7 / 14
7話
しおりを挟む
イザベラへの復讐は成功した。だが、私の心は晴れなかった。彼女を陥れるために母の形見の宝石を使ったことで、私は再び、亡き母の記憶と向き合わざるを得なくなっていたからだ。
母は私が十歳の頃、長い闘病の末に亡くなった。病弱ではあったが、いつも穏やかで、優しい人だった。平民出身というだけで辛く当たられていたこの屋敷で、私の髪を撫で、「サラは私の宝物よ」と微笑んでくれた、唯一の光だった。
(お母様……)
書庫の片隅で、私は母が遺した古い日記を手に取っていた。そこには、衰弱していく日々の様子が、か細い文字で綴られている。薬の名前、日々の体調の変化……。その文字をなぞるたびに、日に日に痩せていく母の姿が目に浮かび、胸が締め付けられる。
その何気ない記述を読んでいた私の脳裏に、ふと、ある記憶が蘇った。それは、かつて暇つぶしに読んだ薬草学の専門書の一節だった。埃をかぶったその本の、特定のページが、鮮明に思い出されたのだ。
『……薬草Aと薬草Bは、それぞれ単体では滋養強壮の効果を持つが、同時に長期間服用した場合、ごく稀に、緩やかに身体機能を低下させる毒性を発揮することが報告されている。特に心臓に疾患を持つ者には禁忌である……』
私ははっとして、母の日記を読み返した。そこには、侍医から処方された薬として、まさにその薬草Aと薬草Bの名前が記されていた。母は、生まれつき心臓が弱かった。
(まさか……。そんな偶然が……。いいえ、これは偶然などではない)
心臓が嫌な音を立てて脈打つ。私の完璧な記憶が、日記の記述と専門書の内容を照合し、恐ろしい可能性を導き出していた。
母の死は、病死ではなかったのかもしれない。誰かが意図的に、緩やかに作用する毒を盛っていたのだとしたら?
脳裏に浮かんだのは、いつも母を目の敵にし、その死を誰よりも喜んでいた、継母の顔だった。
「……レオン」
翌日、王立図書館で会ったレオンに、私は震える声でこの疑惑を打ち明けた。私の話を聞き終えたレオンの表情から、いつもの飄々とした雰囲気は消えていた。
「……それは、単なる憶測とは言えないな。十分な動機と可能性がある。許しがたいことだ」
「お願いがあります。当時の侍医と、薬を調合した薬師を探し出してはいただけないでしょうか。母の死の真相を、どうしても知りたいのです。このままでは、母は浮かばれない」
私の必死の訴えに、レオンは力強く頷いた。
「わかった。僕の人脈を使えば、当時の関係者を見つけ出すことは可能だろう。少し時間はかかるかもしれないが、必ず突き止めてみせる。君の母親の無念は、僕が晴らす手伝いをする」
レオンに調査を依頼してから数週間後、彼は深刻な顔で私の前に現れた。
「……見つかったよ、サラ。当時の侍医はすでに亡くなっていたが、薬師はまだ王都で店を営んでいた」
「それで……!?」
「薬師の証言によれば、君の母親に処方されていた薬の調合を指示したのは、侍医ではなく、君の継母だったそうだ。彼女は侍医の名を騙り、『特別な滋養薬だ』と言って、問題の薬草を組み合わせるよう、繰り返し指示していたらしい」
レオンが差し出したのは、薬師が保管していた当時の処方箋の写しだった。そこには、間違いなく継母の筆跡で、二つの薬草の名前が記されていた。
全身の血が凍りつくような感覚。怒りと悲しみで、目の前が真っ赤に染まる。
(お母様を……殺したのは、やはりあの女だったのね……!)
母の優しい笑顔が脳裏に浮かび、涙が溢れて止まらなかった。これはもう、復讐ではない。母の無念を晴らすための、正当な裁きだ。
私は涙を拭うと、固い決意を瞳に宿して顔を上げた。
「レオン。証拠は、揃いましたわ。あの女を、決して許さない」
継母への断罪の時は、近い。私は心の奥底で、母の名を呼んだ。もう二度と、あの女の好きにはさせないと誓いながら。
母は私が十歳の頃、長い闘病の末に亡くなった。病弱ではあったが、いつも穏やかで、優しい人だった。平民出身というだけで辛く当たられていたこの屋敷で、私の髪を撫で、「サラは私の宝物よ」と微笑んでくれた、唯一の光だった。
(お母様……)
書庫の片隅で、私は母が遺した古い日記を手に取っていた。そこには、衰弱していく日々の様子が、か細い文字で綴られている。薬の名前、日々の体調の変化……。その文字をなぞるたびに、日に日に痩せていく母の姿が目に浮かび、胸が締め付けられる。
その何気ない記述を読んでいた私の脳裏に、ふと、ある記憶が蘇った。それは、かつて暇つぶしに読んだ薬草学の専門書の一節だった。埃をかぶったその本の、特定のページが、鮮明に思い出されたのだ。
『……薬草Aと薬草Bは、それぞれ単体では滋養強壮の効果を持つが、同時に長期間服用した場合、ごく稀に、緩やかに身体機能を低下させる毒性を発揮することが報告されている。特に心臓に疾患を持つ者には禁忌である……』
私ははっとして、母の日記を読み返した。そこには、侍医から処方された薬として、まさにその薬草Aと薬草Bの名前が記されていた。母は、生まれつき心臓が弱かった。
(まさか……。そんな偶然が……。いいえ、これは偶然などではない)
心臓が嫌な音を立てて脈打つ。私の完璧な記憶が、日記の記述と専門書の内容を照合し、恐ろしい可能性を導き出していた。
母の死は、病死ではなかったのかもしれない。誰かが意図的に、緩やかに作用する毒を盛っていたのだとしたら?
