事をされた。強姦魔扱いされて出会えば口喧嘩ばっか。それでも嫌いになれなかった俺って相当神経図太い方なんで、今更直の事でドン引きなんてありえない。どんな相手でも根っからの悪人じゃない限り、俺は見限るような人間じゃないよ。あいつが何者だろうとどんな人間だろうと、俺はあいつが好きなんで、そんなの関係ありゃせん」

 誠一郎さんは毅然と言い張る俺をじっと見据えた末にホッとしたように頬を緩めた。

「……直をそんな風に思ってくれて祖父としては嬉しいものよ。そんなキミにはちゃんと話すべきだろうな。すべての真実を。だが、話す際には準備がいる」
「準備?」
「直の関係者も集めたいから数日待ってほしいんだ。生い立ちが複雑でな」
「関係者……生い立ち……。わかりました」

 あのバカ社長とは血の繋がりはないとは知っていたが、その生い立ちにも秘密が隠されているのか。直がなぜ孤独なのか、悲しそうな顔をしているのか、いつもそれを知りたいと思っていた。もどかしくてしょうがなかった。
 
 その真実がわかるのなら、直のすべてが理解できるはず。悩みを共有して、直の思い悩んでいる全てを俺が受け止める。

 あいつを、救ってみせる。

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