1 / 8
1話
しおりを挟む
エルムウッド伯爵家の薔薇園に、秋の夕陽が静かに降り注いでいる。アリアドネ・エルムウッド伯爵令嬢は、まもなく結婚するはずの婚約者レグルス・ヴァーミリオン侯爵子息と、妹リディアに呼び出されていた。
「お待たせしました、レグルス様」
アリアドネが微笑みかけると、レグルスは冷ややかに振り返った。その水色の瞳には、これまで見たことのない冷たい光が宿っている。
「アリアドネ。単刀直入に言う。君との婚約を破棄させてもらう」
その言葉に、アリアドネの心臓が一瞬止まったかのように感じられた。
「え……?」
「君のような地味で退屈な女ではなく、可憐で私を心から愛してくれるリディアと結婚することにした」
レグルスの隣で、リディアが涙を浮かべながら顔を伏せている。桃色の髪が夕陽に輝き、まるで俗っぽい絵画のようだった。
「お姉様、ごめんなさい……でも、レグルス様と私は真実の愛で結ばれたのです」
リディアの震え声は、まるで舞台の演技のように聞こえた。アリアドネは、妹が以前からレグルスに秋波を送り、自分の悪評を吹き込んでいたことを薄々感づいていた。自分の贈り物を横取りし、自分の話を遮って彼の注意を引こうとしていたことも。
(信じたくなかった。でも、これが現実なのね……)
「レグルス様、私たちの婚約は両家で正式に結ばれたものです。このような一方的な……」
「うるさい!」
レグルスの怒声に、庭園の鳥たちが一斉に飛び立った。
「君が私をどれほど退屈させていたか、わかっているのか? リディアは私の話に心から興味を示し、共感してくれる。君のように上辺だけの愛想笑いを浮かべるだけの女とは違うんだ」
(上辺だけの愛想笑い……?)
アリアドネは愕然とした。確かに彼女は控えめな性格で、レグルスの武勇伝や自慢話に派手な反応を示すことはなかった。しかし、それは彼を立てようとする心遣いからだったのに。
「それに、君は薬草なんかに興味を持って、女らしさというものがまったくない。リディアのように可憐で従順な女性こそ、ヴァーミリオン侯爵家の妻にふさわしい」
その時、庭園の奥から重い足音が響いた。エルムウッド伯爵が姿を現す。
「父上……」
「アリアドネ。ヴァーミリオン侯爵家との縁組はエルムウッド家にとって重要だ。リディアがその役目を果たせるのなら、お前は身を引け」
父の冷たい言葉が、アリアドネの心に突き刺さった。
「家の恥にならぬよう、速やかに辺境の修道院へ行け。そこで一生を過ごすがよい」
「父上、お待ちください! 私は何も悪いことは……」
「黙れ! 男性の心も掴めぬ出来損ないの娘が、何を言うか!」
アリアドネの懇願も弁明も、誰にも聞き入れられることはなかった。長年信じてきた家族と婚約者からの裏切りに、彼女の心は凍りついていく。
(私は……私は本当に、そんなに価値のない人間だったの?)
夕陽が薔薇園を血のように染める中、アリアドネは深い絶望と孤独の淵に突き落とされた。薔薇の棘が彼女の心を刺すように、痛みが全身を駆け巡る。
「明日の朝には出発してもらう。荷物は最低限で構わん」
父の宣告が、彼女の運命に終止符を打った。しかし、アリアドネはまだ知らない。この絶望こそが、彼女の真の覚醒への第一歩だということを。
「お待たせしました、レグルス様」
アリアドネが微笑みかけると、レグルスは冷ややかに振り返った。その水色の瞳には、これまで見たことのない冷たい光が宿っている。
「アリアドネ。単刀直入に言う。君との婚約を破棄させてもらう」
その言葉に、アリアドネの心臓が一瞬止まったかのように感じられた。
「え……?」
「君のような地味で退屈な女ではなく、可憐で私を心から愛してくれるリディアと結婚することにした」
レグルスの隣で、リディアが涙を浮かべながら顔を伏せている。桃色の髪が夕陽に輝き、まるで俗っぽい絵画のようだった。
「お姉様、ごめんなさい……でも、レグルス様と私は真実の愛で結ばれたのです」
リディアの震え声は、まるで舞台の演技のように聞こえた。アリアドネは、妹が以前からレグルスに秋波を送り、自分の悪評を吹き込んでいたことを薄々感づいていた。自分の贈り物を横取りし、自分の話を遮って彼の注意を引こうとしていたことも。
(信じたくなかった。でも、これが現実なのね……)
「レグルス様、私たちの婚約は両家で正式に結ばれたものです。このような一方的な……」
「うるさい!」
レグルスの怒声に、庭園の鳥たちが一斉に飛び立った。
「君が私をどれほど退屈させていたか、わかっているのか? リディアは私の話に心から興味を示し、共感してくれる。君のように上辺だけの愛想笑いを浮かべるだけの女とは違うんだ」
(上辺だけの愛想笑い……?)
