ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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九話

★望まぬ再会

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 ぴちゃっ

 お湯で濡らされたタオルが汚れた体を少しずつ綺麗にしていく。しばらくは余計なことをしないかと身構えていたが、洗う以上の事はしないとわかったため…目を瞑った。見ていると殴ってしまいそうで、視覚を封じて息をする事だけに集中する。

「ライが戻ってきてくれて、本当に良かった」

 ポツリと呟いてユウキは、腕の次に肩、背中、脇と…上半身を綺麗にしていく。

「全部言い訳になっちゃうけど…、俺がここにライを連れ込んだのは殺す為じゃない。一緒に生きる為だったんだ、一応ね」
「…」
「それなのにライは日に日に弱っていって…怖くなった。やっと屋敷に連れてこれたのにまたどこかへ行っちゃうと思った。だから俺は、嫌悪でもなんでもいいから、ライの心を現実に繋ぎとめようとした。ライに…死んでほしくなかった」

 だからって四肢を縛って玩具にしていいわけがない。下手すればもっとおかしくなっていたかもしれないのに。

「そうだね、悪化した場合、ちゃんと面倒を見る覚悟はしてたよ。半端な気持ちでこんな事しないし、絶対欲しいと思ったから強硬手段に出たんだ」
「…」
「言っとくけど、ライを欲しいと思った事は、謝る気も、撤回する気もないから」

 真剣な顔で「そこだけは勘違いしないで」と告げてくる。俺はその台詞も真剣な表情も、理解できなかった。ユウキにとって俺は「初めて心を開けた大人」で「兄のような存在」ぐらいのはずだ。やり方がおかしすぎるのは百歩譲ってヤクザの息子という環境のせいにできるが、俺に執着する理由はどうしても見つからない。俺ぐらいの見た目なんてゴロゴロいるし性格は厄介な方だ。歳の差も含めて、ユウキとは釣り合う以前の問題が多すぎるのに。
 (どうしてそこまで執着するんだよ…)
 戸惑う俺を見てユウキは苦笑を浮かべる。少しだけ傷ついた顔だった。

「ライ、ちょっと腰あげられる?」

 腰を拭い終えて、もう片方の手で腰を浮かせるように持ち上げられた。何かと思えば

 ぐちゅり

「ンんっ」

 指が中に入ってきた。内側の壁を撫でるように確認した後、二本の指で広げてくる。

「んあ、…ゆ、き…っ!!」

 中から溢れてくる液体に鳥肌を立てながら、腰を掴んでいるユウキの腕に爪を立てた。ユウキは顔色一つ変えず中を広げて掻き出していく。

「ンンっ、や、めっ…!」
「大丈夫。もう俺のはいれないから」
「ハアッ、くっ、んっ、っ、うう…っ!」
「出てくる感覚が気持ち悪い?こっち触ってあげるね」
「アアッ…!」 

 前を弄られ、腰が震えた。ペタリ、と床に座り込んだ俺の腰を掴み、骨盤を倒しながら指で奥のものを掻き出す。腰を支えていた方の手で前を弄られ、それはじわじわと形を作り出した。

「ライ、寝てる時はあまり出せてないから溜まってるでしょ、いいんだよ、出して」
「んくっ、ンっ、アッ…はっ、ああ…」

 どろりと前から吐き出して脱力する。限界だった体が吐精と共に意識が薄らいでいく。

「あとは俺がやっとくから安心して」

 肩で息をしてる俺を押し倒して、さらさらと前髪を撫で付けてきた。上から見下ろしてくる。

「おやすみ、ライ」

 頬に唇が押しあてられる感覚と共に意識を手放した。


 ***


 翌朝、目を覚ました俺はすぐに現状を確認した。自分が三日監禁されていた事、グレイ達はまだ捕まっておらず龍神組も動きを見せず均衡状態だという事、そして、六島修(売人)が消え薬の供給が途絶えた今、中毒者となった学生達が町中で暴れて歯止めが効かなくなってる事…とにかく酷い状況だと知らされる。

「禁断症状が出るぐらいの今が一番狂暴だからね。高校近くの商店街とかはシャッター街になってるよ。他所でやってくれ、関わらないでくれって、知らぬ存ぜぬ状態。まあそうだよね、ヤクザが絡む案件なんて誰も首を突っ込みたがらない」

 だからって学生達を助けない理由にはならないはずだ。学校で見かけたゾンビ学生を思い出す。目を血走らせ奇声をあげる姿。あれでは思考するなどもっての他。誰かが止めてやらなければならない。まず動くべきは狐ヶ崎や龍神組のはずだが

「残念だけど、それどころじゃないんだ。二つの組が抗争一歩手前の緊張感を保ちながら同じ標的を追ってるんだから、ちょっとしたミスもできない。…皆、すごくピリピリしてるよ」

 そこまで言ってユウキはお盆に手を伸ばした。朝食だと用意されたお粥を俺が一切手をつけないため食べさせようとしてるらしい。世話されるのはもう御免だ。横から取り上げて、空腹を感じない胃に無理やり流し込む。ユウキは苦笑して手を膝の上に戻した。

「しかも相手は店長さん達、化物揃いだ。そんな危険物に比べたら学生達が後回しにされるのも頷けるでしょ?」

 彼らの強さはライが一番知ってるよねと意味ありげに見てくる。

「…」

 確かに敵対したグレイ達が厄介になるのは重々承知してる。だが、中毒者となった学生達を放置するのは別問題だ。俺が納得してない顔でお粥を咥えてるとユウキが思い付いたように言う。

「じゃあ、俺らで…潰してく?」




 バキッ

 目の前の男を殴りつける。この男はまだ薬の影響が弱いのか反撃も鋭い。俺に殴られても踏ん張って反撃してきた。

 ひゅっ

 拳が頬をかすめていく。それを避けつつがら空きになった胸ぐらを掴み、カウンターを決めた。まだ諦めず手を伸ばしてきた所を蹴りつけ、やっと力尽きたのか地面に倒れたまま動かなくなった。

 パチパチ

「すごい、ライってこんなに強かったんだね」

 後ろで眺めていたユウキが乾いた拍手を送ってくる。我に返った俺は慌てて周囲を確認した。俺達の周りには数え切れないほどの学生が倒れている。制服の者だったり私服の者もいたが共通してるのは皆、例の中毒者だという事だ。
 (いつの間に…こんなに…)
 現実逃避のように目の前の存在を殴り続けていたら全滅させてしまったらしい。

「これで三つ目の溜まり場も掃討完了。後は病院行かすなり諸々柴沢が手配するから放置でいいよ」

 そう言ってユウキは横に並んできた。俺の顔を覗いたと思えばくすっと笑って唇をつついてくる。

「口、切れてる。まあ、こんだけやって口しか切れてないっておかしいんだけどね」

 ユウキが意外そうな顔をして周囲を見た。ほとんどがゾンビ状態でしかも学生だったし苦戦しようがないのだが、ガタイで言えば俺よりもデカい奴はいくらでもいて、その面で言えばユウキが驚くのも仕方ない。ユウキにはほとんど喧嘩する姿を見せてないのだから。

「性格は優しいのに拳は全然優しくないってギャップ萌えじゃない?ますます惚れちゃうなあ」
「…」
「はは、いくら怖い顔しても今の姿だと全然怖くないよ、ライ」

 ユウキが笑いながら俺の肩にかけられた羽織を撫でてくる。そう、今俺は十代の姿に変えられていた。学生達の目を覚まさせ重症者を病院に送る為に…不良の溜まり場を訪れては潰しまくっているのだが、流石に大人の姿で学生を殴り続ければ問題になるし、だからといって鬼畜の所業を山田に背負わせるわけにはいかない。間をとって俺自身を若返らせる形で妥協する事になった。
 (これが、十年以上前の自分か…)
 壁に置かれていたひび割れた全身鏡で自分の姿を確認する。学生服はユウキの高校のものだが顔や体には懐かしさを感じた。背も縮み、体も薄く、いつものように睨みつけても迫力がない幼さの残る顔。
 (髪が少し長いのはアイツの趣味か)
 顔をしかめていると後ろから腕が回された。今はユウキの方が背が高く、見上げる形になる。

「ね?可愛いでしょ」 
「…」
「ライが俺より小さいなんて変な感じだけど…同級生だったらこんなバランスだったのかな。これはこれで興奮するかも」

 蕩けた顔で「癖になりそう」と呟いたと思えば当然のように耳に吸いつかれる。

「ッー!!」

 反射的に肘を振り上げ背後の腹を狙った。だがユウキの方が上手で二の腕を掴まれて防がれてしまう。力を込めても向きが悪く、引き剥がすことも逃げることもできない。膠着状態のまま密着していると、ユウキは楽しそうに笑って首に吸いついてくる。

「…っっ」
「また意識のあるライと触れ合えて、嬉しいな」

 俺は全く嬉しくない。自由を奪われた右手を軋ませながら舌打ちする。ユウキは手を封じたまま、舐めて敏感になった首に歯を立ててきた。

 ぞくぞくっ

「っあぁ!、っ、くそっ」

 肌が粟立ちどうしようもなく不快感に襲われるが、体は期待するように喘ぎを漏らしてしまう。屈辱だった。監禁されていた三日間で相当いたぶられたらしい。噛まれるだけで勃ちそうだった。
 (なんて体にしやがった…)
 罵りたいが口を開けば喘ぎが漏れてしまう。手の甲で口を覆って鋭く睨みつけるに留めた。

「ごめんごめん、怒らないで。これ以上はしないから」

 ユウキは悪びれる様子もなくニコニコと笑って手を離した。「こいつらにライの可愛い声を聞かせたくないしね」といらぬ言葉も残して廃工場の外へ歩いて行く。その憎たらしい背中を睨みつけ、打ちひしがれる。
 (離れから抜け出せても…アイツの玩具のままなのか…)

「――くそっ!!」

 苛立ちを込めて鏡を思いっきり蹴りつける。

 バキキッパリィン!!

 派手な音を立てて粉砕した。飛び散った破片はまるで今の自分のように元の形が分からない程バラバラに破壊されていた。苛立ちを強めながら足で踏みつけてると、ふと異変に気付く。

「…?」

 おかしい。こんな大きい音を立てたのにユウキが駆けつけてこない。

 ちらっ

 ユウキは工場の外で柴沢と話し込んでいた。距離で言えば30m以上空いてる。隣接する工事現場の騒音もあるが距離のせいもあって割れる音が聞こえなかったのだろうか。
 (…今なら逃げられる)
 今、ユウキは背を向けている。俺が走りだしてもすぐには気付かないだろう。油断してるうちに裏口から抜けだして町に入ればユウキも派手な事はできない。逃げ切れるはずだ。
 (でも、その先は…?)
 グレイもフィンも頼れない。遠方の友人を頼ることもできなくないが狐ヶ崎として追われたらひとたまりもない。移動してる途中で必ず捕まるだろう。

「…」

 逃げたところで…行くあてなんてないのだと気づき、絶望する。

「ライ?」

 ユウキが振り返って、何もかも知ったような顔で笑う。そうだ。この男が裏口を見張らせないなんて迂闊な事はしない。そして下手に反抗すれば今度こそ完全に自由を奪われて監禁されるだろう。狭くて恐ろしい離れでずっと死んだように生きるのだ。

「さ、次の場所に行こう。皆を助けないとね?」

 俺は結局、その手を取るしかなかった。



 午後も溜まり場を巡っては同じ事を繰り返した。殴り続けた拳は擦りむけて軽く握るだけで鋭い痛みが走る。だけどそれ以上に、脳内で分泌された成分が体を支配し快感を生むのを感じた。
 (気持ちがいい)
 学生の時もこんな風にストレス発散をしていた事を思い出す。殴ってる間は余計な雑念が消えて、相手を打ちのめらす快感だけが得られる。今もそうだ。後輩やフィンの事、ヘブンの事、自分の状況も、何もかも忘れさせてくる快感を拳は与えてくれた。現実逃避を求める俺にとってそれは都合がよく、麻薬のように心を奪った。
 (もっと欲しい、全然、足らない)
 日が沈み夜になる頃には俺はその快感に病み付きになっていた。こんなのどっちが中毒者だよ、と笑ってしまう。

 ガッ

 また一人倒れる。焦燥感に煽られた俺は、次の標的を血眼になって探した。だが、

「ライ…もう誰もいないよ」

 ユウキが残酷に終わりを告げる。

「下校時間はとっくに過ぎてるし、今日一日ライが暴れ回ったおかげで俺らの噂が学生間に広がってるみたいだよ。“ヤクザの息子が恐ろしい鬼を連れて不良狩りしてる”って、はは、こっちは助けてあげてんのに酷い言い草だよね」

 手に持っていたスマホの画面を見せてくる。SNSや学生間のグループチャットでそのような内容が連なっていた。

「相当な数を病院送りにしたし、もう半分も残ってないんじゃないかな。理性が飛びかけてるといっても流石に血も涙もない鬼には襲われたくないだろうしね。今日は皆、家に帰って大人しく寝ると思うよ」
「…」
「聞いてる?ライ?今日はもう帰――…っぐ!」

 気付けばユウキの顔を殴り付けていた。完全にストッパーが外れていて自分でも止められなかった。
 (誰でもいいから、早く)
 ただこの快感に酔いしれていたいと願う。

「痛いよ、ライ」

 口の中を切ったユウキは赤くなった唾を吐いて「仕方ないなあ」とスマホをポケットに戻す。

「ちょっとだけだからね」

 足を下げて構える。学生相手でもほとんど手を上げなかったユウキが手招いてきた。

 ズザアッ、ガッ、ドスッ

 ユウキは訓練を受けてるのか喧嘩慣れしていて、踏み込みすぎず、自分の体に合った無理のない動きで攻めてくる。センスも勘も良い。つくづく器用な奴だと思った。

「はは、もらいっ!」

 考え事してる隙をつかれ腹に蹴りが入った。

 ドカッ!!

