ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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十一話

取引と冷たい掌

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 ***


 それからしばらくは芝生の丘にいた全員がベルの死を悼み、静けさに包まれた。

 ただ、ずっと動物達を丘に放っておくわけにもいかないので、途中でセツが部下に指示して移動型の檻を手前に持ってこさせた。動物達は帰るべき場所が分かるのか驚く程素直に従い、自ら檻の中へ入っていく。同時に、園内に残った動物達の捜索・回収も開始されたが、芝生の丘以外のエリアは平和そのもので、ほとんどの動物は檻の中で静かに眠っていた。檻が破壊された痕跡はあれど、何故か全て綺麗にされていたのだ。おかげでベルが亡くなって一時間も経たず、消防隊員達は撤収することになった。



「待たせて悪いな」

 セツが包帯を巻いた状態で白いテント、芝生の丘に設営された対策本部から出てくる。テントの外で待機していた俺と狼はピクリと反応し、すぐに立ち上がった(狼は伏せしてる)。

「セツ」
「わかってる。ケット・シーと狼男の処遇の件だろ」
「…」
「そんなに緊張しなくていい。…あんなのを見せられて殺処分を強行するほど俺も鬼じゃない。即処分は止めるよう上に進言しておいた」
「…!じゃあふたりは助かるんだな!!」
「それに答えるには色々話さなきゃいけない事がある。まずはケット・シーについてだ。奴はしばらく消防の管理下で取り調べを受けてもらう。そこで“人間への敵意がなく、破壊衝動の再発性がない"と判断されれば、軽い罰金と労働のあと晴れて自由の身になる。まあ、動物に反省を期待したところでそこまで意味はないし、かなり緩めのものが下されると思うがな」
「そうか…」

 園内を破壊したり、営業妨害した罪はなくならない。そこはケット・シーもわかっているだろう。

「ラッキーなのはこれだけの騒ぎになって負傷者が俺ともう一人だけって事だ。しかもどちらも軽傷だ。こういうのは人的被害が少ないほど罪は軽くなるからな。その辺りは…狼男の企て通りなのかもしれない」
「…」
「奴の企てに乗っかるのは癪だが、平和に済ませられるのならそれが一番良い。だから上から変な文句を言われる前にケット・シーにはさっさと取り調べを受けてもらい報告書をあげちまいたかったが…」

 セツは、丘の中心でベルを抱きしめて泣き続けるケット・シーを見遣り、首を振った。

「今晩はそっとしておこうと思う。どうせ取り調べも最短でやって明日の朝からだし…早朝回収で十分間に合う」
「…ありがとう、セツ」

 今のケット・シーには時間が必要だ。ベルの死を受け止める時間と、別れを言う時間…。どちらも一日では足りないと思うがないよりはマシだろう。セツは真剣な表情でケット・シーを見つめ、それから俺の横にいる狼に視線を移してくる。

「…で、問題の狼男についてだが」

 狼が警戒するようにのそりと立ち上がった。その背を撫でて落ち着かせてやってからセツの方を見る。

「本来なら奴は脱走した時点で処分になるんだが…困ったことに、お前らには“消防の秘密"を知られちまった」
「消防の秘密…」

 俺達の背後にある氷壁を見る。これ程大きな氷壁は人力では破壊できないし、溶ける気配もないので、重機などを使って撤去するのだろう。それを生み出した本人、セツは氷壁をばつが悪そうな顔で見つめ、肩をすくめた。

「消防隊員にこんな化物が混ざってるなんて世間に知れたら大騒ぎになる。俺の所属する第四部隊も即時解体になるだろう。そうなれば消防の弱体化は免れない。俺達としてもそれはどうしても避けたい」

 さっきソルと言い合っていた時は慌ててなかったが、やはりセツ=幻獣を知られたのは消防にとってかなりネックだったようだ。

 (あの状況ではああするしかなかったし、セツの判断は正しかったと思うけど…本当なら見せたくなかったんだろうな…)

 俺と目があって気まずそうな顔をしてたのが答えだろう。

「だから、お前達とはをしたい」
「取引?」
「ああ、交換条件ってやつだな。狼男が今日脱走した事を丸々なかった事にしてやるから、そっちもここで起きた事を全てなかった事にしてくれ」
「なかった事に、か」
「そうだ。お前達はここに来てなかった。ケット・シーは一人で暴れて、そして、最愛のベルが亡くなったら大人しくなった。俺ともう一人の隊員は動物達の回収時に負傷した…そういう筋書きでいく」
「なるほど、それならお互いの希望が通るけど…、上はそれで納得するのか?」
「させるさ。俺はこういう調整と駆け引きが得意なんだ」

 ニヤリと得意げに笑う。

「で、どうする?この取引受けるか?」

 狼の方をチラリと見てから、俺は頷いた。ケット・シーの身の安全が確保され、ソル達の今日の事を問われないなら断る理由がない。

「よし、じゃあ今日の事は他言無用で頼むぜ。で、注意してほしいんだが、狼男についてはだけで、調査自体を終えるとは言っていない。また改めて一週間、これをつけてもらうからそこは覚悟してくれ」

