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一話
木箱とホスト
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***
「え?今なんて??」
荷物が廊下に出されているのを信じられない気持ちで見つめた。大家の女性が顔をしかめながら書類を渡してくる。
「あんたクビになったんでしょ?理由も理由だし、出てっておくれ」
会社指定のアパートの為、色々情報は筒抜けらしい。「ホモでクズ野郎はお断り」と軽蔑する視線を送ってくる。
「ここにくるときの契約書にも書いてあるはずだよ。ほら、餞別として清掃はこっちでやっておいてあげるから、おゆき!」
「あ、え…ちょっと!」
まさか会社をやめたその日に家を追い出されるとは。せめて次の家が決まるまではいさせてもらえるものかと思ったが、大家の顔を見て諦めた。一度お辞儀して荷物を背負った。元々私物は少ないのでリュックにつめこめば何とかなる。日用品は…次の所で買えばいい。
「今までありがとうございました。お元気で」
返事はなかった。もう俺の事を見てすらいない。仕方なく俺は背を向け目的地がないまま歩き出した。
すっかり夜も更け町はイルミネーションで彩られていた。都会は夜でも明るく、人も減らない。だが皆どこか寂し気な顔をしているように見える。
(久しぶりにこんな時間に出歩いたな)
スマホを見つめとぼとぼと歩くサラリーマン。無駄にテンションの高い客引き。ぎゃあぎゃあ騒ぐ酔っ払い。
「懐かしいな…」
十年以上前の借金まみれ(※父の借金)でほとんどなにも食べれずにいた小学生時代。その時もこうして夜中に町を出歩いていた。食品の廃棄や飲食店のゴミが増える時間帯だからだ。それらを必死にかき集め空腹をしのいだ。野良猫のようにしぶとく生きて今があるわけだがまさか十数年後同じような立場に陥るとは。
「泣きっ面に蜂、いや七転八倒だな」
公園のベンチに腰掛けどうしたものかと黄昏る。我ながらこんな状況でもパニックにならず冷静でいられる自分に感心した。感情がオフになってるとこういう時便利かもしれない。
ぐうう
腹の虫が鳴いている。そういえば最後に食事をとったのはいつだったか。丸一日食べてないかもしれない。空腹も味覚も失い、最低限しか食べなくなってしまった。腕をあげるとすっかり痩せ細っている腕が見えた。
「ほっそ」
自嘲するように笑う。空腹で立ち上がる気力もない。一度寝るかと思ったところで何やら騒々しい声が聞こえてくる。公園横に建っているレンガの倉庫からだった。
(なんだ?何かのトラブルか?巻き込まれるのは勘弁してくれよ…)
そそくさとリュックを背負い立ち上がる。しかし時既に遅し。
「お前、奴の仲間か?」
いつの間にか俺が座ってるベンチの回りに怪しげな男たちが立っていた。ぐるりと囲むように立ちふさがり逃げる隙がない。俺は手を上げて首をふる。
「仲間?俺は少し休んでただけだ」
「今倉庫の方を確認してただろう。何かの合図を待ってたんじゃないか?」
「違う!声が聞こえたから見たんだ、それだけだ」
信じられないというような顔をされる。まあ夜中のこの時間に公園のベンチで座ってる俺は怪しい。怪しいのは承知だが。ここまでの経緯を話したところで信じてもらえないというか更に怪しまれるだろう。どうしたものかと黙り込むとリーダー格の男が一歩前に出てきた。もう一歩近づかれたら服を掴まれる距離になる。
「まあいい。とりあえず来てもらおうか」
「…断るといったら?」
「残念だが断るという選択肢はな…ブゥア!」
掴みかかろうとした男の腕をいなし、前のめりになった男の顎へ一撃お見舞いする。
「このっ!」
まさか反撃されるとは思わなかったのか一テンポ遅れて背後から追撃がきた。そのまま腕を掴み背負い投げする。
どす!ゴン!ドシャア!
難なく五人全員倒したところで手の埃を払った。全員気絶してるのでもう襲われる心配はない。
(借金時代に磨かれた護身術が役に立ったな…)
ただ、今回は素人ばかりで倒せたが本職が来たらひとたまりもない。
(さっさと逃げよう)
リュックを拾い、繁華街に逃げようとした。そのとき。
『たすけて』
誰かの声が聞こえた。どこからともなく助けを求める声。
「???」
辺りを見渡すがそれらしい人影はない。
『たす…け…』
再度声が聞こえたがそれ以降は届かなくなった。二回も聞こえたから幻聴ではないだろう。だが、何とも言えない奇妙な体験だった。まるで初めてワイヤレスイヤホンを使った時のような、かすかな違和感を感じた。周りに音源がないのに音が聞こえる違和感。
(助けて…か…)
***
公園横の倉庫の裏に着いた。結局俺はあの声を無視することはできなかった。このまま無視したら夢見が悪い。
(今さら俺に失うものもないしな)
金もなければ住む場所も恋人もいない。あるのは痩せ細った体のみ。もうやけくそだ。
「ここなら見えるか?」
レンガの隙間があったのでそっと覗き込む。薄暗いが少し中が見えた。どうやら倉庫の中で騒いでいたのはさっきの男たちの仲間のようだ、雰囲気が似ている。というか共通点があった。
(ホストっぽい奴らだな)
顔は整ってないが身なりでなんとなくホストだとわかった。派手色の髪に安っぽいスーツ。最近じゃ珍しいTHEホストという見た目だ。仮にホスト集団と呼ぶが奴らは何かを囲むようにして言い合っていた。
「おい!なんだよこれは、聞いてないぞ!」
「いいから始末しろ!」
「本当に上の指示なのか?違っていたら俺らじゃ責任をおえないぞ?!」
「知るかよ!俺らも、急のことで…動揺してて…やっちまったんだから」
(やっちまった…って)
ヤッたのか殺したのか、どちらにせよホスト集団は危ない橋を渡りかけてるらしい。そこでやっと俺は気づいた。中心に1メートル四方の木箱が置かれていることに。
(あそこに入ってるのか?あのサイズじゃ子供かそれとも解体済みの…うえっ…)
成仏しろよと手を合わせて念じておく。
「あの人にバレたらどっちにしろ殺される!さっさと海に捨てちまおうぜ!」
「だが…」
「そうだそうだ!」
「あーもう!わかった、裏口をあけろ!足もすぐに用意しろ、五分以内に!急げ!」
木箱は廃棄することに決定したらしい。
(いや待て待て、裏口ってどう考えても…俺がいる場所では?!)
レンガの隙間だと思っていたがよくよく見ればレンガの模様をした扉だった。暗くてよく見えてなかった。
(このままじゃやべえ!)
隠れる場所なんてない。近くにあるのはボロボロの軽トラと赤ちゃんすら隠れられない小さな草むらのみ。背後にはほとんど使われてなさそうな港が広がっている。
ガチャ
「三鈴さん、お疲れ様です!車はすぐそこなので持ってきますね」
「早くしろ」
ぞろぞろとホストが出てくる。皆辺りを警戒していた。下っぱが近くにとめてあった軽トラをリーダーの前に移動させた。後ろに荷台があり、黒い布がかけられている。
「あれをのせろ」
「はい」
木箱が軽トラの荷台にのせられた。二人がかりで運び込まれ、木箱に布がかけられた。
(あっぶねえ…なんとか隠れられたか…)
軽トラの布の下に隠れていた俺は一人冷や汗をかいていた。持参していた上着を布の代わりにかけて隠れていたのだ(※俺)上着)黒い布って感じ)。暗さのおかげでバレてないらしい。痩せ細っていた体に初めて感謝した。
(でもこれ、俺も現場まで運ばれるパターンじゃ…)
「そういえば外を見張りにいったチームからの連絡が途絶えています。確認にいかせてますが報告が遅れそうです」
「あれに仲間はいない。足はついてないはずだ。だがわかり次第報告しろ」
「はい」
そのまま軽トラは助手席にリーダー格、荷台に木箱と俺をのせて出発するのだった。後方から仲間の車も追いかけてきている。逃げるタイミングは逃したようだ。
(このまま俺も沈められたりしねえよな??勘弁してくれよ…)
港にそって走った軽トラは15分ほどで停車した。港を横切り中洲のようなところに移動する橋の真ん中で二台の車が連なって停車する形になってる。事故を装って停車させているみたいだが、ほとんど車は通っておらず怪しむ者などいない。
「おろせ」
「はい」
木箱に運転手の男が近づく。その時、突然木箱が震えだした。
「ウウ…ウウ…!」
木箱から獣の唸り声のようなものが聞こえてくる。
「なっ!こいつ!まだ生きて…!!」
運転手の男が顔を青ざめている。リーダー格が舌打ちをした。
「早くしろ!!」
「ひっひいい!」
木箱を乱暴に持ち上げる。そして地面に叩き落とした。木箱は更に大きく震えた。ガタガタと転がりそうなほど激しく揺れている。
『助けて!』
先ほど公園のベンチで聞こえたものと全く同じ声が響いた。
(今のは…!やっぱりあの木箱の中にいたのか…!)
もしかしたらと思っていたがまさか本当に木箱に囚われていたとは。ホストの「まだ生きてるのか」という台詞からホストたちはこの木箱の中身を殺そうとしたということがわかる。ちらりと軽トラの運転席を確認して、後方の事故車を装う下っぱたちの数や配置も頭にいれた。幸運にも武器はほとんど所持していない(ホストだし当たり前か)。
(このままじゃ木箱の奴が沈められちまう、助けねえと)
借金まみれの時、俺は常に弱者だった。ガキで、金がなくて、学もない、力もない…どうしようもない弱者。だから木箱の中にいる奴の絶望が痛い程わかる。わかるからこそ、このまま放っておくなんてできるわけがない。
「せーのでいくぞ、せー…の?!うわあ!!」
木箱を持つ一人を黒い布で目隠しする。動きが止まったところでもう一人の男の膝を蹴った。荷物を抱えているため二人とも受け身が取れず派手に転んだ。木箱は横向きに落ちたが割れてはいない。
「お前!どこから…?!!」
リーダー格が何かを胸から取り出そうとした。
(あれはやばい!気がする!)
一気に距離をつめ、顎にアッパーカットをお見舞いする。綺麗に後方に倒れ込むリーダー格を片腕で抱え、下っぱを牽制した。ついでにリーダー格の胸から銃らしきものを取り出す。ひんやりとした質感に寒気がした。
(ひいい…なんてもの持ち歩いてるんだ…!)
拳銃だった。使ったことはないがゲームや映画で見たことはある。持ち方ぐらいは様になるはず、とすぐに構えた。銃口をむけられた下っぱたちはびくりと体を震わせ、両手を上げる。
「こ、殺さないでくれっ」
「落ち着け!いいか、俺はあんたらの失敗を尻拭いしにきただけだ!」
「なっ…!失敗って何を…っ」
「これの始末さ」
木箱を顎で指す。
「何事も計画通りにいかないことはある。だから俺達みたいな仕事があるのさ」
「なんだと…?ここには依頼されて来たのか?」
「ああ、慌てたお前たちが間違った方法で処理しかねないからと、あの人から見張るよう言われていた」
「あの人って…まさか、龍矢様の…ご指示で…!?」
(龍矢??誰だそれ…)
ペラペラとその場しのぎの嘘をついていたら新情報が出てきて恐ろしくなった。絶対知らない方がいい名前だなと察し、喋り続ける下っぱを手で制して「もういい」と止めさせる。
「とにかく、この木箱は俺が受け持つ。その荷台に戻してくれ。そうしたらこの男、三鈴だったか?は解放する」
「は、はあ…」
混乱する下っぱたちが木箱を荷台にのせ直した。外の声が聞こえているのか木箱は先ほどと異なり暴れる様子はない。下っぱを下がらせ、リーダー格の男を突き飛ばす。慌てて下っぱが受け止めたのを見届ける間もなく俺は軽トラに飛び乗った。運転席の鍵はついたままだ。すぐにエンジンをかけ発車させた。バックミラーで確認するが追ってくる気配はない。奴らの気が変わる前にと軽トラを限界まで飛ばして港を後にした。
***
繁華街に戻ったが綺麗な町の中でこの薄汚い軽トラはやけに目立つ。人気のない道を探したがなかなかない。少し進んだところで歓楽街にたどり着いた。
(ここならいいか…?)
ほとんど看板の文字が剥げて読めなくなっているスナックの横に停め、荷台を確認することにした。荷台にはまだ木箱がのっていて、蓋?が空いた感じもない。ホッと胸を撫で下ろす。
「大丈夫か?」
木箱に声をかけてみたが返答はない。まだ警戒しているのかもしれない。なるべく穏やかに話すように気をつけて続けた。
「俺はライ。さっき仕事を首になった…ホームレス一歩手前の男だ。で、さっきの乱闘が聞こえてたかもしれないが、ホスト集団からは抜け出したから後は勝手に逃げてくれ」
このまま軽トラ(銃らしきものは助手席に隠しておいた)といても良いことはない。謎のホスト集団から助けることはできたし俺はそろそろお暇しようと思った。
「木箱の蓋は開けとくから、って、うわあ!アッツ!」
メラメラと木箱の隙間から赤い炎が顔を出した。熱さを感じすぐに手を引っ込めたが目の前の光景が信じられず二度見した。
パチパチ…バキッ
木箱の内側から溢れる炎によって木箱が壊れていく。破片が飛び散り、俺は後ずさる事しかできなかった。炎は木箱の破片をのみ込みながらどんどんと広がる。
(一体何が起きてるんだ…!?木箱のなかから炎が…!)
まさか内側で火をつけて自殺しようとしている??
「おい!変なこと考えるな!もう奴らはいない!助かったんだって!」
バキバキ…!ゴオオオ!
突如として炎が立ち上ぼり薄暗い路地を照らす。人気のなかったはずの歓楽街の路地裏にざわざわと人が集まってくる。俺も炎に飲み込まれそうで下がろうとした時、何かと目があった。
(は?目が合う?)
そんなわけがない。炎を見ていて誰かと目が合うわけがないのに。だがまっすぐにこちらを見つめてくる二つの瞳から目が離せずにいた。宝石のように美しく輝くオレンジ色の瞳。俺は魅せられたように息を止め、炎が消えるまで見つめるのだった。
「ありがとう、命の恩人さん」
そして、木箱の燃えかすの中から現れたのは…美しくも怪しすぎる裸の男だった。
「え?今なんて??」
荷物が廊下に出されているのを信じられない気持ちで見つめた。大家の女性が顔をしかめながら書類を渡してくる。
「あんたクビになったんでしょ?理由も理由だし、出てっておくれ」
会社指定のアパートの為、色々情報は筒抜けらしい。「ホモでクズ野郎はお断り」と軽蔑する視線を送ってくる。
「ここにくるときの契約書にも書いてあるはずだよ。ほら、餞別として清掃はこっちでやっておいてあげるから、おゆき!」
「あ、え…ちょっと!」
まさか会社をやめたその日に家を追い出されるとは。せめて次の家が決まるまではいさせてもらえるものかと思ったが、大家の顔を見て諦めた。一度お辞儀して荷物を背負った。元々私物は少ないのでリュックにつめこめば何とかなる。日用品は…次の所で買えばいい。
「今までありがとうございました。お元気で」
返事はなかった。もう俺の事を見てすらいない。仕方なく俺は背を向け目的地がないまま歩き出した。
すっかり夜も更け町はイルミネーションで彩られていた。都会は夜でも明るく、人も減らない。だが皆どこか寂し気な顔をしているように見える。
(久しぶりにこんな時間に出歩いたな)
スマホを見つめとぼとぼと歩くサラリーマン。無駄にテンションの高い客引き。ぎゃあぎゃあ騒ぐ酔っ払い。
「懐かしいな…」
十年以上前の借金まみれ(※父の借金)でほとんどなにも食べれずにいた小学生時代。その時もこうして夜中に町を出歩いていた。食品の廃棄や飲食店のゴミが増える時間帯だからだ。それらを必死にかき集め空腹をしのいだ。野良猫のようにしぶとく生きて今があるわけだがまさか十数年後同じような立場に陥るとは。
「泣きっ面に蜂、いや七転八倒だな」
公園のベンチに腰掛けどうしたものかと黄昏る。我ながらこんな状況でもパニックにならず冷静でいられる自分に感心した。感情がオフになってるとこういう時便利かもしれない。
ぐうう
腹の虫が鳴いている。そういえば最後に食事をとったのはいつだったか。丸一日食べてないかもしれない。空腹も味覚も失い、最低限しか食べなくなってしまった。腕をあげるとすっかり痩せ細っている腕が見えた。
「ほっそ」
自嘲するように笑う。空腹で立ち上がる気力もない。一度寝るかと思ったところで何やら騒々しい声が聞こえてくる。公園横に建っているレンガの倉庫からだった。
(なんだ?何かのトラブルか?巻き込まれるのは勘弁してくれよ…)
そそくさとリュックを背負い立ち上がる。しかし時既に遅し。
「お前、奴の仲間か?」
いつの間にか俺が座ってるベンチの回りに怪しげな男たちが立っていた。ぐるりと囲むように立ちふさがり逃げる隙がない。俺は手を上げて首をふる。
「仲間?俺は少し休んでただけだ」
「今倉庫の方を確認してただろう。何かの合図を待ってたんじゃないか?」
「違う!声が聞こえたから見たんだ、それだけだ」
信じられないというような顔をされる。まあ夜中のこの時間に公園のベンチで座ってる俺は怪しい。怪しいのは承知だが。ここまでの経緯を話したところで信じてもらえないというか更に怪しまれるだろう。どうしたものかと黙り込むとリーダー格の男が一歩前に出てきた。もう一歩近づかれたら服を掴まれる距離になる。
「まあいい。とりあえず来てもらおうか」
「…断るといったら?」
「残念だが断るという選択肢はな…ブゥア!」
掴みかかろうとした男の腕をいなし、前のめりになった男の顎へ一撃お見舞いする。
「このっ!」
まさか反撃されるとは思わなかったのか一テンポ遅れて背後から追撃がきた。そのまま腕を掴み背負い投げする。
どす!ゴン!ドシャア!
難なく五人全員倒したところで手の埃を払った。全員気絶してるのでもう襲われる心配はない。
(借金時代に磨かれた護身術が役に立ったな…)
ただ、今回は素人ばかりで倒せたが本職が来たらひとたまりもない。
(さっさと逃げよう)
リュックを拾い、繁華街に逃げようとした。そのとき。
『たすけて』
誰かの声が聞こえた。どこからともなく助けを求める声。
「???」
辺りを見渡すがそれらしい人影はない。
『たす…け…』
再度声が聞こえたがそれ以降は届かなくなった。二回も聞こえたから幻聴ではないだろう。だが、何とも言えない奇妙な体験だった。まるで初めてワイヤレスイヤホンを使った時のような、かすかな違和感を感じた。周りに音源がないのに音が聞こえる違和感。
(助けて…か…)
***
公園横の倉庫の裏に着いた。結局俺はあの声を無視することはできなかった。このまま無視したら夢見が悪い。
(今さら俺に失うものもないしな)
金もなければ住む場所も恋人もいない。あるのは痩せ細った体のみ。もうやけくそだ。
「ここなら見えるか?」
レンガの隙間があったのでそっと覗き込む。薄暗いが少し中が見えた。どうやら倉庫の中で騒いでいたのはさっきの男たちの仲間のようだ、雰囲気が似ている。というか共通点があった。
(ホストっぽい奴らだな)
顔は整ってないが身なりでなんとなくホストだとわかった。派手色の髪に安っぽいスーツ。最近じゃ珍しいTHEホストという見た目だ。仮にホスト集団と呼ぶが奴らは何かを囲むようにして言い合っていた。
「おい!なんだよこれは、聞いてないぞ!」
「いいから始末しろ!」
「本当に上の指示なのか?違っていたら俺らじゃ責任をおえないぞ?!」
「知るかよ!俺らも、急のことで…動揺してて…やっちまったんだから」
(やっちまった…って)
ヤッたのか殺したのか、どちらにせよホスト集団は危ない橋を渡りかけてるらしい。そこでやっと俺は気づいた。中心に1メートル四方の木箱が置かれていることに。
(あそこに入ってるのか?あのサイズじゃ子供かそれとも解体済みの…うえっ…)
成仏しろよと手を合わせて念じておく。
「あの人にバレたらどっちにしろ殺される!さっさと海に捨てちまおうぜ!」
「だが…」
「そうだそうだ!」
「あーもう!わかった、裏口をあけろ!足もすぐに用意しろ、五分以内に!急げ!」
木箱は廃棄することに決定したらしい。
(いや待て待て、裏口ってどう考えても…俺がいる場所では?!)
レンガの隙間だと思っていたがよくよく見ればレンガの模様をした扉だった。暗くてよく見えてなかった。
(このままじゃやべえ!)
隠れる場所なんてない。近くにあるのはボロボロの軽トラと赤ちゃんすら隠れられない小さな草むらのみ。背後にはほとんど使われてなさそうな港が広がっている。
ガチャ
「三鈴さん、お疲れ様です!車はすぐそこなので持ってきますね」
「早くしろ」
ぞろぞろとホストが出てくる。皆辺りを警戒していた。下っぱが近くにとめてあった軽トラをリーダーの前に移動させた。後ろに荷台があり、黒い布がかけられている。
「あれをのせろ」
「はい」
木箱が軽トラの荷台にのせられた。二人がかりで運び込まれ、木箱に布がかけられた。
(あっぶねえ…なんとか隠れられたか…)
軽トラの布の下に隠れていた俺は一人冷や汗をかいていた。持参していた上着を布の代わりにかけて隠れていたのだ(※俺)上着)黒い布って感じ)。暗さのおかげでバレてないらしい。痩せ細っていた体に初めて感謝した。
(でもこれ、俺も現場まで運ばれるパターンじゃ…)
「そういえば外を見張りにいったチームからの連絡が途絶えています。確認にいかせてますが報告が遅れそうです」
「あれに仲間はいない。足はついてないはずだ。だがわかり次第報告しろ」
「はい」
そのまま軽トラは助手席にリーダー格、荷台に木箱と俺をのせて出発するのだった。後方から仲間の車も追いかけてきている。逃げるタイミングは逃したようだ。
(このまま俺も沈められたりしねえよな??勘弁してくれよ…)
港にそって走った軽トラは15分ほどで停車した。港を横切り中洲のようなところに移動する橋の真ん中で二台の車が連なって停車する形になってる。事故を装って停車させているみたいだが、ほとんど車は通っておらず怪しむ者などいない。
「おろせ」
「はい」
木箱に運転手の男が近づく。その時、突然木箱が震えだした。
「ウウ…ウウ…!」
木箱から獣の唸り声のようなものが聞こえてくる。
「なっ!こいつ!まだ生きて…!!」
運転手の男が顔を青ざめている。リーダー格が舌打ちをした。
「早くしろ!!」
「ひっひいい!」
木箱を乱暴に持ち上げる。そして地面に叩き落とした。木箱は更に大きく震えた。ガタガタと転がりそうなほど激しく揺れている。
『助けて!』
先ほど公園のベンチで聞こえたものと全く同じ声が響いた。
(今のは…!やっぱりあの木箱の中にいたのか…!)
もしかしたらと思っていたがまさか本当に木箱に囚われていたとは。ホストの「まだ生きてるのか」という台詞からホストたちはこの木箱の中身を殺そうとしたということがわかる。ちらりと軽トラの運転席を確認して、後方の事故車を装う下っぱたちの数や配置も頭にいれた。幸運にも武器はほとんど所持していない(ホストだし当たり前か)。
(このままじゃ木箱の奴が沈められちまう、助けねえと)
借金まみれの時、俺は常に弱者だった。ガキで、金がなくて、学もない、力もない…どうしようもない弱者。だから木箱の中にいる奴の絶望が痛い程わかる。わかるからこそ、このまま放っておくなんてできるわけがない。
「せーのでいくぞ、せー…の?!うわあ!!」
木箱を持つ一人を黒い布で目隠しする。動きが止まったところでもう一人の男の膝を蹴った。荷物を抱えているため二人とも受け身が取れず派手に転んだ。木箱は横向きに落ちたが割れてはいない。
「お前!どこから…?!!」
リーダー格が何かを胸から取り出そうとした。
(あれはやばい!気がする!)