アリアドネは愕然とした。確かに彼女は控えめな性格で、レグルスの武勇伝や自慢話に派手な反応を示すことはなかった。しかし、それは彼を立てようとする心遣いからだったのに。
「それに、君は薬草なんかに興味を持って、女らしさというものがまったくない。リディアのように可憐で従順な女性こそ、ヴァーミリオン侯爵家の妻にふさわしい」
その時、庭園の奥から重い足音が響いた。エルムウッド伯爵が姿を現す。
「父上……」
「アリアドネ。ヴァーミリオン侯爵家との縁組はエルムウッド家にとって重要だ。リディアがその役目を果たせるのなら、お前は身を引け」
父の冷たい言葉が、アリアドネの心に突き刺さった。
「家の恥にならぬよう、速やかに辺境の修道院へ行け。そこで一生を過ごすがよい」
「父上、お待ちください! 私は何も悪いことは……」
「黙れ! 男性の心も掴めぬ出来損ないの娘が、何を言うか!」
アリアドネの懇願も弁明も、誰にも聞き入れられることはなかった。長年信じてきた家族と婚約者からの裏切りに、彼女の心は凍りついていく。
(私は……私は本当に、そんなに価値のない人間だったの?)
夕陽が薔薇園を血のように染める中、アリアドネは深い絶望と孤独の淵に突き落とされた。薔薇の棘が彼女の心を刺すように、痛みが全身を駆け巡る。
「明日の朝には出発してもらう。荷物は最低限で構わん」
父の宣告が、彼女の運命に終止符を打った。しかし、アリアドネはまだ知らない。この絶望こそが、彼女の真の覚醒への第一歩だということを。
114
あなたにおすすめの小説
【完結】妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります
禅
恋愛
妹が関わるとロクなことがないアリーシャ。そのため、学校生活も後ろ指をさされる生活。
せめて普通に許嫁と結婚を……と思っていたら、父の失態で祖父より年上の男爵と結婚させられることに。そして、許嫁はふわカワな妹を選ぶ始末。
普通に幸せになりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……
唯一の味方は学友のシーナのみ。
アリーシャは幸せをつかめるのか。
※小説家になろうにも投稿中
私ではありませんから
三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」
はじめて書いた婚約破棄もの。
カクヨムでも公開しています。
婚約者にざまぁしない話(ざまぁ有り)
しぎ
恋愛
「ガブリエーレ・グラオ!前に出てこい!」
卒業パーティーでの王子の突然の暴挙。
集められる三人の令嬢と婚約破棄。
「えぇ、喜んで婚約破棄いたしますわ。」
「ずっとこの日を待っていました。」
そして、最後に一人の令嬢は・・・
基本隔日更新予定です。
妹なんだから助けて? お断りします
たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。
善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。
ルヴェを侮辱した義妹は宮廷を追放されました ― 王妃クシェは最高の名誉職です ―
鷹 綾
恋愛
モンフォール公爵家の嫡女アデルは、王宮で王妃クシェという名誉職を務めていた。
王妃の就寝の儀礼で寝間着を差し出す――ただそれだけの役目。
しかしそれは、王妃の私室に入ることを許された宮廷で最も名誉ある地位の一つだった。
かつてアデルは王太子の婚約者だったが、側室の娘である義妹カミーユが甘い言葉で王太子を誘惑。
婚約は奪われ、アデルは宮廷で静かにクシェの役目を続けることになる。
だがある日、義妹は新たに与えられた王妃の朝の儀礼――ルヴェを聞いて嘲笑した。
「王妃の着替え係?そんなのメイドの仕事でしょう」
その一言で宮廷は凍りつく。
ルヴェとクシェは、王や王妃の私室に入ることを許された最高の名誉職。
それを侮辱することは、王妃そのものを侮辱することと同じだった。
結果――
義妹は婚約破棄。
王太子は儀礼軽視を理由に廃太子。
そして義妹は宮廷から追放される。
すべてを失った義妹は、やがて姉の地位を奪おうと画策するが――。
一方、王妃の最側近として静かに宮廷に立つアデル。
クシェという「王妃に最も近い名誉職」が、やがて王国の運命を動かしていく。
これは、宮廷儀礼を知らなかった者が転落し、
その意味を理解していた者が静かに勝つ物語。
こんな婚約者は貴女にあげる
如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。
初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる