ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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十一話

「動物園に行くぞ」

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 パシャアン

 ゾウが鼻を使って人工池から器用に水を吸い上げ、自らの巨体に打ち付ける。子ゾウがそれに巻き込まれ耳をパタパタとさせていた。気持ち良さそうに水浴びするゾウ達をぼーっと俺は柵に寄りかかって眺めた後、ふと、横に視線を移す。そこには、ワゴン販売で購入したソフトクリームを口にするがいて


「たまに漫画アニメでチンコがゾウで例えられる事があるけどよ、全然似てねえよなぁ」


 なんでソルと動物園に来てるのだろう、と思うのだった。


 




「え?今なんて?」

 鈴凪祭りから一か月が経過したとある日の朝、定休日なのでいつもはやれない窓ガラスの掃除をしていると、大層眠そうなソルが現れむにゃむにゃと話しかけてくる。

「だぁから、動物園、行くぞ…って、言ってん…だよ…」
「はぁ?」

「いやそこはわかったって」

 文章全体に対しての「はあ?」である。まさか俺とソルで動物園に行くわけはないし、ソル一人で行くのもおかしい…いや、まあ別に行ってもいいと思うけど、わざわざ俺に「行く」と言う必要はないはずだ。

「あんた寝ぼけてんのか?コーヒーいれてやろうか?」

 ソルは頭を振って「いらねえ」と意思表示する。その顔にはくっきりと黒いクマができていた。また寝不足になってるようだ。

「仕事で徹夜したならグレイに頼んで今からでも寝させてもらえば?」
「いい。つーかなんでそんな渋るんだよ。今日予定あんのか」
「いや特にねえけど…」
「じゃあいいじゃねえか。スマホ壊された事の弁償もしてもらってねえしてめえに拒否権はねえぞゴラァ」
「うっ」

 ヘブンの時のスマホ。それを出されたら俺には何も言えない。

 チリリーン

 そこでフィンが見回りから帰ってきた。俺とソルの姿を捉えて、おや、という顔をする。

「珍しい時間に駄犬がいるな」
「うぅるせぇ。でもちょうどよかったわ。今日、恋人借りてくぜ」
「…どういう事だ」

 フィンは一気に表情を引き締め、説明しろと無言の圧を送る。ソルはその圧を気にした様子もなく、バカでかい欠伸をしてから、目の前に来たフィンを睨みつけた。

「ちょっと用があんだよ。だからライを連れてく」
「どこへだ」
「てめえにわざわざ言う必要ねえだろ。どうしても気になるならアプリで確認しろ。今日はオンにしといてやるからよ」

 桐谷の件以降、俺達はそれぞれの位置を共有するようにした。緊急時のヘルプがしやすいようにとGPSストーカーを撲滅する為(※これ大事)だ。最初はこんなもの誰がやるのかと思ったが、似たようなアプリが若者の間で普通に使われているらしく、使い始めてみると案外便利だった。つじつま合わせの連携がしやすいし、状況確認が一瞬でできる。オンオフは自分で切り替えられるから普段はオフにしておけばプライバシーの問題もない。ちなみに共有メンバーはスナック組+ユウキの五人になってる。
 (位置共有をオンにするって事は…怪しい動きはしねえつもりなんだろうけど…)
 フィンもそれはわかっているのか頭ごなしに否定する事はしなかった。眉をひそめ、ため息交じりに言う。

「その用とやらはなんだ?ライでないとだめなのか?」
「だぁから、なんでてめえに言う必要があんだよ」
「ライと二人きりになるのなら恋人の私には詮索する権利があると思うが」
「そりゃそうだが、友人との外出にグチグチ口出すのもおかしいだろ。心配すんなって、ルールは守るし危ない所にも連れてかねえよ。変だと思ったら凸ってきてもいいぜ」
「…」

 突然二人きりの外出を言い出したわりにソルはかなりの譲歩を見せてきて、フィンは不気味そうに顔をしかめた。

「…と、駄犬は言っているが、ライはどうしたいと思っている?」
「え?あー俺は…」

 チラリと目の下にクマを作るソルを見た。出不精のソルが近場以外で外出を誘ってくるなんて珍しい。というか初めてだ。しかも行き先は動物園。俺やソル…というか成人男性が意味もなく行く場所ではない。
 (俺を誘った事も、場所にも、何かしらの理由があるはず)