脳裏に浮かんだのは、いつも母を目の敵にし、その死を誰よりも喜んでいた、継母の顔だった。
「……レオン」
翌日、王立図書館で会ったレオンに、私は震える声でこの疑惑を打ち明けた。私の話を聞き終えたレオンの表情から、いつもの飄々とした雰囲気は消えていた。
「……それは、単なる憶測とは言えないな。十分な動機と可能性がある。許しがたいことだ」
「お願いがあります。当時の侍医と、薬を調合した薬師を探し出してはいただけないでしょうか。母の死の真相を、どうしても知りたいのです。このままでは、母は浮かばれない」
私の必死の訴えに、レオンは力強く頷いた。
「わかった。僕の人脈を使えば、当時の関係者を見つけ出すことは可能だろう。少し時間はかかるかもしれないが、必ず突き止めてみせる。君の母親の無念は、僕が晴らす手伝いをする」
レオンに調査を依頼してから数週間後、彼は深刻な顔で私の前に現れた。
「……見つかったよ、サラ。当時の侍医はすでに亡くなっていたが、薬師はまだ王都で店を営んでいた」
「それで……!?」
「薬師の証言によれば、君の母親に処方されていた薬の調合を指示したのは、侍医ではなく、君の継母だったそうだ。彼女は侍医の名を騙り、『特別な滋養薬だ』と言って、問題の薬草を組み合わせるよう、繰り返し指示していたらしい」
レオンが差し出したのは、薬師が保管していた当時の処方箋の写しだった。そこには、間違いなく継母の筆跡で、二つの薬草の名前が記されていた。
全身の血が凍りつくような感覚。怒りと悲しみで、目の前が真っ赤に染まる。
(お母様を……殺したのは、やはりあの女だったのね……!)
母の優しい笑顔が脳裏に浮かび、涙が溢れて止まらなかった。これはもう、復讐ではない。母の無念を晴らすための、正当な裁きだ。
私は涙を拭うと、固い決意を瞳に宿して顔を上げた。
「レオン。証拠は、揃いましたわ。あの女を、決して許さない」
継母への断罪の時は、近い。私は心の奥底で、母の名を呼んだ。もう二度と、あの女の好きにはさせないと誓いながら。
102
あなたにおすすめの小説
「君はカビ臭い」と婚約破棄されましたが、辺境伯様いわく、私の知識が辺境を救うのだそうです
水上
恋愛
【全11話完結】
「カビ臭い女だ」と婚約破棄されたレティシア。
だが王都は知らなかった。
彼女こそが国の産業を裏で支える重要人物だったことを!
そして、追放先の地で待っていたのは、周囲から恐れられる強面の辺境伯。
しかし彼は、レティシアの知識を称え、美味しい料理と共に不器用に溺愛してくれて……?
ペニシリンから絶品ワインまで。
菌の力で辺境を大改革!
一方、レティシアがいなくなったことで、王都では様々な問題が起き始め……。
賢すぎる令嬢は、王子を晒し上げる。 ー「生意気だから婚約破棄」と言われたので、父と協力して王国転覆させましたー
えびまよ
恋愛
アスガルド侯爵令嬢のサファイアは、15歳にして学園首席の才媛。しかし、卒業パーティーの場で、婚約者である第一王子レグルスから「私より成績が良く生意気だから」という身勝手な理由で婚約破棄を突きつけられる。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
辺境伯令嬢ファウスティナと豪商の公爵
桜井正宗
恋愛
辺境伯令嬢であり、聖女でもあるファウスティナは家族と婚約の問題に直面していた。
父も母もファウスティナの黄金を求めた。妹さえも。
父・ギャレットは半ば強制的に伯爵・エルズワースと婚約させる。しかし、ファウスティナはそれを拒絶。
婚約破棄を言い渡し、屋敷を飛び出して帝国の街中へ消えた。アテもなく彷徨っていると、あるお店の前で躓く。
そのお店の名は『エル・ドラード』だった。
お店の中から青年が現れ、ファウスティナを助けた。これが運命的な出逢いとなり、一緒にお店を経営していくことになるのだが――。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
婚約破棄されたので、戻らない選択をしました
ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた
貴族令嬢ミディア・バイエルン。
だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、
彼女は一方的に婚約を破棄される。
「戻る場所は、もうありませんわ」
そう告げて向かった先は、
王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。
権力も、評価も、比較もない土地で、
ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。
指示しない。
介入しない。
評価しない。
それでも、人は動き、街は回り、
日常は確かに続いていく。
一方、王都では――
彼女を失った王太子と王政が、
少しずつ立ち行かなくなっていき……?
派手な復讐も、涙の和解もない。
あるのは、「戻らない」という選択と、
終わらせない日常だけ。
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる