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一話
悪夢か現実か
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「えっと…」
軽トラに置き忘れてた上着を拾い上げ、怪しすぎる裸の男に差し出した。裸の男は目を丸くして片ひざをついた。俺の上着を大事そうに受けとる。
「ああ、助けてくれた上に服まで…!なんて紳士的な人間なんだろう!」
「いや、あーどうも」
紳士的というか、紳士的じゃないものが見えてて目のやり場に困るんでせめて腰に巻いてくれ。裸の男は俺の意図を汲み取ったのか奇跡的に腰に上着を巻き始めてくれた。ホッと胸を撫で下ろす。
「ちょっとちょっと、店の前でイチャつかれると困るんだけど~」
今度はなんだと辺りを見回すと、突然灰色の霧が出てきた。
「なんだこれは…!?」
よくわからないが本能的に危険を察知して口を覆った。すると一分もせず周りの人間が倒れていく。バタバタと倒れていく様はまるでホラー映画のようだった。
「お、おい、ゾンビになるとか、やめてくれよ??」
急いで人気のない壁側に逃げたが横たわる人々に起き上がる気配はない。恐る恐る生存確認しにいくと、寝ているだけだった。しかもなんだか嬉しそうな顔をしている。
「気持ち良さそうに寝てる…」
「おやおや、あんた勘がいいネ。あたしの霧を初見で避けた人間はあんたが初めてだワ」
軽トラを停めていたスナックから長身の男が現れる。前髪が長く、表情は口元以外見えない。足首まである灰色のワンピースを着ていてとてもよく似合っていた。
(男なのか?女なのか?)
声と身長は男のそれだが、仕草や服装は女っぽい。
「色々あんたに聞きたい事はあるけどとりあえず中入りナサイ。この車はあたしが片付けとくから」
「え…」
制止する間もなく長身の男は軽トラを片手で持ち上げ、
ガシャ、ズシンッ
「って、はあ!?片手で!?」
ブオオンッ!!
砲丸投げの要領で軽トラをどこかへと投げてしまった。絶句する。しかも軽トラは米粒ぐらい小さくなるほど飛ばされた後
ボチャーン
高い水しぶきをあげて落ちていった。あの大量の水しぶき…どうやら港に落ちたようだが色々と状況がカオス過ぎる。隣には半裸の男が立ってるし、目の前にはダンプカー並みの怪力を持つ男。地面には笑顔で眠りこける酔っ払い達。戸惑う俺に半裸の男が声をかけてきた。
「人々が目を覚ましたら説明に困る…中へ入ろう、ライ」
「…」
「落ち着いた場所でしっかり礼をさせてほしい」
「…はあ」
半裸の男の言葉で仕方なく俺もスナックへ入るのだった。
「お茶もコーヒーもうちには置いてないからネ~酒でいい?」
「水で」
「もーつまんないワネー」
冷えてない普通のグラスに水道水をいれ渡してくる。
「それで?あんた達ってどんな関係?“幻獣”と人間の並びなんて珍しいワネ」
「…げんじゅう?」
聞いた事もない単語に首を傾げる。さっきまで俺は仕事を失い歓楽街を彷徨っていたというのに、どうしてこんな状況になってるのか今更になって疑問が浮かぶ。
(夢か?俺は夢を見ているのか?)
仮に今夢の中にいるのだとしたらどこからが夢なのだろう。真人が新人に奪われる所から夢であってくれたらどれ程良いか。疲れ切っていてもそこまで脳内お花畑になる気はない。ため息と共にしょうもない思考を吐き出した。俺のどんよりとした様子に、長身の男が煙草をふかしはじめた。
「やだやだ、暗い男はモテないヨ~女でもモテないけどさ」
「なあ…外の人たちはどうなったんだ?」
「ああ、霧で寝かした人達ネ」
「霧?」
「そ、あたしの霧を吸い込むと強制的に眠らされるのヨ。そして、あたしが思い描く形の夢を見させられる。今さっきあんた達が起こした炎上騒ぎも、あたしの作った天国みたいな夢に繋がって“ああこれは全部夢だったのか~”ってうやむやにされてるはずヨ」
「天国?夢を見させられる?…頼む、疲れてて脳がまともに動いてないんだ。茶化さず答えてくれ」
「茶化してないって、なんなら体験してみたらいいワ」
ふうっと煙草の白い煙を吹きかけられる。
「?!げホゴホ!」
突然のことで思いっきり吸い込んでしまい、むせ込んだ。そして次の瞬間、俺は職場にいた。
「え?」
退職したはずの職場にどうして。外は朝日が登っている。俺自身はスーツを着ていて、少し早めに出社したようだった。まだ誰も来ていない静かな部署に少し安堵する。
「雷くん」
「!」
はっと振り返る。真人がいた。俺の事を避けるわけでもなく、いつものように呼ぶ姿は夢にまで見た俺の真人だった。ちょっと寝癖がついてるのが可愛い。朝が苦手な真人はよくこうして寝癖をつけたまま出社してくるのだ。
(まさか…今までのは全て夢だったのか?)
「雷くん?」
何度も夢見た声だ。その声が俺の名前を奏でた。それだけでなんでこんなに嬉しいんだろう。俺は職場ということも忘れて真人に駆け寄った。
「真人!!」
「おっと、どうしたんだい、珍しく甘えん坊じゃないか」
「真人、真人…っ、俺、っ」
涙が溢れてきた。キョトンと驚く真人は俺の知ってる綺麗な真人だった。俺は泣きながら今まで見ていた悪夢の内容について話した。真人はうんうんと静かに聞いてくれる。
「それは怖かったね…大丈夫だよ、僕はここにいるよ」
「うっ…真人、俺、あんたを失うのは無理だ…っ、悪夢でわかったんだ…、本当にあんたの事が好きなんだ、愛してんだよ…っ」
「そうだね。僕だって雷くんを失うのは嫌だよ」
「真人…っ」
年甲斐もなく大泣きする。あまりにも辛くて信じたくない展開の連続だった。真人を奪われ、真人に裏切られ、全てを失う。こんなに酷い悪夢はない。だが、俺は終始泣くことはなかった。実感がわかなかったからだろうか。何故か涙は出ず、心を閉ざすだけだった。だからこそ苦しかった。
「真人…っ、うっ」
こうして泣けた事で心のつっかえがとれたようだ。また真人にも会えた。微笑みかけてもらえた。こんなに嬉しい事はない。
「雷くん、頑張ったね」
真人の包み込むような笑顔を見て、枷が取れたように涙が溢れてくる。こういう時、真人が年上でよかったなと思った。思いっきり泣いてすがることができる。こんなみっともない姿、真人以外絶対見せられない。
(真人はどんな俺でも笑わないから自然体でいられる)
怒っても、拗ねても、へそを曲げても、泣きわめいても受け止めてくれる。俺にとっては真人という存在が心の拠り所になっているんだと思う。
「雷くん…こっちを見て」
掌で頬を包み込まれ顔を近づけてくる。そのまま唇が重なった。不思議なことに体温は感じなかった。悪夢のせいで温度もわからなくなったのか?違和感はあっても喜びの方が勝っていた。真人とのキスなんていつぶりだろう。
「雷くん、好きだよ」
「俺も、真人が好きだ」
職場だということを忘れてキスを重ねる。真人の名前を呼ぶと胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。吐息の合間に呼べば真人は手を恋人繋ぎで包み込んできた。それだけで傷ついた心が癒されていくようだった。
「雷くん、愛してるよ」
「俺もだ。俺は…俺はきっと誰かを愛すのが苦手だ。真人だから愛せてるとすら思える」
「雷くん…」
「俺はあんただけ見てる、だからあんたも俺だけを見てほしい…!」
「もちろん。雷くんが一番だよ」
ああ、嬉しい。
真人に一番求めてもらえる相手が俺だなんて。
「だって雷くんは新人くんよりエッチがうまいからね」
「…!?」
ギクリと体が固まる。今一番聞きたくない名前だ。真人に呼んでほしくない名前だ。
(嘘、だよな…?)
真人の腕のなかで震えながら聞き返す。
「ま、真人…?」
「でも雷くんはドジだから新人くんに負けて追い出されちゃったね。可哀想に」
よしよしと頭を撫でられる。頬を伝う涙が凍りついたように時を止めた。
「僕に騙されてお金も仕事も失って、本当に可哀想で、可愛いね」
ニコニコと優しく綺麗な笑みを浮かべる真人。今見えてる姿と台詞が噛み合ってない。脳がバグりそうだ。
「嘘だよな、あれは全部、夢だったんじゃ」
「ねえ、雷くん、せっかくだし誕生日をもう一度祝い直そうよ。新人くんとじゃなくて雷くんとエッチしたいな」
「ま、まっ…てくれ、俺は…」
いつの間にか真人の部屋に移動していた。しかもトラウマの『真人さん、Happy Birthday』とデコレーションされたあの日の部屋に戻ってきていた。俺は叫んでいた。
「やめろ!こんな…!こんな場所にいたくない!!」
突然取り乱した俺に真人は呆気にとられていた。
「ひどいな、僕の部屋だろう?ああ、この風船が嫌なのかな」
『真人さん』という文字を描いてる風船に手を伸ばし引き剥がす。そして出来上がった文字は
『真人、Happy Birthday』
「これで完璧。この風船、雷くんが飾ってくれたんだよね、ありがとう」
まるで俺が祝いに来たかのような口ぶり。部屋の装飾も俺好みの暗めの色の風船で飾り付けられていた。いつの間にか俺の手には、当日渡すつもりだった花束があった。花は枯れて萎れている。だがそれを見た真人はとても喜んでいた。
「なんて綺麗なんだ。窓際に飾ろう。ほら、雷くんもこっちにきて」
真人が抱きしめてキスを迫ってくる。
(ちがう、ちがう、あの日は俺じゃなくて新人がここに来て…真人と寝ていた…)
でも部屋に新人はいない。目の前の真人は俺だけを見ていた。もう意味が分からなかった。真人との抱擁が、嬉しいはずなのに、吐き気がした。頭がぐるぐると周り胃液がこみあげてくる。堪えきれず倒れこんだ。
「うっ、カハっ…ゲホゲホ!」
「あー可哀想に…しばらく食べてないから胃液しかでてこないね」
「ゴホッゲホッ…ま、さと…」
「嫌な思い出は新しい思い出で塗りつぶしちゃえばいいじゃないか。僕と気持ちよくなろう、さあ、雷くん目をつむって」
「うっ…や、めろ!やめてくれ!!」
頭を抱え地面に突っ伏した。もうやめてくれ。もう見せないでくれ。
(どこから夢で現実なのか、わからない)
とにかく言えることは全てが悪夢だということ。目の前の真人は残酷なほど清らかで俺が求めてる真人そのものだ。
(俺の愛した真人を使わないでくれ)
(頼むから…っっ)
「ライ」
「ライ…」
「ライ…!」
どこからか声が聞こえてくる。太陽のような暖かい声だった。
(誰だ…)
天井に手を伸ばす。真人の部屋だったはずの空間は灰色の霧に包まれ何も見えなくなった。
(この腕、すごく暖かい…)
力強い腕に引っ張られ視界が真っ白に染まる。
「ライ!!」
「…はっ…はあっ、あんたは…」
「よかった、気が付いたか」
視界に半裸の男と長身の男が入り込んでくる。二人ともホッとしたような表情を浮かべてる。
「んもー、人間、あんた変わってるネ。愛してる人とのタノシイ夢を見せてあげてるのに心臓発作で死にそうになってんジャナイ。まさか相当ハードな行為を…いてっ」
「グレイ、私の恩人に失礼な事を言わないでくれ」
「あんたの格好もわいせつ物なんとか罪で相当失礼と思うケドー!」
ぎゃあぎゃあと言い合ってる二人を眺めながらなんとなく理解した。
(今の真人は…そうか、…)
「これが、あんたの言っていた夢の操作か」
今見ていた映像は記憶にしっかり残っていた。そもそもあれは本当に夢なのだろうか。あまりにもリアルで残酷な映像だったから半ば信じられない。
(真人を抱きしめた感触がまだ手に残ってる…)
「正解!寝ぼけなのに頭が回るじゃないか。これで外の人間たちは何が本当かわからなくなってるってワケ。便利なチカラでしょ~あっはっは」
「…」
「…あんた本当に暗いわネエ。イケメンだけどモテないでしょ」
「グレイ」
半裸の男に睨まれグレイと呼ばれた長身の男は肩をすくめた。
「まあいいわ、その可哀想な顔に免じて一泊ぐらいここに泊めてあげてもいいわよ。仕事はちゃんとしてもらうケド」
パンパンと手を打つ。そして立ち上がった。
「まずは自己紹介ネ。あんたが寝てる間にこっちは終えてるけど、あたしは灰色の霧を操るグレイ。わかりやすくて最高デショ?よろしくね」
さああなたもと促される。俺は涙が乾きつつある頬を手の甲で拭い、顔をあげた。
「国枝 雷だ。退職して一文無し、家なし…荷物もどこかに置いてきて何も持ってない。…よろしく」
「アラアラそれは大変~。ま、こっちの世界じゃ一文無しは珍しくないケド。はい、次は金髪のあんたヨ」
「私は…炎の幻獣、フィンと呼んでほしい」
すっ
にこやかに握手を求めてくるフィン。今までの人生で握手で挨拶する習慣はない為チラリとグレイに助けを求めるが、眉を上げるだけでそのままカウンターに戻ってしまった。
「さ~て開店準備しなきゃ~」
仕方なくフィンに視線を戻し、握手で返すことにした。
「よろしく」
「ああ、どうぞよろしく頼むよ、ライ」
フィンの顔立ちからしてハーフか外国人のどちらかなのは間違いない。フィンは西洋の彫刻のような繊細で整った顔立ちをしている。直視されるとつい視線をそらしてしまう程の威力だ。ガタイもいい。俺が一時的に痩せ細っているという事もあるが、腕も腰も俺の二倍はありそうだ。足も長い。さすが海外クオリティ。
(てか幻獣とか言ってたけど海外風のジョークか?)
そもそもあの木箱にどうやったらこの体が収納できたのだろうか。マジックか?フィンを見ているとどんどん疑問が出てくる。
「ライ、あなたに助けてもらえなかったら私はどうなっていたか…本当に感謝しているよ」
「別に…偶然居合わせただけだし、何も」
「そんなことはない。私を見つけて救いだしてくれた…あなたは、私のナイトだ!」
カウンターで聞いていたグレイが酒を吐き出した。
「な、ナイト…」
俺は顔をひきつらせた。俺より一回り大きい半裸の男が「ナイト」と呼びまっすぐと見つめてくるのだ。フィンは怯える俺に気づいたのか椅子から降りて膝をついた。
「ライ、今この時から、私の命をあなたに捧げよう」
「…なっ」
「あなたを一生愛し、付き従うと誓う。この炎はあなたのものだ」
俺は今日、あと何回絶句すればいいんだろうか。
軽トラに置き忘れてた上着を拾い上げ、怪しすぎる裸の男に差し出した。裸の男は目を丸くして片ひざをついた。俺の上着を大事そうに受けとる。
「ああ、助けてくれた上に服まで…!なんて紳士的な人間なんだろう!」
「いや、あーどうも」
紳士的というか、紳士的じゃないものが見えてて目のやり場に困るんでせめて腰に巻いてくれ。裸の男は俺の意図を汲み取ったのか奇跡的に腰に上着を巻き始めてくれた。ホッと胸を撫で下ろす。
「ちょっとちょっと、店の前でイチャつかれると困るんだけど~」
今度はなんだと辺りを見回すと、突然灰色の霧が出てきた。
「なんだこれは…!?」
よくわからないが本能的に危険を察知して口を覆った。すると一分もせず周りの人間が倒れていく。バタバタと倒れていく様はまるでホラー映画のようだった。
「お、おい、ゾンビになるとか、やめてくれよ??」
急いで人気のない壁側に逃げたが横たわる人々に起き上がる気配はない。恐る恐る生存確認しにいくと、寝ているだけだった。しかもなんだか嬉しそうな顔をしている。
「気持ち良さそうに寝てる…」
「おやおや、あんた勘がいいネ。あたしの霧を初見で避けた人間はあんたが初めてだワ」
軽トラを停めていたスナックから長身の男が現れる。前髪が長く、表情は口元以外見えない。足首まである灰色のワンピースを着ていてとてもよく似合っていた。
(男なのか?女なのか?)
声と身長は男のそれだが、仕草や服装は女っぽい。
「色々あんたに聞きたい事はあるけどとりあえず中入りナサイ。この車はあたしが片付けとくから」
「え…」
制止する間もなく長身の男は軽トラを片手で持ち上げ、
ガシャ、ズシンッ
「って、はあ!?片手で!?」
ブオオンッ!!
砲丸投げの要領で軽トラをどこかへと投げてしまった。絶句する。しかも軽トラは米粒ぐらい小さくなるほど飛ばされた後
ボチャーン
高い水しぶきをあげて落ちていった。あの大量の水しぶき…どうやら港に落ちたようだが色々と状況がカオス過ぎる。隣には半裸の男が立ってるし、目の前にはダンプカー並みの怪力を持つ男。地面には笑顔で眠りこける酔っ払い達。戸惑う俺に半裸の男が声をかけてきた。
「人々が目を覚ましたら説明に困る…中へ入ろう、ライ」
「…」
「落ち着いた場所でしっかり礼をさせてほしい」
「…はあ」
半裸の男の言葉で仕方なく俺もスナックへ入るのだった。
「お茶もコーヒーもうちには置いてないからネ~酒でいい?」
「水で」
「もーつまんないワネー」
冷えてない普通のグラスに水道水をいれ渡してくる。
「それで?あんた達ってどんな関係?“幻獣”と人間の並びなんて珍しいワネ」
「…げんじゅう?」
聞いた事もない単語に首を傾げる。さっきまで俺は仕事を失い歓楽街を彷徨っていたというのに、どうしてこんな状況になってるのか今更になって疑問が浮かぶ。
(夢か?俺は夢を見ているのか?)
仮に今夢の中にいるのだとしたらどこからが夢なのだろう。真人が新人に奪われる所から夢であってくれたらどれ程良いか。疲れ切っていてもそこまで脳内お花畑になる気はない。ため息と共にしょうもない思考を吐き出した。俺のどんよりとした様子に、長身の男が煙草をふかしはじめた。
「やだやだ、暗い男はモテないヨ~女でもモテないけどさ」
「なあ…外の人たちはどうなったんだ?」
「ああ、霧で寝かした人達ネ」
「霧?」
「そ、あたしの霧を吸い込むと強制的に眠らされるのヨ。そして、あたしが思い描く形の夢を見させられる。今さっきあんた達が起こした炎上騒ぎも、あたしの作った天国みたいな夢に繋がって“ああこれは全部夢だったのか~”ってうやむやにされてるはずヨ」
「天国?夢を見させられる?…頼む、疲れてて脳がまともに動いてないんだ。茶化さず答えてくれ」
「茶化してないって、なんなら体験してみたらいいワ」
ふうっと煙草の白い煙を吹きかけられる。
「?!げホゴホ!」
突然のことで思いっきり吸い込んでしまい、むせ込んだ。そして次の瞬間、俺は職場にいた。
「え?」
退職したはずの職場にどうして。外は朝日が登っている。俺自身はスーツを着ていて、少し早めに出社したようだった。まだ誰も来ていない静かな部署に少し安堵する。
「雷くん」
「!」
はっと振り返る。真人がいた。俺の事を避けるわけでもなく、いつものように呼ぶ姿は夢にまで見た俺の真人だった。ちょっと寝癖がついてるのが可愛い。朝が苦手な真人はよくこうして寝癖をつけたまま出社してくるのだ。
(まさか…今までのは全て夢だったのか?)
「雷くん?」
何度も夢見た声だ。その声が俺の名前を奏でた。それだけでなんでこんなに嬉しいんだろう。俺は職場ということも忘れて真人に駆け寄った。
「真人!!」
「おっと、どうしたんだい、珍しく甘えん坊じゃないか」
「真人、真人…っ、俺、っ」
涙が溢れてきた。キョトンと驚く真人は俺の知ってる綺麗な真人だった。俺は泣きながら今まで見ていた悪夢の内容について話した。真人はうんうんと静かに聞いてくれる。
「それは怖かったね…大丈夫だよ、僕はここにいるよ」
「うっ…真人、俺、あんたを失うのは無理だ…っ、悪夢でわかったんだ…、本当にあんたの事が好きなんだ、愛してんだよ…っ」
「そうだね。僕だって雷くんを失うのは嫌だよ」
「真人…っ」
年甲斐もなく大泣きする。あまりにも辛くて信じたくない展開の連続だった。真人を奪われ、真人に裏切られ、全てを失う。こんなに酷い悪夢はない。だが、俺は終始泣くことはなかった。実感がわかなかったからだろうか。何故か涙は出ず、心を閉ざすだけだった。だからこそ苦しかった。
「真人…っ、うっ」
こうして泣けた事で心のつっかえがとれたようだ。また真人にも会えた。微笑みかけてもらえた。こんなに嬉しい事はない。
「雷くん、頑張ったね」
真人の包み込むような笑顔を見て、枷が取れたように涙が溢れてくる。こういう時、真人が年上でよかったなと思った。思いっきり泣いてすがることができる。こんなみっともない姿、真人以外絶対見せられない。
