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十一章直はすべてを捨てた

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 昼食時、猫の家で俺、悠里、健一、宮本君、本木君で昼飯をとっていた。

 猫のカイとシルバーを撫でながら食堂のうな重を食うのは格別である。あー今更だけど球技大会で優勝しててよかったー。

「甲斐君、今日も矢崎君のお見舞い行くの?」
「ああ。約束してるから」

 うな重をがつがつエイリアンのように食う俺は何があっても食欲だけは欠かさない。腹が減っては戦はできぬからな。元気百倍勇気百倍精力百倍じゃああ!

「じゃあ、私も行く。あの人にはいろいろ聞きたいことがあったし」

 悠里が同行するのに名乗り出た。

「あ、ぼくも。矢崎君にはいろいろ借りがあるからね。その、篠宮さんとの事でいろいろ相談に乗ってもらったりとかしてたから」
「俺も数学でわからない箇所をいろいろ教えてもらったお礼がしたかったんだ」
「お、俺も……テストで20点取れた事を報告に……」

 あのかつて魔王と恐れられていた直の事をみんなが気にかけてくれている。恩を忘れない奴らでよかったよ。

「じゃあ、今日の放課後にみんなで病室に寄ろう」

 
 放課後、病院前に集合して直のいる病室にやってきた。
 今日は面会謝絶のスタンドもなくなって一先ずホッとする。誠一郎さんが配慮してくれたんだろう。扉の前にいる顔見知りとなったエスピーの人に挨拶をして中に入る。

 直は人工呼吸器が外れて普通にベットの上で外国語で書かれた本を読んでいた。俺の気配がしたと知って笑顔で出迎えてくれた。が、他のみんながいるのを知るとジト目に変わった。

「なんだ、お前らEクラスもきたのか」
「来ちゃダメなのかな~」
「ブスはお邪魔虫だからな」
「甲斐君の好意を無駄にする気かな?」

 直の仏頂面な顔と悠里の笑顔の背後には黒い何かが漂っている。相変わらず仲がいいんだか悪いんだか……。その二人の様子に俺以外の男衆はビビっている。

「みんなは直にお礼が言いたいんだよ。数学のテストでみんな飛躍的に点数が伸びただろ」
「そんなの、本人の努力のおかげだろ。オレはやる気を促しただけで何もしてないけど」

 直は面倒くさそうにしながら本に視線を向けている。なんだかんだ言ってもこれは照れていると窺えた。みんなの前だからこそツンデレ発動だな。素直じゃない奴。

「それでも、Eクラスだとわかったうえで俺達に教えてくれたし……みんな感謝している」と、本木君。
「うん。みんな矢崎の事心配してた。万里ちゃん先生も彼のおかげですってお礼言うの頼まれたくらいだしな」

 万里ちゃん先生も職員会議などで来れなかったが、暇さえあればお礼に伺いたいと言っていた。代わりにそれを健一が説明した。

「矢崎君て……やっぱりいい人なんだなって改めて思ったよ」と、宮本君。
「あぁ?いい人だぁ?」

 宮本君の返答に納得がいかなかった直が目をすぼめる。おいビビらせるなバカ。半泣きになってるだろうが。

「あ、うう……そ、その、あれから篠宮さんに……しょ、食事デートに誘おうと思っているんだけど……本人は学舎園で忙しそうにしてまして……時間と金銭的にも厳しいかなーとか考えちゃいまして……や、矢崎君は……ど、どう思いますかね?あ、アドバイスをできればっ」
「アドバイスぅ?ちっ、面倒くせーな。やっぱりお前はヘタレ男だな。デートなんてどこでもいいだろ。一緒にいられりゃあそこがデートの場所になる。わざわざ金もないのに食事なんて無理して誘わなくていいっつーの。お前が金稼げるようになったら誘えばいい。恵梨は見栄を張るような奴は嫌いだからな」
「え、そうなんですか!なるほどっ。勉強になりますっ!」

 宮本君は篠宮に尽くそうと頑張っていて青春してるなーと思うよ。本人の顔が以前より生き生きしてるし。

「あ、そういえばクラスの皆から花束を預かって来たんだ。花瓶に入れ替えてくるよ」

 みんな積もる話もあるみたいだしな。俺は手に持っていた花束を手に持つ。

「僕も手伝うよ。篠宮さんからも学舎園で育てていた花をもらってきたんだ」
「あ、俺も……」

 と、本木君も便乗しようとしたところで悠里が、

「じゃあそれらはみんなにお願いするね。私、ちょっと矢崎君とお話があるから。いろいろ個人的に聞きたいことがあって」
「悠里…?」
「ほらほら、みんな出て出て。甲斐君を手伝ってあげてね」

 呆気にとられている俺達をあっさり外に出して扉を閉められた。

 宮本君と本木君が二人きりにして大丈夫なのだろうかという不安があるようだが、大丈夫だ。なんだかんだ言ってあの二人は理解しあっているんだと俺は説明した。


 *

 みんなが出て行った後、私は矢崎君に改めて向き直った。先ほどまでニコニコしていた笑顔が無表情のような睨むような顔つきになっていたかもしれない。

「さっきまで咳、我慢してたんだね。息を止めたりする様子だった。詳しい病状は言いたくないんだろうし、こっちも聞かないけど、今あんまり体調よくないでしょ?」
「……まあ、そうだな。よくわかったな」

 矢崎君は依然と視線を本に向けながら話している。

「将来、医者になろうと思うから、患者さんの一人一人の行動をよく観察するようになったんだ。黒崎夫婦がやってるクリニックでよく手伝いをさせてもらっているの」
「……それで、オレに何が言いたい」
「甲斐君を、悲しませないでねって事」

 その一言で、矢崎君は私が何が言いたいのか理解したようだ。

「数学の先生の真似事だって、何かを残したいからやり始めたんでしょう?前までそんな面倒な事やらなさそうなあなたが、なんでそんな事をするのかずっと疑問に思ってた。甲斐君の事を見守るためなのかなって最初は思っていたけど、それにしては今までとさほど変わらないし、どこか時々諦めきった様子とか窺えたから、何かあるなって思ってた。たぶん、体の状態が思ったほど深刻って事」
「……勘が鋭い女だな」
「私、案外鋭いから。いつも甲斐君の事見てるの。もちろん、一番厄介なあなたのことも監視してる。したくはないけど、甲斐君のために仕方なく」
「……ストーカー女かよ。やっぱり、お前が最も嫌なタイプだ」

 私も矢崎君が一番嫌なタイプかも。あとストーカーなのはお互い様だよ。

「神山」

 一間置いてから急に矢崎君が顔をあげてこちらを見つめてきた。初めてこの人に名前を呼ばれた気がする。

「オレに何かあったら、甲斐の事を頼む」

 矢崎君の儚い笑顔を見て、嫌なほど私のカンは当たっていた。

「……頼むって、何のこと?私が後釜みたいになれっていうの?そういうの、嫌いだな。惨めだよ。確かに何かあったら甲斐君のそばにいて、全力で力になって支えようと思うよ。だけど、あなたに頼まれるのが一番癪。腹が立ってしょうがない」
「……だろうな。オレがお前だったら、張っ倒していた」

 やっぱりその諦めのような笑顔にますます腹が立ってくる。ああ、もう……

「自分でもわかっているなら……っ……初めから諦めないでよッ!!」

 矢崎君が私に圧倒されたように目を見開いて驚いている。

 初めて、私はこんなにも声を荒げた気がする。元々、内気で引っ込み思案な性格だったのに、この人相手にこんなにも怒鳴った自分が不思議だった。でも、甲斐君を悲しませようとしているのが許せなくて、心の奥底に隠されたもう一人の自分が我慢出来なかったのだろう。

「甲斐君を私に取られたくないなら、自分で頑張って長生きしようと思ってよ!!もっと必死に生きなさいよ!!なんで諦めてるの!なんで前を向こうとしないの!そんな諦めたような顔がすっごくムカつくよ!!私が甲斐君を好きなのを知ってて離れようとするあなたが、私にそれを託そうとするあなたが許せない!!そんな事で諦めるあなたなんか、甲斐君を好きでいる資格なんてない!!」

 もう諦めたツラして甲斐くんを置いていくつもりなら絶対に許さない。悔しいけど、甲斐君の心はこの人にあるから、甲斐君の幸せを願ってそれを受け入れようと思ってた。

 もちろん私だって諦めたわけじゃない。甲斐君の事は生涯ずっと好きでいるつもりだし、甲斐君以外の人をきっと好きになれないとも思う。この先もずっと……。だからこそ、簡単にそれを投げ出そうとするこの人に腹が立つ。

「もし、死んだらあの世まで追っかけて呪ってあげるよ。私、好きな人のためならなんだってできるんだ。あなたを恨んで恨み尽くしてあげる。私、すっごく根に持つタイプだからね」
「ふ、ふふ……おっかない女」

 驚いた顔をした後、私の呪う発言にクスクス笑いだす矢崎君。笑い事じゃないんだけど。

「……お前だけだよ。はっきりとオレを天敵として見て、マウント取ってくる女。そういうの、嫌いじゃない」
「勘違いしないでよ。全部甲斐君のためだから。甲斐君を泣かす奴は誰だろうと許さない。あなた相手でも容赦なく潰すよ」
「それでいい。お前は甲斐のためだと思って、オレがおかしくなったら容赦なく張っ倒してくれればいいんだ。オレも簡単にはくたばったりはしない。やっぱり甲斐の悲しむ顔は見たくないから。お前のドスの効いた声で少し目が覚めた。だから、できる事をしようと思う」
「そうしてもらわないと困るよ。甲斐君はキミの事しか頭にないんだからっ。今後、甲斐君を悲しませる真似をしたら、悲しませた回数分ぶん殴るからね」

 やっぱり、甲斐君の心が矢崎君に囚われている事実を認めると悲しいものがあるね。わかっていたけど、ちょっと泣きたくなっちゃう。帰った後、由希ちゃんとやけ酒ならぬ女子会でもしちゃおうかな。それでたくさん泣いた後、もう何があっても泣いたりしないんだから。

 私は甲斐君を陰から支える。甲斐君が誰を好きでも、私はずっとこの気持ちと共にあり続ける。


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