ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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四話

★人魚の鱗

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「…あんた、人魚なのか?」
「それ以外に何に見えるのよ~ネコくん」

 エメラルドの髪を後ろに払いながら鼻で笑う。
 (ネコくん…?)
 人魚はイメージ通りの姿をしていた。イルカの尻尾のような足に、下半身を覆うエメラルドグリーンの鱗。顔は半魚人と違って人間に近い顔をしていた。一点意外だったのは爪にネイルが施されていて可愛らしかったこと。
 (人魚がネイル…?)
 首を傾げていると人魚が退屈そうに言った。

「データをアップしにきたらなんかイチャついてる奴らがいてビックリしたわ~でも良い素材になったから許してあげる」
「は、はあ…」

 データをアップ?良い素材?
 (一体何を言ってるんだこの人魚は…)
 俺とフィンがぽかんとしてると、砂浜の方から「おーーい」と声をかけられた。見れば、オフィスカジュアルな服装を身につけた女性が立っていた。

「いや誰だよ!?」

 予想外な登場が続き頭が追い付かない。女性はそのまま海の中へ躊躇なく踏みいってきた。さも当たり前なことのように人魚へと駆け寄る。

「おーい!先生~!原稿受け取りにきましたよ~!!」
「今から送る所だったのに」
「そう言って何度忘れたと思ってるんすか~!」
「だって〆切が何度も変わるからさあ」

 人魚が呆れたように何かを手渡す。

 すっ

「ありがとうございます。データ確認します」

 真空パックに入れられたiPadだった。女性は真空パックを開けて中身を確認していく。そしてUSBにデータを送信し始めた。なんか久しぶりに電子機器を見た気がする。
 (ってそんなこと考えてる場合じゃない!!)
 俺は弾かれたように女性に声をかけた。

「あんた、この人魚と知り合いなのか…?!あんまり近づくと危ないぞ!」

 人魚は人を襲うのだ。自分をエサにしようとしてる俺が言えたことじゃないが近づくのは危険だろう。人魚から庇うように手を広げれば、女性は瞬きを数回したあと笑い始めた。

「知り合いも何も…私、彼女の担当編集をやってまして」
「え?」
「そういうこと!私は人魚だけどただの人魚じゃないの。BL作家もやってる人魚なの!」
「はあ!?」
「びーえる?」

 フィンが不思議そうにしてる。あとで説明してやろう(いや、知らない方がいいのだろうか…)。

「てか、人魚なのにどうやって描くんだよ。海じゃ電子機器使えないだろ」
「岩に腰かけながらiPadで描くのよ。慣れないうちは大変だけど、練習あるのみなのは人間も同じでしょ?」

 岩に腰かけて描くなんて、想像しただけで腰が痛くなった。
 (すごいな…)
 さらっと言ってのけたがかなり努力したのだろう。俺が感動していると人魚はiPadの画面を凝視しながら話し始めた。

「最初は人間が捨てたこのiPadで遊んでただけなの。でもこれ、BLばっかダウンロードしてあってさ。読み漁ってるうちにすっかりハマっちゃって」

 そういって画面を見せてくる。一面肌色である。

「BLのエロは最高ね!」
「…」

 人魚は胸を張りしょうもなさすぎる事を宣言する。一瞬でも感動した気持ちを返してほしい。

「ま、そんなこんなで夢中になってたら作家デビューする事になったわけよ」
「じゃあさっき…フィンとポーズをとらされてたのはBL作品のためか」
「正解」

 先ほどの謎すぎる指示(フィンとくっついて見つめ合うポーズ)の意味をやっと理解する。俺らが話してる横で黙々と作業していた女性が顔を上げた。

「確認終わりました。データは問題なかったので、このままいただいていきます。またメールします」

 そう言って女性は車に乗り込みあっという間に見えなくなった。俺はそのまま人魚に視線を戻す。

「あんたが作家で人魚ってことは理解した」
「あら、素直でよろしい」

 人魚はくすくすと笑う。フィンの方をチラリと見たあと意味ありげにこちらを見てくる。BL作家と聞いたあとに俺らを見られると、まな板の上の鯉になった気分だ。早く話を終わらせて帰りたい。

「実は人魚のあんたに頼みがあって俺らは来たんだ」
「へえ、何かしら?」
「あんたの鱗がほしい」

 ギロリ

 俺に向けられた瞳が鋭くなった。瞬時に、張り詰めた空気が漂うのを感じる。

「私を利用するつもりか、汚ならしい人間め」

 メキメキッ

 人魚の口が人間ではあり得ない角度に裂かれていく。耳障りな音を立てて裂けた口からは長い舌が垂れてきた。

「!!」

 フシャーッ

 瞬く間に人魚は恐ろしい形相へと変わり、人食いの化け物になった。蛇のように威嚇してくる。
 (さっきまでは人魚が人を襲う想像ができなかったが…)
 今のこの姿ならプロレスラーだって裸足で逃げていくだろう。

「これだから人間は嫌いだ。人魚を、魚を、海を…我が物顔で汚す!誰もお前たちの物ではない!恥を知れッ!!」
「っ…」
「ライ、下がるんだ…」

 フィンが俺を庇うように前にでた。砂浜へ俺を避難させたいのだろう。だがこの状態で背を向ければそれこそ危険だ。
 (海の中じゃフィンも危ないのに…)
 不死身じゃない状況になっても俺を守ろうとする姿に感動する。

「ありがとな、でも、大丈夫だから」

 俺はフィンの横に立ち、正面の人魚の目をまっすぐ見た。恐ろしい化け物になっても二つの瞳はこちらをじっと見たままだ。何かを願うように俺の動向を見守っている。
 (言葉も話せる。話し合う脳も残ってる。なら、やることは一つだ)
 それは決して逃げることじゃない。

「今のは俺の言い方が悪かった、ごめん」

 頭を下げる。なるべく相手を逆立てないように声のトーンを落として話した。

「鱗を必要としてるのは俺らじゃなくて水族館で出会ったクラゲなんだ」
「…」

 人魚は目を細めたまま黙っている。襲われる気配はないので、続けて事情を話した。その間も人魚はピリピリと空気を張り詰めていたが次第に目の色が変わる。

「ふーん…物好きなクラゲもいたものね」

 人間のどこがいいのかしらと言いながら人魚は舌打ちした。毒を吐きつつも、口や舌は元に戻っていて化け物から美しい人魚へ戻っている。

「おけ。事情は理解したわ。だからといって協力するつもりはないけど」
「…どうしても無理なのか?」
「考えてみなさい。困ってる人がいたとしても他人のために爪を剥いだりする?しないでしょ。家族ならまだしも」
「確かに…」

 望み薄だとわかっていたつもりだが言語化されて更に実感した。
 (これは頼み込んでどうにかなるものじゃないな)
 体の一部をもらうというのはそうそう簡単にお願いできる事じゃない。しかもそれに特別な価値があるのだ。厚かましいにも程がある。

「わかった…無茶言って悪かった」

 しつこくしても悪い。帰ろう、と背中を向けたその時だった。

「キスしてくれたらいいわよ」

 ポツリと人魚が呟く。

「え?」

 幻聴かと思った。確認するために振り向くと、顔を赤らめた人魚が恥じらうように言った。

「だから、キスしてくれたらいいわよって言ってんの!」
「…え?」
「何度言わせるのよ!?次言わせたら水死させるわよ!」
「スミマセン」

 聞き返すと逆ギレされた。怖すぎる台詞である。

「えっと、キスって…俺があんたと…?」
「はい?キモい事言わないでくれる?ネコくんとタチくんの二人でに決まってるでしょ」
「なっ?!」

 更に怖いのが求められた条件なのだが。てか、ネコくんってそう言う意味かよ。「まだネコってねえわ」と言ってやりたいが墓穴を掘りそうなのでやめておく。

「交尾は魚や人魚もするけど、キスはしないのよね。でもBLの世界じゃみーんなしてるじゃない?ちょっと興味があったの」
「なるほど…」
「だからタチネコのキッスが見れたら鱗を一つあげてあげてもいいかもって思ってさ~あ、ディープの方でお願いね~」
「タチネコ言うなって。俺はライ、こっちはフィンだ。せめて名前にしてくれ」
「名前なんて飾りでしょ。でも名前を呼び合って雰囲気作りするのも大事よね。わかったわ、私はエメラルドよ。で?ライ、あんたキスするの?しないの?」
「…ちょっと待ってくれ」

 フィンの方を見ればなんとも言えない顔をしていた。嫌ではないんだろうが、こんな場所&状況ではしたくなさげだ。
 (まあ当たり前の反応だな)
 何よりまだ人魚を警戒してるようでチラチラとそちらの様子を伺っている。俺は少し考えたあとフィンの腕を叩いた。

「フィン、どうする?」
「…」
「あんたがしたくないなら止めるけど」
「つまりライはやってもいいということか?」
「まあ…そうだな」

 キスの一つで人魚の鱗を手に入れられるなら安いものだろう。せっかくここまで来たのだしできれば持って帰りたい。

「キスするぐらい、別に減るもんじゃないだろ」
「…」
「フィン?」
「ライは私の事が怖くないのか?それとも男として見られてないのだろうか?」

 何故かフィンは落ち込んでいた。てっきり俺とキスできて喜ぶのかと思ったが。

「ライに男として意識してもらえないのは…悲しい…」
「…はあ」

 (何を言い出すのかと思えば)
 俺は腰に手を当ててため息をついた。一歩踏み出せばすぐ目の前にフィンの顔がきた。 

 ぐいっ

 俺を見ろ、と顎をつかむ。

「言っとくが、俺はどうでもいい奴とはキスしねえし、同情でキスするのも無理だからな。そこまでお人好しじゃねえ」
「…!」
「あんたとならしてもいいかなって思えたから受けただけだ、勘違いすんな!」

 軽い奴になった覚えはない。言いながらフィンの顔が見れなくなり横を向く。

「ライ…」
「って、ここまで言わせん、…んん?!」

 頬を両手で掴まれ前を向かされる。そのまま唇が重なってきた。

「んんっ…ふっ、っ、ハア、んう…!」

 最初は角度を変えながら重ねるだけのキスだったが、段々舌が入ってきてエロさがでてくる。フィンの口のなかも、舌も、熱でも出してるのかと思うぐらい熱かった。

「はあっ、ん、…うう…、ふっ、ンンっ、」

 後頭部を支えるように添えられた手が頭を撫でていく。そのまま首の方におりて、更に腰に伸びてきた。手が服の下に入ってきたのでギョっとする。
 (ーっ待て待て待て!これ以上はだめだっ!)
 慌ててフィンの胸を叩けば、催促されたと勘違いしたのか更に舌を絡めてきた。

「ンン~ッ!ん、う…ふ、んう…っ、ぷはっ!やめ、ろって!」
「ん?」

 なんだ?と当たり前のような顔をして服を脱がせようとする。ここがどこだか忘れたのかこいつ。

「もう十分だって!おいっばか!エメラルドが困ってるだろ!」
「あー気にせず気にせず!」

 エメラルドは鼻血を出しながらiPadに何かを描き殴っていた。いや止めてくれ頼むから!

「ライとキスできたのに、それだけで我慢できるわけがない」
「はあっ!?ちょっ…まっ」

 服の中に入ってきた手が体を撫でていく。

 ぬるり

 塗れた肌はやけに敏感になってて指先がかすっただけで刺激になった。気持ちがいい。

「っ…あ、…はあ、フィン…!」
「ライ…」
「このっ…!玉、潰されたいのか…!!」
「!」

 なんとか言葉にしたが、体は期待通りの刺激が来ず悶々としていた。もっと触れてほしいと体は求めてる。だが欲にのまれてる場合ではない。ベニクラゲには時間がないのだ。
 (しっかりしろって…!!)
 
「ら、ライ…すまない…」

 玉という言葉でフィンも正気に戻ったらしい。いつもの表情に変わっていた。

「あーあ、続きが見れると思ったのに」

 エメラルドがつまらなそうにiPadをしまった。俺は勘弁してくれと必死に首を振る。

「もう~ネコくん、じゃなくて、ライ。怒らないでよ。約束の鱗あげるから機嫌直してっ」

 そう言ってエメラルドグリーンの美しい鱗を手渡ししてくる。ちゃんと約束は守ってくれて安心した。

「この鱗があればベニクラゲでも何でも人間と話せるようになるわ」
「!…ありがとな」
「言っとくけど効果は永遠じゃないからね。一時間ぐらいだと思うわ。鱗が乾ききるとただの破片になっちゃうから、使うまでは海水に浸して運ぶのをおすすめするわ」
「わかった…ってことは急いだ方がいいな」
「ええ、気をつけてね」

 砂浜に落ちていた空き缶を拾って、海水と鱗をいれる。俺はびしょ濡れの服を絞りながら海から上がった。俺の後からフィンも上がってくる。海の方を見れば、腰まで海に浸かった状態のエメラルドが手を振ってきた。

「またねライ~今度はフェラ見せてよね~」
「んなっ…誰がやるか!あんた下ネタしか言えないのかよ!!」
「あははっ」

 ちゃぽん

 エメラルドは笑いながら海へと帰っていった。本当に変わった人魚だと思う。他に人魚の知り合いがいないから比較できないのが悔しい。

「ライ、時間がないぞ」
「そうだな。行こう」

 すでに上空では満天の星が広がっている。
 (頼む、間に合ってくれ…!)
 空き缶から海水が溢れないように気を付けながら、走り出した。
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