 そう言って前回と全く同じデザインの首輪を取り出す。

「今回の狼男の襲撃&暴走はケット・シーを追い込み、自供する為のあえてなものだと思っている。だが、日常生活での奴の理性、狼化のコントロールができるかはそれとは別の話だ。これから一週間しっかり調べて…その上で判断し、報告・処遇を決めさせてもらう」
「…わかった」

 セツから首輪を受け取った。必要な事とはいえ、また毒の入ったこれをソル達につけなくてはいけないのか、と気が重くなっていると

「そう気構えるな。もうそれに毒は入ってない」
「!」

 俺が驚いてセツを見れば肩をすくめられた。

「奴にクマ用の毒は効かないみたいだしな。麻酔で気絶させるだけにして、直々に俺達が出向き処分する方針にする」
「…麻酔、も効かなかったら?」
「お手上げだ。その時はバジリスクの毒でも取ってくるかね」

 幻獣ジョークなのか、消防ジョークなのかわからないが、俺が「???」ってなってるとセツは苦笑を浮かべる。

「幻獣達と暮らしてるわりに幻獣について全然知らないんだな」
「…うちの奴らは、皆、人間として暮らしてるから…あんまり幻獣の話にならないんだよ」

 無知を指摘されたようでむくれてるとセツは軽く笑ってからふと真顔になって口元を押さえる。

「セツ?」
「いや、なんか…あまりにも普通に会話できるもんだから…調子狂うな」
「調子狂うって…」

 何が、と言いかけて気づく。

「ああ、セツ…お前が幻獣だって知ったら俺がビビるかもって思ってたのか?」
「逆にそれ以外に何があるんだ。あのな、こういう衝撃の事実が発覚した時は…もっとこう…引いたり怖がったり…ショックを受けるもんだぜ。なんでそんなに態度が変わらないんだ?ずっと人間として接していた幼馴染が化物として現れたんだぜ?」
「“化物”じゃなくて“幻獣”だろ」

 すぐに注意すると、セツは目を見開いた。

「種族が違うだけで、言葉も通じるし、性格も変わらないし…だからなんだって話だ」
「!! はあ…。なんか、ここまであっさり受け入れられちまうとあれこれシチュエーション練ってた俺がバカみたいだ。流石、普段から幻獣と接してるだけあるぜ。肝の据わり方が違えよ。…まあガキの頃から妙に肝は据わってたけど」
「シチュエーション練るって、俺に幻獣だって伝える為に?」

 考えすぎだろ、と笑い飛ばせば、セツはやけに真剣な顔をした。

「考えるわアホ。幼馴染のお前に嫌われたら…流石に悲しいだろが」
「…!」

「悲しい」という言葉には様々な感情が込められている気がした。俺達は幼馴染という深い仲にあるからこそ、その絆を崩したくなくて切り出すのが怖くなるし、隠していた期間が長くなればなるほど口も重くなってくる。

 (俺がカミングアウトした時と似てるのかもな…)

 やっとその葛藤に気付けた俺は、眉間に皺を寄せ俯いたまま顔を上げないセツの肩に触れた。

 とん

 俺からセツに触れる事なんて何十年も友人をやってて数回程度。セツがハッと顔を上げる。俺はその不安そうな顔に頷いて見せた。

「セツはセツだ。幻獣だろうが、俺のたった一人の幼馴染に変わりはねえよ」
「…ライ」

 触れた肩は思ってるよりずっとひんやりしていて変な感じはした。でも嫌悪感はない。ただ冷たいというだけ。俺の反応を見たセツは、顔を背け、青白かった頬にほんのり血の気を戻した。

「…お前の周りの幻獣共の気持ちがわかった気がするわ」
「?」
「人間と幻獣がどうしてあんなに自然に、打ち解けているのか…一緒にいられているのか不思議だったが、…お前のそういう所なんだろうな」

 そこまで言ってセツは俺の手に掌を重ねてくる。布に覆われた肩と違って掌はダイレクトに冷たさが伝わってきて、わりとガチトーンで「うわ冷た」と引き抜いてしまった。雰囲気も何もない俺の反応にセツが「おい」と思いっきり眉をひそめる。

「ここは握り返してしんみりと友情を深める所だろうが!嫌そうな顔で引き抜いてんじゃねえ!」
「いやー…お前の手保冷剤みたいに冷たいし、これ以上深める仲もないから、いいかなって」
「何が“いいかな"だ!冷たいのはお前の心の方だぞっ!深める仲はないって…薄情すぎんだろ?!直前までの感動を返しやがれ!!!!」
「うるさいなぁ…」

 すでに友人としてはMAX状態なのだから今更深める仲もないだろ…と内心呟いてから手元の首輪に視線を落とした。

 (さて、これを狼につけねえと…)

 完全体のままでは人間用の首輪ははまらない。俺は迷った挙句、狼に向き直り、

「狼、ちょっといいか」

 目線を合わせてから語りかけた。
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