ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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十一話

愛する子達

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「ケット・シー?!」

 いつの間にと電気網を確認する。どうやら狼が簡易バリケードを蹴った時に電源コードが切れたらしく、電気網はもぬけの殻だった。

『狼男ッ!止めるんだニャ!今のお前は血の匂いで我を失ってる…そのままやったら殺しちゃうニャ!』

 毛を焦がし体中擦り傷だらけのケット・シーが狼の首にしがみつきながら必死に訴える。

『ベルママが言ってたのニャ…!どんなにムカついても、相手が悪いと思っても、自分が生きる為以外に他の命を奪っちゃダメなのニャ!』

 邪魔だと言うように狼がブルブルと体を揺らした。負けじとケット・シーも銀色の毛に爪を引っ掛けて踏ん張る。

『動物園の皆を逃がしておいてこんな事言うのはおかしいってわかってるニャ…!し、信じてもらえないと思うけど人間を傷付ける気はなかったのニャ!ただ少し人間を困らせたかっただけ…!ベルママが元気になったらちゃんと呼び戻すつもりだったニャ!』

 ケット・シーの目に涙が浮かんだ。

『でもニャアの考えが甘かったニャ。動物園の皆も、きっとお前みたいに血を見たら…興奮して人間を襲っちゃうニャ。ニャア達は獣だから本能には勝てないのニャ。傷つけるつもりがなくても…不運が重なったら、誰かを襲っちゃうニャ。…人間達はそれがわかっててニャアを止めようとしてたんだニャ。お互いにとって不幸な結果にならないように…。なのにニャアはとても悪い事をしてしまったニャ…ごめんなさいニャ……本当に、本当にごめんなさいニャ…』

 えぐえぐと涙を流しながらケット・シーは自分の心情を吐露する。途中で腕の力の限界が来たのか、ポトリと地面に落ちた。それでも諦めず狼の前足にしがみつく。

『動物達も人間達も悪くないニャ。悪いのは全部ニャアだニャ。だから、どうしても怒りが収まらないならニャアを殺していいから…そいつを殺すのは止めてほしいニャ…!そうじゃないと…ベルママとの約束を破っちゃうニャ…!お願いだニャ!』

 グルルッ

 狼は低く唸った。唸る為に開かれた口からはダラダラとヨダレが垂れ、目も血走り焦点が合っていない。久しぶりの完全体で、しかもセツの血を見たことで獣としての本能が暴走しているのだ。

 (だめだ、あれは自分達じゃ止められない…)

 物理的にセツと狼を引き離すしかない。俺はゆっくりと狼の死角から近づき、セツがさっきトラ相手にやったように背後から首に腕を回そうとした。しかし、

 グウアウッ!!

 触れる寸前に狼が振り向いてきてガチン!!と歯を鳴らした。

「…!!」

 間一髪腕は無事だったが、もう少し腕を伸ばしていたら丸ごと噛み千切られていただろう。サッと血の気が引いた。


『ライ、下がってください』


 ふと、穏やかな思念が響いた。雪の積もり始めた芝生の上をさくさくと白猫が歩いてくるのが見える。

「ベル!?」

 ベルは小さな足跡をつけながら一歩また一歩と進み、やがて狼の手前に移動した。狼は警戒心を高めるようにベルへ牙を剥く。

『驚いたわ。あなた達のこちらの姿はとても大きいのね』

 グアウッ!!

『でもいくら大きく狂暴になったとしても…その中身は変わってないはずよ。あなた達は誰かの為に嫌われる事を選べる…とても不器用で優しい子達。でもだめよ。本当の悪者になってしまったら…、悲しむひとがいる。で留めておかないとね』

 グルルウウ……

『大丈夫、あなた達は少し…気が立っているだけ。私が、戻れるように手伝ってあげます』

 未だに唸り続ける狼の鼻先にベルが飛び乗る。その瞬間、ふわりと暖かい風が吹いてきた。

「!」

 暖かい風と一緒に何かの映像が流れ込んでくる。

 (これは…誰かの記憶か…?)

 走馬灯のように、誰かの記憶が映ってはすぐ次の記憶へと切り替わっていく。

 最初はケット・シーの記憶だった。

 “うー、ごめんなさいニャ”

 何か悪い事をしたのかベルに叱られてしょんぼりしていた。次のシーンに移ってもケット・シーは叱られていて、相当ベルを困らせていたのが分かる。ケット・シーが悪戯で困らせる度にベルが出向き、謝ったり間に入って解決させていく。どれだけ困らせてもベルは見放さず諭し続けてやっとケット・シーも改心したのか、次の記憶では、ご褒美のサバをもらっていた。

 “ニャ~!サバはニャアの大好物だニャ!ベルママ、ありがとうニャ~!大好きニャ!”

 ベルに抱きついてダンスするようにくるくる回る。ベルもやめなさいと言いつつ嬉しそうだった。ご飯を食べた後ふたりはお気に入りの場所でお昼寝をした。ぽかぽかの陽気に包まれて眠るふたりはとても幸せそうだった。それからもケット・シーとベルの記憶が続いたが、どれも優しいものばかりで、なぜか目頭が熱くなってくる。

 (幸せな記憶なのに、)

 ベルの姿は日に日に小さくなっていく。刻々と幸せの時間が終わりに向かうのを見つめ、胸が苦しくなった。

 次は狼の記憶だった。 

 ソルの中でじーっと俺やグレイの会話を聞いているシーンから始まり、俺とボール遊びをするシーンや、今日のベルに協力してもらって仲直りする所も映される。

 “撫でて良いのか…?"

 俺の言葉に、狼はすごく喜んでいたらしく、記憶を通してその興奮が伝わってくる。俺が狼を撫でたところで次の記憶になった。何もかも真っ白な世界が視界いっぱいに広がる。

 (まさか、狼男になる前の…??)

 狼として雪山で過ごしていた時の記憶だと気付いた。そのまま真っ白な記憶が延々と続くかと思えば、洞窟らしき場所に変わった。そこではもう一匹の痩せた狼がいて、洞窟の奥で横になるのが見える。

 (母親…か…?)

 狼は駆け足でその痩せた狼に近寄り、すぐ横で伏せをした。寄り添って眠る姿は二日前のオオカミエリアで見たオオカミ達とそっくりだった。そこで狼の記憶は終わった。

 最後に、男の子の姿が映った。

 その子はとても綺麗な女性と手を繋いでいる。どこかに向かってる途中なのか、帰るところなのか。

 “母さん”

 男の子が呼ぶと、女性は立ち止まり目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 “反省しましたか?いたずらっ子さん"
 “うん…ゴメン、ナサイ"

 男の子が謝るのを見て、女性は眩しいほど優しい笑みを浮かべて、抱き上げる。細い腕なのに慣れたように抱き上げる姿は何度もやっているのだとわかるもので

 “ちゃんと謝れて偉いわ"

 ちゅ、と頬に口づける。男の子は照れくさそうに笑った。

 (ああ、この人が、…)







「…っ!!」

 一時間、いやもっと長い時間に感じた一瞬を終えて俺は現実世界に戻った。慌てて状況を確認すれば、すでにベルは地面に降りており、狼も俺と同じように記憶を見せられたのか、さっきまでの殺気立った様子は消え…ポカンとしている。

「狼…」

 呼びかけると素直にセツの上から退いた。するとオオカミの群れも包囲を止めて、狼の元に集まり伏せをする。もう敵意はない、ということだろう。

「そんな…嘘だろ…」

 セツが腹を押さえながら、何が起きたのかと呆気に取られている。俺はそれを助け起こして狼がいるのとは反対側に立たせた。


『ベルママッ?!!』


 ふと、ケット・シーの悲痛な声が響いた。見れば、ベルが地面に倒れており、ケット・シーが抱き起こしていた。ふたりは同じぐらいのサイズだが、ベルが羽根のように軽い為十分抱きかかえれてしまう。

『ベルママ…っ!』
『クー、少し…寒くなってきましたね。あなたは…大丈夫?寒くない…かしら』
『ニャアは全然平気ニャ…ベルママこそ、どうしてこんなに冷たいのニャ…、ぐすっ、前はあんなに暖かかったのに、…か、体ももっと小さくなっちゃって…ううっ…ニャアは、ニャアはどうしたら、どうしたらいいのニャ…っ』

 ぎゅうっとベルの体を抱きしめた。ベルは人形のように脱力していて、浅い呼吸のままうとうとしている。意識が朦朧としているのか、ベルはか細くなった思念で最後の言葉を伝えていく。

『大丈夫よ、クー…。私は、お空に行くだけで…、あなたが何かする必要はないのよ…。こうして看取ってもらうのも、親としては、とても幸福なこと』
『こ、幸福…?』
『ええ、親が子供より先に旅立つのが正しい流れなのだから、だから、どうか自分を責めないで。むしろ…最後まで一緒にいてくれてありがとう、…愛しているわ、クー』
『最後だなんて言わないでニャ、ニャアも…ベルママが、ぐすんっ、大好きニャ…世界一、愛してる、ニャ…っ』

 ケット・シーはベルを抱きながら号泣する。涙で濡れる頬を、ベルが最後の力を振り絞って、ちろりと舐めた。

『泣かないで。あなたは…ひとりじゃ、ないでしょ…?』
『!』

 いつの間にかトラやライオンがベル達の傍に集まってきていた。皆、一歩引いた位置で悲し気に見下ろしている。

『みんな…』

 ケット・シーはそれを見て目を丸くした。

『クー、この世界には…たくさんのひとがいるの。私だけを見てたらもったいないわ。もっと色んなひとと出会って、お話して、優しくて強い子になりなさい』
『ううっ、ぐすっ、は、はい…っ』
『その爪も、もう、傷つける為に使っちゃダメよ。せっかく立派な爪を持ってるのだから、優しいことに使いなさい。きっとその為に、あなたの爪は立派に…生まれてきたのだから』

 ベルはそこまで言うと、一呼吸を置いてからこちらを見てくる。

『…遅くなったけれど、ライ、ソルジ、狼の子…クーを止めてくれて、ありがとう』
「っ…!」
『賑やかなあなた達ともっとお話したかったけれど、きっと、私との記憶はあなた達にとって辛くなるだけだから…これぐらいの関係でよかったのよね』

 ベルの言葉に俺は首を振った。“辛くなるだけ"…なわけがない。もし自分が過去に戻れても俺はベルと出会うことを選んでいるはずだ。すぐに別れが訪れるとわかってもそれは関係ない。

「俺だって、ベル、あんたともっと話したい。全然…話し足りねえよ…」

 それ以上は言葉が続かなかった。ケット・シーがわんわん泣いているのにつられて、俺まで涙がにじんでくる。口を開けば色んなものが溢れ出てしまいそうで

 とん…

 ふと、狼が額を擦り付けるようにして俺の肩に触れてくる。

 (狼…)

 体は大きいが寂しげに尻尾を垂らす姿は俺のよく知る狼で…そっとその首に腕を回した。

「ベル…狼を正気に戻してくれて…ありがとう。あんたの家族は俺が守るから、…安心してくれ」
『優しいあなたに頼ってばかりでごめんなさい…ライ。あなたがいてくれて本当によかった、どうか…お願い、ね…』

 頼みましたよ、と呟きベルはひどくホッとした顔をする。最後の心残りがやっと消えたようで、人形のような体から更に力が抜けていく。

『ああ、眠いわね…』

 そういってベルはうとうとしていた瞼を完全に閉じてしまった。

 そして、


『私の、可愛い子供達…愛してるわ。ずっと、ずっと、離れても、見守ってますから……、皆…、仲良く…するの…よ……』


 ベルは、我が子であるケット・シーに抱かれたまま、穏やかな表情で永遠の眠りについた。

『べ、ベルママ……?』

 ケット・シーは信じられないという顔でゆさゆさと腕の中を揺らした。しかし、いくらやってもその体は揺れるだけで応じる事はない。

『…にゃ、』

 ケット・シーは力の抜けた体を抱きしめて、ポロポロと涙を溢れさせた。

『にゃああああぁ…っ!!』

 ケット・シーが泣くのにつられてトラやライオンが身を寄せ合う。まるで悲しみを分かち合うような姿に、俺は悟った。彼らは血は繋がっていなくても動物園という世界で共に生きた家族なのだ。ベルはその家族にとっての母親であり、最愛のひとだった。

『ベルママいやだニャっ…置いてかないで…ニャ、…こんなに大好きなのにっ、ニャんで…ぐすっ、ベルママ…ベルママァ…!』

 ベルを中心に彼らは泣き続けた。
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