 体格差と、ちゃんと体重が乗っていた事もあり、踏ん張りきれず後方へ吹っ飛ぶ。そのまま壁に激突するかと思ったが段ボールで作られたホームレスの家があり、それらを破壊しながら倒れ込んだ。間髪いれず腰に乗っかられ拳が降ってくる。寸前で手首を掴み、上から見下ろすユウキと睨み合った。

「ははっ、マウントとったけど、どう?降参する?」
「…」
「まだ足りないって顔だね。そんなに欲求不満なら俺がここで犯してあげ、うぐッ…!!」

 手首を掴んでない方の手で無防備だった脇腹を殴った。筋肉の合間の、内臓に痛みが走る箇所、喧嘩し続けて知った急所の一つ。流石のユウキも呻いて動かなくなり、その姿を見て溜飲が下がるのと同時に、打ち付けた拳からじわりと快感が広がった。
 (そう、これだ)
 擦り剝けた拳は熱さを感じるほど痛くて、少し擦れるだけで激痛が走る。でも、…すごく心地いい。
 (この快感はセックスに似ている)
 セックスよりよっぽど楽で安全な満たし方だ。誰かと心を通わせなくてもいい。裏切られる事もない。痛みに裏付けられた快感を得ればいいだけ。これなら怖くない。息を荒げながらもう一度殴ろうと拳を握れば、

 ぐっ

 ユウキに手首を掴まれた。反撃されるかと構えたが、ユウキは、

 ちゅっ

 俺の擦り剝けた拳に優しく口付けてきた。ヒリヒリと痛む関節部分に柔らかい感触と、ぬるま湯のような温度が伝わってくる。

「は…?」

 突然の事に反応できずにいると、ユウキが微笑んでくる。

「いいよ。ライがその愛し方しかできなくなったんなら、死ぬまで付き合うから」
「…」
「だからずっと一緒にいて?」
「…!!」

 深く潜っていた心がざわりと揺れた。
 (ずっと、一緒に…って…)
 ユウキは昨晩のように真剣な顔で見下ろしてくる。茶化す様子はない。
 (ずっと一緒にいて、ずっと一緒にいて…)
 何度も台詞を脳内で繰り返して、直視してなかったユウキの想いを少しずつ理解していく。
 (ユウキは俺の事を……?)
 栗色の瞳は真っ直ぐ見つめてくる。その強く求める瞳はとても学生らしいものではなく、酷く重く、深いもので。

「…ユウ、キ」

 一緒にいてくれという言葉には頷けなかったが、止まっていた心臓が吹き返すようにドクリと鳴った。

 ジャリッ

「「!!」」

 ユウキと共に音がした方を見る。そこには両手に巨大なビニール袋を持つホームレスが立っていた。

「お、お前さん達…っ」

 暗くてすぐにはわからなかったが、ホームレスの顔には見覚えがあった。グレイに拾われてすぐの頃、公園で酔っ払いに絡まれていたホームレスだ。あの時は俺とフィンで助けたが、今回は俺が彼を困らせる立場になったらしい。今、俺達が下敷きにしてしてる段ボールは彼の家だったのだ。

「す、すみません!」

 ユウキを蹴ってどかして家の上から移動する。すぐさま頭を下げれば、ホームレスは困ったな…と頭をかく仕草をした。

「若いもんは喧嘩するぐらい元気な方がいいが…流石に家の上ではやめてくれよ…」
「すみません…すぐに、直します」
「いや、いい、いいって。お前さん達じゃまた壊されてしまいそうだし、こっちは時間だけはあるからな。…それより喧嘩するぐらいだ、イライラしてんだろ?これでも食ってけ」
「…!」

 新聞紙に包まれた何かを手渡され、胸が締め付けられる。前も、こうやって渡されたんだった。その時は横にフィンがいて…、

「…ありがとうございます」

 涙で視界が滲む。今日必死に忘れようとした様々な感情がぶり返してきた。熱くて火傷しそうな強い想いが胸を占める。そして思い出した。このホームレスがいるという事は、グレイの店の近くという事でもあるのだと。