(真人はどんな俺でも笑わないから自然体でいられる)
怒っても、拗ねても、へそを曲げても、泣きわめいても受け止めてくれる。俺にとっては真人という存在が心の拠り所になっているんだと思う。
「雷くん…こっちを見て」
掌で頬を包み込まれ顔を近づけてくる。そのまま唇が重なった。不思議なことに体温は感じなかった。悪夢のせいで温度もわからなくなったのか?違和感はあっても喜びの方が勝っていた。真人とのキスなんていつぶりだろう。
「雷くん、好きだよ」
「俺も、真人が好きだ」
職場だということを忘れてキスを重ねる。真人の名前を呼ぶと胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。吐息の合間に呼べば真人は手を恋人繋ぎで包み込んできた。それだけで傷ついた心が癒されていくようだった。
「雷くん、愛してるよ」
「俺もだ。俺は…俺はきっと誰かを愛すのが苦手だ。真人だから愛せてるとすら思える」
「雷くん…」
「俺はあんただけ見てる、だからあんたも俺だけを見てほしい…!」
「もちろん。雷くんが一番だよ」
ああ、嬉しい。
真人に一番求めてもらえる相手が俺だなんて。
「だって雷くんは新人くんよりエッチがうまいからね」
「…!?」
ギクリと体が固まる。今一番聞きたくない名前だ。真人に呼んでほしくない名前だ。
(嘘、だよな…?)
真人の腕のなかで震えながら聞き返す。
「ま、真人…?」
「でも雷くんはドジだから新人くんに負けて追い出されちゃったね。可哀想に」
よしよしと頭を撫でられる。頬を伝う涙が凍りついたように時を止めた。
「僕に騙されてお金も仕事も失って、本当に可哀想で、可愛いね」
ニコニコと優しく綺麗な笑みを浮かべる真人。今見えてる姿と台詞が噛み合ってない。脳がバグりそうだ。
「嘘だよな、あれは全部、夢だったんじゃ」
「ねえ、雷くん、せっかくだし誕生日をもう一度祝い直そうよ。新人くんとじゃなくて雷くんとエッチしたいな」
「ま、まっ…てくれ、俺は…」
いつの間にか真人の部屋に移動していた。しかもトラウマの『真人さん、Happy Birthday』とデコレーションされたあの日の部屋に戻ってきていた。俺は叫んでいた。
「やめろ!こんな…!こんな場所にいたくない!!」
突然取り乱した俺に真人は呆気にとられていた。
「ひどいな、僕の部屋だろう?ああ、この風船が嫌なのかな」
『真人さん』という文字を描いてる風船に手を伸ばし引き剥がす。そして出来上がった文字は
『真人、Happy Birthday』
「これで完璧。この風船、雷くんが飾ってくれたんだよね、ありがとう」
まるで俺が祝いに来たかのような口ぶり。部屋の装飾も俺好みの暗めの色の風船で飾り付けられていた。いつの間にか俺の手には、当日渡すつもりだった花束があった。花は枯れて萎れている。だがそれを見た真人はとても喜んでいた。
「なんて綺麗なんだ。窓際に飾ろう。ほら、雷くんもこっちにきて」
真人が抱きしめてキスを迫ってくる。
(ちがう、ちがう、あの日は俺じゃなくて新人がここに来て…真人と寝ていた…)
でも部屋に新人はいない。目の前の真人は俺だけを見ていた。もう意味が分からなかった。真人との抱擁が、嬉しいはずなのに、吐き気がした。頭がぐるぐると周り胃液がこみあげてくる。堪えきれず倒れこんだ。
「うっ、カハっ…ゲホゲホ!」
「あー可哀想に…しばらく食べてないから胃液しかでてこないね」
「ゴホッゲホッ…ま、さと…」
「嫌な思い出は新しい思い出で塗りつぶしちゃえばいいじゃないか。僕と気持ちよくなろう、さあ、雷くん目をつむって」
「うっ…や、めろ!やめてくれ!!」
頭を抱え地面に突っ伏した。もうやめてくれ。もう見せないでくれ。
(どこから夢で現実なのか、わからない)
とにかく言えることは全てが悪夢だということ。目の前の真人は残酷なほど清らかで俺が求めてる真人そのものだ。
(俺の愛した真人を使わないでくれ)
(頼むから…っっ)
「ライ」
「ライ…」
「ライ…!」
どこからか声が聞こえてくる。太陽のような暖かい声だった。
(誰だ…)
天井に手を伸ばす。真人の部屋だったはずの空間は灰色の霧に包まれ何も見えなくなった。
(この腕、すごく暖かい…)
力強い腕に引っ張られ視界が真っ白に染まる。
「ライ!!」
「…はっ…はあっ、あんたは…」
「よかった、気が付いたか」
視界に半裸の男と長身の男が入り込んでくる。二人ともホッとしたような表情を浮かべてる。
「んもー、人間、あんた変わってるネ。愛してる人とのタノシイ夢を見せてあげてるのに心臓発作で死にそうになってんジャナイ。まさか相当ハードな行為を…いてっ」
「グレイ、私の恩人に失礼な事を言わないでくれ」
「あんたの格好もわいせつ物なんとか罪で相当失礼と思うケドー!」
ぎゃあぎゃあと言い合ってる二人を眺めながらなんとなく理解した。
(今の真人は…そうか、…)
「これが、あんたの言っていた夢の操作か」
今見ていた映像は記憶にしっかり残っていた。そもそもあれは本当に夢なのだろうか。あまりにもリアルで残酷な映像だったから半ば信じられない。
(真人を抱きしめた感触がまだ手に残ってる…)
「正解!寝ぼけなのに頭が回るじゃないか。これで外の人間たちは何が本当かわからなくなってるってワケ。便利なチカラでしょ~あっはっは」
「…」
「…あんた本当に暗いわネエ。イケメンだけどモテないでしょ」
「グレイ」
半裸の男に睨まれグレイと呼ばれた長身の男は肩をすくめた。
「まあいいわ、その可哀想な顔に免じて一泊ぐらいここに泊めてあげてもいいわよ。仕事はちゃんとしてもらうケド」
パンパンと手を打つ。そして立ち上がった。
「まずは自己紹介ネ。あんたが寝てる間にこっちは終えてるけど、あたしは灰色の霧を操るグレイ。わかりやすくて最高デショ?よろしくね」
さああなたもと促される。俺は涙が乾きつつある頬を手の甲で拭い、顔をあげた。
「国枝 雷だ。退職して一文無し、家なし…荷物もどこかに置いてきて何も持ってない。…よろしく」
「アラアラそれは大変~。ま、こっちの世界じゃ一文無しは珍しくないケド。はい、次は金髪のあんたヨ」
「私は…炎の幻獣、フィンと呼んでほしい」
すっ
にこやかに握手を求めてくるフィン。今までの人生で握手で挨拶する習慣はない為チラリとグレイに助けを求めるが、眉を上げるだけでそのままカウンターに戻ってしまった。
「さ~て開店準備しなきゃ~」
仕方なくフィンに視線を戻し、握手で返すことにした。
「よろしく」
「ああ、どうぞよろしく頼むよ、ライ」
フィンの顔立ちからしてハーフか外国人のどちらかなのは間違いない。フィンは西洋の彫刻のような繊細で整った顔立ちをしている。直視されるとつい視線をそらしてしまう程の威力だ。ガタイもいい。俺が一時的に痩せ細っているという事もあるが、腕も腰も俺の二倍はありそうだ。足も長い。さすが海外クオリティ。
(てか幻獣とか言ってたけど海外風のジョークか?)
そもそもあの木箱にどうやったらこの体が収納できたのだろうか。マジックか?フィンを見ているとどんどん疑問が出てくる。
「ライ、あなたに助けてもらえなかったら私はどうなっていたか…本当に感謝しているよ」
「別に…偶然居合わせただけだし、何も」
「そんなことはない。私を見つけて救いだしてくれた…あなたは、私のナイトだ!」
カウンターで聞いていたグレイが酒を吐き出した。
「な、ナイト…」
俺は顔をひきつらせた。俺より一回り大きい半裸の男が「ナイト」と呼びまっすぐと見つめてくるのだ。フィンは怯える俺に気づいたのか椅子から降りて膝をついた。
「ライ、今この時から、私の命をあなたに捧げよう」
「…なっ」
「あなたを一生愛し、付き従うと誓う。この炎はあなたのものだ」
俺は今日、あと何回絶句すればいいんだろうか。
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境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
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