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8話
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私の復讐劇が静かに進行する中、ヴェルフェン侯爵家の中でも、わずかながら変化の兆しが見え始めていた。
これまで私を「汚れた血」と蔑み、存在しないかのように扱ってきた家令や古参の使用人たちが、少しずつ私を見る目を変えてきたのだ。彼らもまた、現当主である父の無関心と、継母やイザベラの横暴に長年苦しめられてきた人々だった。
きっかけは、些細なことだった。ある日、父である侯爵が、領地の税収に関する古い帳簿の不備に頭を悩ませていた。長年放置されていた問題で、誰も解決策を見出せずにいた。父はすぐに匙を投げ、「誰か、何とかしておけ!」と叫んで書斎に引きこもってしまった。
「……父上。もしよろしければ、わたくしにその帳簿を拝見させていただけませんでしょうか」
困り果てている家令に私が申し出ると、彼は訝しげな顔をしたが、他に手立てもないためか、渋々許可した。
私は帳簿に一度目を通しただけで、その問題点を即座に看破した。
「この帳簿の不備は、三十年前に改定された税法と、それ以前の古い徴税記録が混在しているために生じています。当時の法律と、各村から提出された陳情書の記録を照らし合わせれば、正しい税額を算出できるはずです。陳情書は、確か西の書庫の三番目の棚、その一番奥に、先々代様の日記と一緒に保管されているはずですわ」
私の完璧な記憶が、忘れ去られていた文書のありかまで正確に示してみせる。半信半疑だった家令が、私の指示通りに書類を探し出して照合すると、長年の懸案だった問題は、驚くほどあっさりと解決してしまった。
その場にいた誰もが、信じられないという顔で私を見ていた。特に、家を長年取り仕切ってきた家令の驚きは大きかったようだ。
それ以来、家令はことあるごとに、家の運営に関する問題を私のところに相談にくるようになった。先代からの付き合いで、家のことを誰よりも憂いていた彼は、現当主である父の無関心さと、イザベラと継母の浪費ぶりに辟易していたのだ。
「サラお嬢様……。お嬢様は、旦那様よりもはるかにお家のことを理解されておられる。先代様が生きておられたら、どれほどお喜びになったことか……。この老いぼれは、お嬢様のためならば、いかなることもいたしますぞ」
ある時、家令はそう言って、私に深く頭を下げた。
彼の態度の変化は、他の使用人たちにも影響を与えた。これまで私を遠巻きにしていた侍女たちが、親しげに話しかけてくるようになった。「お嬢様、継母様がまた高価な宝石を…」などと、密かに情報を流してくれる者も現れた。厨房の料理長が、私の好物である母の思い出のスープを、こっそりと部屋に届けてくれるようになった。
(まだ、駒は少ない。けれど、確実に盤面は変わりつつある)
私は、使用人たちの変化を肌で感じながら、確かな手応えを感じていた。彼らは、いざという時に私の「証人」となり、「協力者」となるだろう。
ハイルやイザベラが築き上げてきた砂上の楼閣が、外側からだけでなく、内側からも静かに崩れ始めている。その崩壊の音を、私は耳を澄ませて聞いていた。
家の中に、徐々にではあるが、私を支持する空気が生まれつつある。それは、最後の決戦に向けて、心強い布石となった。
これまで私を「汚れた血」と蔑み、存在しないかのように扱ってきた家令や古参の使用人たちが、少しずつ私を見る目を変えてきたのだ。彼らもまた、現当主である父の無関心と、継母やイザベラの横暴に長年苦しめられてきた人々だった。
きっかけは、些細なことだった。ある日、父である侯爵が、領地の税収に関する古い帳簿の不備に頭を悩ませていた。長年放置されていた問題で、誰も解決策を見出せずにいた。父はすぐに匙を投げ、「誰か、何とかしておけ!」と叫んで書斎に引きこもってしまった。
「……父上。もしよろしければ、わたくしにその帳簿を拝見させていただけませんでしょうか」
困り果てている家令に私が申し出ると、彼は訝しげな顔をしたが、他に手立てもないためか、渋々許可した。
私は帳簿に一度目を通しただけで、その問題点を即座に看破した。
「この帳簿の不備は、三十年前に改定された税法と、それ以前の古い徴税記録が混在しているために生じています。当時の法律と、各村から提出された陳情書の記録を照らし合わせれば、正しい税額を算出できるはずです。陳情書は、確か西の書庫の三番目の棚、その一番奥に、先々代様の日記と一緒に保管されているはずですわ」
私の完璧な記憶が、忘れ去られていた文書のありかまで正確に示してみせる。半信半疑だった家令が、私の指示通りに書類を探し出して照合すると、長年の懸案だった問題は、驚くほどあっさりと解決してしまった。
その場にいた誰もが、信じられないという顔で私を見ていた。特に、家を長年取り仕切ってきた家令の驚きは大きかったようだ。
それ以来、家令はことあるごとに、家の運営に関する問題を私のところに相談にくるようになった。先代からの付き合いで、家のことを誰よりも憂いていた彼は、現当主である父の無関心さと、イザベラと継母の浪費ぶりに辟易していたのだ。
「サラお嬢様……。お嬢様は、旦那様よりもはるかにお家のことを理解されておられる。先代様が生きておられたら、どれほどお喜びになったことか……。この老いぼれは、お嬢様のためならば、いかなることもいたしますぞ」
ある時、家令はそう言って、私に深く頭を下げた。
彼の態度の変化は、他の使用人たちにも影響を与えた。これまで私を遠巻きにしていた侍女たちが、親しげに話しかけてくるようになった。「お嬢様、継母様がまた高価な宝石を…」などと、密かに情報を流してくれる者も現れた。厨房の料理長が、私の好物である母の思い出のスープを、こっそりと部屋に届けてくれるようになった。
(まだ、駒は少ない。けれど、確実に盤面は変わりつつある)
私は、使用人たちの変化を肌で感じながら、確かな手応えを感じていた。彼らは、いざという時に私の「証人」となり、「協力者」となるだろう。
ハイルやイザベラが築き上げてきた砂上の楼閣が、外側からだけでなく、内側からも静かに崩れ始めている。その崩壊の音を、私は耳を澄ませて聞いていた。
家の中に、徐々にではあるが、私を支持する空気が生まれつつある。それは、最後の決戦に向けて、心強い布石となった。
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