 たたっ

 気付けば走り出していた。

「あ!?ライ!!」

 特に何かを期待したわけじゃない。ただ一目見たかった。グレイの店を、俺がしばらく過ごした、賑やかで思い出深いあの場所を確認したかった。たとえ全て騙されていたとしても、あそこで得た楽しく幸せな時間は偽物ではなかったと信じさせてほしかった。
 (遠くからでいい、一瞬でいい)
 俺の妄想じゃないと知れたら、多分、俺は生きていける。二度と愛せなくなっても、あの思い出があれば。

「…ライなのか?」

 なのに、現実はどこまでも残酷だった。



 すでに店の前には何人かの男が立っていた。男達は全員知ってる顔で、ギクリと心臓が嫌な音を立てる。とっさに後退って、でも目は彼らから離せなかった。
 (嘘だろ…)
 ありえなくはない。あの店は彼らのものなのだから。例え追われの身の状態でも、店の確認ぐらいするはずだ。ただ単純にタイミングが悪かっただけで。あっちも俺に気付いて目を丸くしている。

「…ライ?」

 白金の男が誰よりも先に反応して前に出てくる。

「!!」

 その声で名前を呼ばれた瞬間、ゾクリと全身が震えた。オレンジの瞳と見つめ合い、胸がぎゅっと締め付けられる。耐えきれず顔を背けて逃げようとした。

 ぐっ

 腕を掴まれる。触れてくる掌の熱さが、本人なのだとありありと伝えてきて。その瞬間、喜びと共に、後輩と絡む姿がフラッシュバックする。


「触んなッ!!!」


 思わず振り払っていた。

「ら、ライ、…?」

 白金の男は目を見開き、手を上げたまま固まる。

 くすくす

 そこで悪魔のような笑い声が響いた。悪夢で何度も見た後輩が実物となって現れる。

「こんばんは、センパイ」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、自分のものだと知らしめるように、白金の男の腕に手を絡ませた。視界が、怒りで赤く染まるようだった。

「お前ッ…!!!」
「ふふっ、センパイってば、見ないうちになんだか小さくなりましたね?すごく可愛いですよ」

 自分より背が低かったはずの後輩に見下ろされ、あろうことか、頭を撫でられた。
 (コイツ…ッ!!!)
 とっさに胸ぐらを掴み、拳を振り上げる。

「ダメだよ、ライ」

 後ろから回された手によって無理やり体を引かされた。あと少しで後輩を殴れたのに、何故止めるんだ。怒りと共に振り返れば、俺の手を掴んだユウキは「ダメだよ」と繰り返してくる。栗色の目は有無を言わさぬ圧を放ち、心は全く納得できてないのに、絶対的な主従関係を刻まれていた体が従ってしまう。

 スッ…

 両手をだらりと下ろして静かに俯いた。

「良い子」

 ユウキに褒められて体がゾクリと喜ぶのを感じた。自分の体とは思えない反応に戸惑っていると、ユウキの腕の中に収容され、頬に口付けられる。

「あとでご褒美あげるね」
「…」

 呆然としてる俺を撫でながらユウキは思い出したように、対峙していた男達へと視線を移した。

「この通り、ライは俺が大事にしてあげるから、あんた達は安心して地獄に落ちてね」
「お前…ライに一体、何をした…!!」
「どうでもいいでしょ?あんたとライはもう他人なんだから」

 白金の男が酷く動揺した顔で見てくる。

「もう、というか元々他人だったんだろうね。本能にそそのかされた衝動を愛だと誤認するしかないあんたは、きっと誰でもいいんだ。本当、虫酸が走るよ」
「お前に、何がわかる…!!」
「わかるさ。あんたじゃ絶対に、ライを幸せにできない」
「!!」
「…そんな奴にライは渡せない」

 ユウキは冷たく言い放ち、チラリと通りの奥を見た。

 プップー!!

 クラクションの音が暗い路地に響き渡る。俺とユウキが入ってきた道とは逆側から黒塗りの車が近付いてきた。狐ヶ崎のものか、龍神組のものかわからないが、目の前の男達を追ってきたのは一目瞭然だった。

「行こう、ライ」

 ユウキと共に来た道を引き返す。角を曲がる時にチラリと振り返れば、泣きそうな顔をした白金の男と目が合った。その顔を見てると…蓋していた心から感情が溢れてきそうで、ついつい足が止まってしまう。

「ライ、巻き込まれるよ」

 行こうと促され、渋々足を動かした。どこか期待している自分がいたが

「…」

 いくら待っても、走り続ける俺達を追う足音は聞こえなかった。それがまた…凍り付いた心を更に冷たくさせた。
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