罰ゲームはこっそりH!? 教師×生徒同棲BLカップルの日常

織田一我

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閑話 クリスマス

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「じゃあしゅんが罰ゲームね。今からクリスマス用にケーキ買ってきて」

 ゲーム大会が終わると、間髪入れずに慎吾しんごが言った。
 今日は珍しく晩飯前にゲームしようなんて言うから不思議に思ってたんだけど、こいつ最初から俺に買いに行かせるつもりだったな?

 さっきまで麻雀ゲームで使っていたスマホの画面を再び点ける。
 ホーム画面に映った日付は、十二月二十五日、金曜日、午後六時。

「クリスマスって昨日じゃなかったっけ?」
「昨日はクリスマスイブ。でも平日だろ? 今日ならゆっくり飲めるじゃないか」
「まぁなぁ。でもケーキ要る?」
「そりゃクリスマスだから欲しいだろ」
「うーん……」
 正直なところ面倒臭さしかなかった。ていうか、ただの買い物係じゃないか。

「ほら、その間に飯作っておくから」
 半ば追い出すようなその言葉に重い腰を上げる。逆に残されても、俺には料理が出来ない。
 渋々出掛ける用意をすると、厚手のスカジャンを羽織って玄関へ向かった。

「はい、ケーキ代」
 靴を履く俺に、慎吾が自分の財布から一枚、札を抜き出して渡す。
 ポケットには小銭ぐらいしか入っていなかったから助かった。
「五千円も?」
「ケーキは一個づつでいいから、余った分でお菓子でも飲み物でも好きなもの買ってきて」
「わかった」
 俺は金をそのまま手と一緒にポケットに突っ込むと家を出た。

(やっぱりさみぃ!行きたくねえええ!)
 玄関を出た途端、廊下を強風が吹き抜けていく。ブルッと震えて背を丸くした。

 罰ゲームに体よく買い物に行かされることは今までにもあった。
 Hな罰ゲームを期待している俺には面倒臭いことこの上なかったが、住ませてもらってる身としては、少しくらい手伝いもしなきゃいけないかなと思うところはあった。嫌になってそのままバックレることもあったが……

(まぁそこのコンビニのケーキでいっか。二個入りのやつ)
 だいたいクリスマスなんて、わざわざ祝うほどのことでもない。


『クリスマスといったら丸いケーキだろ!』
 去年の慎吾の言葉が頭をよぎった。

 去年ーー

 あの頃、俺たちはまだ付き合ってはいなかった。
 俺はとにかく親戚の家には帰りたくなくて、慎吾が匿ってくれるのをいいことに何度も泊まり込んでいた。多分慎吾は横柄な居候に手を焼いていたと思う。
 どこかで喧嘩して傷だらけで帰ったり、いきなり二日も三日も帰ってこなくなったり、合鍵を勝手に持って出ていったり、都合よく慎吾の家を利用していたことを覚えている。

 だんだん寒くなってきて、外で過ごすのも辛くなって、慎吾の家に居着くことが増えて……

 その日はクリスマスなんて全然興味もなくていつも通り過ごしていたのに、晩飯の後、食卓にいきなり丸いケーキが出てきたんだ。
『二人でこんなでかいの全部食えるの?』って言うくらい大きくて、フルーツがいっぱい乗っているやつだった。フルーツは好きだったからそこははっきり覚えている。

 俺は『そんなでかいのより、チョコとかチーズケーキとかいろんな味のショートケーキが食べたかった』なんて文句を言ったんだっけ。そうしたら慎吾が『クリスマスといったら丸いケーキだろ!』って本気で怒りだして……
 その時はこだわるところが女子っぽいな、なんて思っていたけど。

(そっか、慎吾は俺に気を使ってくれてたんだな)

 丸いケーキなんて、本当に久しぶりだったんだ。
 もう記憶にないくらい。
 クリスマスも、誕生日も、何もなかったから。

 そんなこと慎吾には一言も話してなかった気がするけど、今思えば慎吾はきっと俺に丸いケーキを食べさせたかったんだろう。
 だから俺の好きな、フルーツのいっぱい乗ったやつをこっそり買って……


 猫背で両手をポケットにつっこんだまま、夜のコンビニの入口の前で立ち止まった。後ろから来た人が邪魔そうに俺を避けて入って行く。
 あと一歩前に出れば自動ドアが開くところで、俺は引き返した。

(丸いケーキ探すか)

 ケーキ屋の在り処など知らない俺は、スマホの検索機能と地図に頼って歩きだした。幸いここから徒歩で少しのところに一件あるらしい。

【クリスマスケーキ売り切れました】

 たどり着いたケーキ屋の入口には、そう書いた紙が貼られていた。

「まじかぁ」

 そうだよなぁ、もうクリスマス最終日の夜だ。
 もしかしたら売れ残りが安売りされてないかな、なんて期待もしたけど、そんな都合よくはいかなかった。
 いちおう店の中を覗いてみたが、残っているのはショートケーキやプリンアラモードなどの小さなものばかりだ。

(別を当たるか……)
 小さくため息をつき、再びスマホをいじりだす。
 次に近い店は、電車に乗って一駅向こうの商店街にあるようだった。
(おいおいまじかよ。今から電車乗んのかよ)

 晩飯前の時間とはいえ、この季節もう暗い。そしてなにより寒い。 
 あきらめてコンビニに戻ろうとした時、また去年の慎吾が頭にちらついてしまった。

 きっと、あの丸いケーキはサプライズだったんだ。俺を驚かそうとして、喜ばそうとして、準備して待ってたんだ。当時の俺は何も分かっていなかったけど。

「……ちっ。マフラーもしてくるんだった」

 舌打ちすると俺は駅へと向かった。


【クリスマスケーキ終了しました。予約分のみ受け渡し可能です】

「うっそだろおおおお?! 電車乗って来たんだぞ?! ふざけんな!!」

 再び店の前で無情な貼り紙にぶちのめされた。
 思わず貼り紙に向かって八つ当たりしたせいで、通行人の目が冷たい。
(予約ってなんだよ、そこにあるならよこせよな……)
 ポケットの中で握る拳がわなわなと震える。

 クリスマスケーキ事情をよく知らなかった俺は、そんなに人気のあるものだとは思っていなかった。丸いケーキなんてケーキ屋に行けばいつでも売ってるものだとばかり思っていた。残念ながらクリスマスは特別のようだった。

 寒さと怒りに震えながらスマホで検索すると、もう一件ケーキ屋が見つかった。地図に載っている写真を見ると、かわいい外観の小ぶりな店だ。いかにも美味しいケーキが置いてありそうな気がする。
 経路を調べると、場所はここから徒歩二十分。

 にじゅっぷん……
 
 行ってやるさ、ここまできたら行ってやるさ!!!
 そして今年は俺がサプライズしてやるんだ!!!
 クリスマスの丸いケーキを!!!

 俺はヤケになっていた。
 険しい顔でクリスマスの商店街のど真ん中を歩く。いかにもクリスマスの週末の夜らしくカップルや家族連れが多く出歩いていたが、対向のやつはそんな俺を右や左に避けた。ポケットの中の五千円札は握りしめられてくしゃくしゃになっていた。

(あれ? この辺じゃなかったっけ?)
 かなりの早足で十五分は歩いたはずだが、なかなかケーキ屋は現れない。
 スマホの地図を確認しようとしたが、画面は真っ黒のままだった。
(このタイミングでバッテリ切れかよ!!!)
 放り投げたくなるところをグッとこらえて、役立たずのスマホをポケットにつっこむ。
 地図はなんとなく頭に入っていた。そんなに方向音痴というわけでもない。俺の記憶が確かなら、この辺の細道を右に入ってすぐのところにケーキ屋がある…… はず……

 商店街を抜け、切れかけの街灯の角を右に覗くと、そこにはスマホで見た写真と同じ、小さいけどアンティークでおしゃれなケーキ屋が…………

「あった!!!!!」

 俺は真っ先に貼り紙を探した。大丈夫だ、なにも注意書きはない。
 店の中に入ると一直線で奥へ向かった。四角や三角のショートケーキが並んだショーケースの一番上の段に、丸いケーキがふたつだけ並んでいた。
 白いクリームに苺がいっぱい乗った、ちゃんとヒイラギの葉の飾りもついたクリスマス用のケーキだ。

 予約用じゃないよな? と食い入るように見る俺に、ショーケースの向こうから店員が話しかける。
「デコレーションケーキは、そこに置いてあるものだけになります」

 あぶないところだった。閉店間際だったらしい。
 俺は慌ててポケットのくしゃくしゃになった五千円札を出した。
 お釣りは少なかったが、なんだかやり終えた達成感があって他には何もいらなかった。

 ケーキの箱を持って店を出るとすぐ、店員は表のガラス窓のブラインドを下ろし始めた。もう七時を過ぎているらしい。ここからまた徒歩二十分の、電車で一駅だ。

(慎吾、よろこんでくれるかな)
 ニヤニヤしながら右手にかわいらしい柄の箱をぶらさげて、クリスマスの商店街を歩く。行きと違って歩く人も街並みも妙にきらきらして見えた。あの人も、その人も、家で待つ誰かのためにケーキやプレゼントを買って帰るのだろう。その誰かの笑顔を楽しみに。

 そうか。あの時の慎吾も、こんな風に俺が喜ぶ姿を思い浮かべてケーキを買っていたのかもしれない。きっと慎吾のことだから、ちゃんと予約もしてばっちり準備していたのだろう。
 それなのに俺は……

 肩をすくめてスカジャンの襟を無理やりに口元まで上げた。襟から漏れた息が白い。
 家に着く頃にはだいぶ遅くなってしまいそうだ。慎吾はどうしているだろう。
 とっくに飯を作り終わって暇を持て余しているのか……

(いや、まてよ)

 あいつのことだ、もしかして晩飯だけではなく、クリスマスパーティーの用意までしているのでは?
 いやいや、もしかして、最初から俺にケーキを買いに行かせている間に部屋でいろいろと準備しようとしていたのでは……?

(しまった、また今年も俺がサプライズされる側だったのかも)

 買い物から帰ってきたところをクラッカーで出迎えられて「メリークリスマース!!」とか言われちゃうやつだ。慎吾ならやりそうだ。
 中に入ると部屋がクリスマス風に飾られていて、テーブルには慎吾の作った食べ物や飲み物が並んで、そこに俺の買ってきたケーキを置く。
 多分そんな計画だ。

「…………」

 今年は、ちゃんと慎吾の気持ちを受け取ろう。
 そして、ちゃんと、伝えないと。
 

 マンションに着く頃には、七時半をとっくに過ぎていただろうか。
 ケーキの箱を後ろ手に隠して一呼吸置いてから、玄関のドアを開けた。
「ただいまー!」
 さあクラッカー攻撃か?
 それともサンタに変装でもしてるか?

「…………あれ?」
 玄関で少し待ってみたが返事はない。
 それどころか耳をすましてもテレビの音すらしない。部屋は静まり返っている。

(どこかに隠れてるのか……?)
 どういうサプライズだよ。と思いながらおそるおそる中に入っていった。

 予想通り、テーブルの上には、台の上に置かれた小さなクリスマスツリーと、シャンパン、ケーキを食べるための小皿とフォーク。ほかにもそれっぽいキャンドルなんかが並べて置かれていた。
 しかし肝心の慎吾はいない。
「どこに隠れてやがんだよ!」
 大きな声で怒鳴りながら、ドアというドアを開けてまわった。

 寝室にも風呂場にもトイレにも、慎吾はいなかった。

(え、なんで……?)
 急に心細くなる。
 俺が失踪するのはともかく、慎吾がいなくなるというのはただ事ではない。

 サプライズしようと俺を待ってたんだろ?
 何か足りない物でも出てきて、買いに行ったのか?
 だったら俺に電話すればいいのに!

(!!!)

 俺は、はっとしてスマホをポケットから取り出し、充電器に繋いだ。
「早く起動しろ! このザコ!」
 だいぶ前から役立たずになっていたスマホに悪態をつく。
(どいこにいやがるんだ、あの野郎……)

 やっと起動したスマホを手に取り、慎吾に連絡しようとした瞬間、着信音が鳴った。
 びっくりして落としかけたが、画面に表示された『慎吾』の文字に、慌てて電話に出る。

『隼か!? どうした!? どこにいる!!』
 とんでもなく焦った慎吾の声が聞こえた。
 もしかしてずっと俺に電話をかけ続けていたんだろうか。
「家だけど……」
『家ーーーー!?』
「慎吾こそ、どこにいるんだよ」
『隣駅の商店街』
 さっきまで俺がいたところだ。まさか慎吾まで電車に乗って買い物へ?
『おまえのGPSがこの辺で途切れたから探してた。何度電話しても出ないし』

 はああああああああああ?!!!
 ストーカーめ、いつの間にGPS辿れるようにしやがった!!!
 とは口にしなかったが。

 慎吾が家に戻ったのは、それから三十分後のこと。

「すぐ帰ってくると思ったのにいつまでたっても帰ってこないから心配しただろ! しかも消えたのは隣駅だし、喧嘩や揉め事にでも巻き込まれたんじゃないかと……」
 帰るなり怒涛のようにしゃべり続ける慎吾からは、怒りというより心配と安堵が感じられて、いつもなら言い返すところだけど大人しく怒られることにした。
 小さな声で反論したのは二、三分後。

「しょうがねえだろ、ケーキ売り切れてたんだから」
「だからって隣駅まで行くか? 普通」
「ケーキ買って来いって罰ゲームだっただろが!」
「ケーキならコンビニでも近くのケーキ屋でも売ってただろ? なんでわざわざ電車まで乗って……」
「クリスマスは丸いケーキだろ!!!」

 絶えずしゃべり続けていた慎吾の口が止まった。

 俺は床に置きっぱなしにして忘れていたケーキの箱をテーブルに乗せた。
「探してたんだよ、どこも売り切れてたから」
 言いながら箱を開けようとしたが開け方がよくわからず、見かねた慎吾が箱を側面から開ける。

 中から上手に引っ張り出されたのは、大きな丸いケーキ。
 生クリームの真ん中に丸く敷き詰められた苺の上には、粉砂糖と削られたホワイトチョコが降り積もる雪のようにデコレーションされていた。その脇には抹茶色の板チョコで作られたヒイラギの葉。
 最後の客だったからか、サンタを模った蝋燭も、ひとつオマケに付けられていた。

 どうだ、俺にしては上出来なクリスマスケーキだろう。
 俺が作ったわけじゃないけど。

 なにも言わずにしばらくケーキをじっと見つめていた慎吾だが、顔を横へ向けるとテーブルの端に飾ってあった小さなクリスマスツリーを、台の上からそっと下ろした。

「……おまえ、いろんな味のケーキの方がいいって言ってただろ?」

 慎吾がツリーの台にしていた箱の上蓋を開けると、中には色とりどりのミニサイズのケーキがぎっしりと詰まっていた。
 チョコ、いちご、チーズケーキにフルーツタルト。フルーツも、メロン、桃、マンゴー、洋梨といろいろだ。モンブランも、プリンまである。
 
「すごい……」
「おまえがケーキを一種類だけ買ってきたら、魔法でたくさんに増やしてやろうと思ってたんだ」
 慎吾は照れることもなく、俺の方をまっすぐに見て言う。
 あいかわらずやることなすこと女子力が高い。

 が、今はそんな風に感心している場合ではない。
 俺は一回だけ深呼吸をすると、たくさんのケーキの方を見つめて言った。

「……ありがとう。びっくりした」

 ちゃんと伝えた。目を合わすことは出来なかったけど。

「それはよかった」
 慎吾はいつものように笑っていた、と思う。
「こちらこそ、ありがとう」

 あまりにも素直に続けられたその言葉と同時に、ふわっと、慎吾の両腕が俺の両肩を抱きしめた。
 そのまま俺の髪に顔をうずめる。

 慎吾の『ありがとう』は、とてもわかりやすくて、とても温かかった。
 俺は、照れくさくて、何も言えなくなった。

 どれくらいそのままでいただろう。
 何を思ったのか、急に慎吾が俺の頭の臭いを嗅ぎ始めた。それも激しく。
 そして鼻を髪にくっつけたまま言った。
しゅんい」
「なんだよそれ。猫吸い的な?」
「そう。どっちかって言うと犬かな。散歩に行った後の子犬の匂いがする」
「変態!!!」

 慎吾の変態発言は、本音なのか、俺への助け舟なのか。
 おかげでまたしゃべれるようになった俺は、めちゃくちゃに腹が減ったことをちゃんと伝えると、だいぶ遅くなった晩飯に有り付くことが出来た。


 今年のクリスマスはテーブルの上に、ひとつの丸いケーキと、たくさんの種類のミニケーキが並んだ。やっぱり二人では食べきれそうにない。
「明日の朝御飯もケーキだな」
 慎吾が笑う。
「まじかよ」
 そう言いながらも俺は、うれしそうな顔をちゃんと慎吾に向けていたと思う。

 やっと受け取ることが出来た二年分のプレゼントへの、精一杯のお返しを……

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