「フィンが嫌じゃなかったら、付き合ってやりたいな…と思ってる」
「……そうか」

 フィンは目を瞑り、深く息を吸う。次に顔を上げた時その眉間には皴は寄ってなかった。


「わかった。ライに任せよう」

「!」
「おおー話がわかるじゃねえか恋人サマァ」

 フィンの肩に肘を乗せニヤニヤと笑いかけるソル。それを「鬱陶しい」と払い落としてからフィンは鼻で笑う。

「まあ、万が一駄犬に押し倒されてもライなら片手で捻れるだろうし何も心配はしてない」
「アアァッ??」

 ソルは噛みつくように「んなに雑魚じゃねえわ!」と唸って中指を立ててから廊下に向かった。出掛ける準備をするのだろう。残された俺とフィンは「おかえり」と軽くハグをしてから見つめ合った。

「びっくりしたよ。あんたがソルとの外出を承諾してくれるなんて…ほんとによかったのか?」
「もちろん私個人としては面白くないが、駄犬に関してはヘブンでの行動を評価している」
「!」
狐ヶ崎ヤクザを相手にグレイと命懸けでライを助けようとした駄犬はある程度信頼が置ける。ライへの執着を隠そうとしないわりに、自分の立ち位置は理解できてるのか“ルール”を破ろうとはしない。むしろ“ルール”の抜け道を探るのを楽しんでいるようにも思える」
「ソルってそういうハラハラ好きそうだもんな…」

 “アイス代だよ、アイス代”

 そう言って頬に口付けられた事を思い出す。普段(友達モードの時)はそういう接触をしてこない癖にたまにフラグなくけしかけてくるから困ったものだ。
 (でもそっか。だからフィンはソルへの態度を軟化させたのか…)
 祭りでの行動含め色々と納得した。

「奴自身、スナックおとぎの環境を手放せば生きていけないのだし、穏便に進めたいと思うのは当然だろう。だから私も、奴がライに噛みつこうとしない限り、歩み寄ると決めた」
「…フィン」
「何より、私はライを信じてる」

 そういってにこりと蕩けるような笑みを浮かべる。

「私を愛してくれている事も、ライの腕っぷしも…信頼している。唯一心配なのは卑怯な手を使われる事だが、今の駄犬を見る限りそれもないだろう」
「俺もそう思う。フィン…ありがとな」
「ふふ、問題ない。だが、頼むから私が寂しさでどうにかなる前に用事とやらをこなして帰ってきてくれ」
「ん、わかってる」

 額を擦り合わせるようにして俺達は笑い合った。


 ***


 そんなこんなでソルと動物園に行く事になり、冒頭のシーンに繋がる。

「わー!ゾウだー!」
「きゃっきゃっ」
「ママ―!トラみたい!」

 来てみて改めて思ったが、客のほとんどが家族連れか遠足の子供達でばかりだった。平日の昼間だからカップルもいないし、チラホラ大学生ぐらいの友人同士は見かけるが男は数える程しかいない。そんな世界で男二人で並ぶ俺達はかなり肩身が狭い。フィンかユウキのような優男系統ならまだしも…デカイし顔も怖い俺ら二人ではかなり浮いてしまう。水族館の比じゃないアウェイである。

 ささ…

 視界の端で、客達がそそくさと遠ざかるのを感じ、はあ、とまた一つため息を吐いた。

「ゾウの鼻みたいにオレらのも自在に動かせたら便利だったのによぉ…」

 そんな風に葛藤する俺など露知らず、ソルは呑気にアイスクリームを噛りながら一人ごちる。いや、ぐねぐね自在に動く性器とかキモイだろ、と返そうとして「あ」と気づいた。

「きゃっきゃっ!わーい!こっちにゾウがいるぅー!」

 ふと、ソルの方角から子供が駆け寄ってくる。

 ドン!ベチャ!

「あ」
「お」
「きゃっ!」

 ゾウに夢中で前が見えてなかったのか、子供はソルの足と思いっきりぶつかり、跳ね返るようにして地面に尻餅をついた。

「ふぇ、ふぇ…」

 ポカンと何が起きたのかわからないと呆けた後、目の前の、壁のように立ち塞がるソル(ガンつけてる)を見上げて

「うわああああんっ」

 大号泣した。…まあ、そうなるわな。

「アア?!なんで泣く?!そっちがぶつかってきたんだろが!」
「まあまあ…子供にキレるなよ」
「キレてねえわ!聞いてんだっつの!」
「その顔と言い方が怖いんだって。…ごめんな、立てるか?」

 なんとかソルを下がらせて、助け起こそうと子供に手を伸ばせば

「すみませんッ!」

 母親らしき女性が駆け寄ってきて、子供を抱きかかえると、ほとんど俺達には目を合わせず脱兎のごとく走り去った。

「…」
「…」

 なんとなく動物園での立ち位置を悟った俺達は、無言で視線を交わし、静かに次の動物の柵へと移動するのだった。
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