一気に距離をつめ、顎にアッパーカットをお見舞いする。綺麗に後方に倒れ込むリーダー格を片腕で抱え、下っぱを牽制した。ついでにリーダー格の胸から銃らしきものを取り出す。ひんやりとした質感に寒気がした。
(ひいい…なんてもの持ち歩いてるんだ…!)
拳銃だった。使ったことはないがゲームや映画で見たことはある。持ち方ぐらいは様になるはず、とすぐに構えた。銃口をむけられた下っぱたちはびくりと体を震わせ、両手を上げる。
「こ、殺さないでくれっ」
「落ち着け!いいか、俺はあんたらの失敗を尻拭いしにきただけだ!」
「なっ…!失敗って何を…っ」
「これの始末さ」
木箱を顎で指す。
「何事も計画通りにいかないことはある。だから俺達みたいな仕事があるのさ」
「なんだと…?ここには依頼されて来たのか?」
「ああ、慌てたお前たちが間違った方法で処理しかねないからと、あの人から見張るよう言われていた」
「あの人って…まさか、龍矢様の…ご指示で…!?」
(龍矢??誰だそれ…)
ペラペラとその場しのぎの嘘をついていたら新情報が出てきて恐ろしくなった。絶対知らない方がいい名前だなと察し、喋り続ける下っぱを手で制して「もういい」と止めさせる。
「とにかく、この木箱は俺が受け持つ。その荷台に戻してくれ。そうしたらこの男、三鈴だったか?は解放する」
「は、はあ…」
混乱する下っぱたちが木箱を荷台にのせ直した。外の声が聞こえているのか木箱は先ほどと異なり暴れる様子はない。下っぱを下がらせ、リーダー格の男を突き飛ばす。慌てて下っぱが受け止めたのを見届ける間もなく俺は軽トラに飛び乗った。運転席の鍵はついたままだ。すぐにエンジンをかけ発車させた。バックミラーで確認するが追ってくる気配はない。奴らの気が変わる前にと軽トラを限界まで飛ばして港を後にした。
***
繁華街に戻ったが綺麗な町の中でこの薄汚い軽トラはやけに目立つ。人気のない道を探したがなかなかない。少し進んだところで歓楽街にたどり着いた。
(ここならいいか…?)
ほとんど看板の文字が剥げて読めなくなっているスナックの横に停め、荷台を確認することにした。荷台にはまだ木箱がのっていて、蓋?が空いた感じもない。ホッと胸を撫で下ろす。
「大丈夫か?」
木箱に声をかけてみたが返答はない。まだ警戒しているのかもしれない。なるべく穏やかに話すように気をつけて続けた。
「俺はライ。さっき仕事を首になった…ホームレス一歩手前の男だ。で、さっきの乱闘が聞こえてたかもしれないが、ホスト集団からは抜け出したから後は勝手に逃げてくれ」
このまま軽トラ(銃らしきものは助手席に隠しておいた)といても良いことはない。謎のホスト集団から助けることはできたし俺はそろそろお暇しようと思った。
「木箱の蓋は開けとくから、って、うわあ!アッツ!」
メラメラと木箱の隙間から赤い炎が顔を出した。熱さを感じすぐに手を引っ込めたが目の前の光景が信じられず二度見した。
パチパチ…バキッ
木箱の内側から溢れる炎によって木箱が壊れていく。破片が飛び散り、俺は後ずさる事しかできなかった。炎は木箱の破片をのみ込みながらどんどんと広がる。
(一体何が起きてるんだ…!?木箱のなかから炎が…!)
まさか内側で火をつけて自殺しようとしている??
「おい!変なこと考えるな!もう奴らはいない!助かったんだって!」
バキバキ…!ゴオオオ!
突如として炎が立ち上ぼり薄暗い路地を照らす。人気のなかったはずの歓楽街の路地裏にざわざわと人が集まってくる。俺も炎に飲み込まれそうで下がろうとした時、何かと目があった。
(は?目が合う?)
そんなわけがない。炎を見ていて誰かと目が合うわけがないのに。だがまっすぐにこちらを見つめてくる二つの瞳から目が離せずにいた。宝石のように美しく輝くオレンジ色の瞳。俺は魅せられたように息を止め、炎が消えるまで見つめるのだった。
「ありがとう、命の恩人さん」
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【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
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