ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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九話

不死身の欠陥

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「――で、なんでてめえとペア行動なんだよ!クソがぁ!!」

 狼男がイライラと吐き捨てる。今私達は“薬を学生に流し店に火をつけさせた犯人”を捜していた。グレイと私、狼男の三人で捜索していくのだが別に一緒に行動する必要はない。リリイの店を出た後すぐに二手に分かれる事になった。

「仕方ないだろう。お前とグレイしかスマホを持ってないのだ。二手に分かれるにはこの形しかない」
「てめえとグレイが組むっつー選択もあるだろーがッ!」
「お前がソロ行動など論外だ。自分の愚かさを自覚しろ、駄犬が」
「アアアン?!てめえ!!ぶっ殺して一回分無駄に生き返らせてやろうかあ!??」
「絶対に止めろ…お前の顔で生き返ったらどうする」
「はあ???」

 意味わからん、と狼男は顔をしかめている。私の不死身能力の欠陥(生き返ってすぐに見た人間を好きになる)を知らないらしい。狼男に惚れるなんて死よりも恐ろしい状況だ。そんな恐ろしい事故を防ぐ為にも軽く伝えておいた方がいいだろう。

「…なんだそりゃ!!やっべえメンヘラじゃねえか!!」

 狼男にドン引きされる。

「こっちだってなりたくてなってるわけじゃない。そういう習性…本能があるというだけだ」
「はあ?余計タチ悪いだろ!つーかそれヤベえんじゃねえの?」
「…何がだ」
「何がってライの事に決まってんだろ。死ぬ度にメンヘラ起こされてたら恋人の身としてはたまったもんじゃねえぜ?」
「…」

 今度は私が苦い顔になる。そう、厄介なのは恋人がいてもいなくてもその習性が発動するという事だ。仮に「絶対に狼男を好きになるな」「ライ以外を好きになったら死んでやり直せ」と遺書を残したとしても、生き返った私がそれに従うかはわからない。相手の気質に合わせた性格に作り替えられるから(愛されたいという衝動故に)狼男のような性に奔放な私として生まれ変わる可能性もある。そんな自分であれば、前世の自分が書いた遺書など無視してしまうだろう。

「ライはメンヘラ習性の事知ってんだろうなあ?」
「もちろん話してある。一時的なものだという事もな」
「なーんだ、そこは永久洗脳じゃねえのか」

 つまらねえ、と呟く狼男。何やら悪い事を考えていたらしい。奴の悪い顔を一睨みしてからため息を吐いた。

「不死身の欠陥だと言っただろう。生き返る時に起きる、あくまで一時的なエラーだ。心まで塗り替えられるつもりはない」

 私にとって一番大切な存在は「ライ」であり、それは何度生き返ったとしても覆らない。

「ライもそれは知っているから、万が一のことがあってもある程度は理解してくれるはずだ」
「くくっ、そう上手く処理しきれるかねえ~?」
「…何が言いたい」
「人間の心ってのはもっと狭いし醜いもんだぜ。何より、習性をきっかけにてめえが目移りする可能性もゼロじゃねえんだろ?」
「そんな事は…」
「言い切れねえだろ?くくっ、どっちにしろ習性が落ち着くまでは公然の浮気を見せつけられるわけだし、ライにとっちゃなかなか複雑な心境になるだろうなあ~」

 狼男はニヤニヤと笑みを浮かべてる。私とライの関係の綻びを見つけられた事が嬉しくて仕方ないらしい。

「“ルール”の撤廃条件の事、忘れんじゃねえぞ~?」
「…」

 私がライを持て余す事があればその間だけルールを撤廃する。狼男にとってはまたとないチャンスだ。奴がそれを狙えるとしたら習性が発動する時ぐらいだろう。逆に言えば他は私の努力次第で完封できる。
 (習性も…発動させなければいい)
 死ななければいいのだ。今の狼男にライがなびくとは思えないし私が死なない限り何の問題もない。

「勝手にしろ。お前が“ルール”を守る限り共存するとグレイと約束した」
「ははっ、お優しいこって」

 狼男が挑戦的な笑みで煽ってくる。それを睨みつけた後、私も対抗するように言った。

「精々“ルール”という首輪に苛まれてろ。そうやってキャンキャン吠える姿は犬っころのお前にはとてもお似合いだ」

 次はおすわりでも教えてやろうかと嘲笑えば、「ああん??」と噛みつかんばかりに吠えてくる。互いに敵意剥きだしでバチバチと火花を散らせていると

 ブーブー

 ふと狼男のスマホが振動した。グレイからの着信のようだ。狼男はそれをスピーカー状態にして受けた。

 <フィン、ソル、そっちはどう?>
「だめだ。言われた通り接触してみてるが収穫はない」
 <こっちもよ…困ったわねえ>

 手分けする時にこの近辺で有数の治安の悪い区画を伝えられていた。本職ではなく主に不良学生が屯するような場所だ。

 <不良学生をつついてたら犯人の足取りが掴めるかと思ったのに…予想外に徹底してるわね…>
「ああ、手掛かりになるようなものは所持してないし、尋問も軽くしてみたが、学生以外に口外しないよう操作されているようだな。無理に聞き出そうとすれば自我を失いかねない為断念した」
 <操作…催眠…、ただの薬でそんな事できるとは思えないけど………>
「グレイ?」
 <なんでもないわ。さっきリリイにも連絡してみたけど新しい情報はなさそう>
「もういっそ狐の子の高校に乗り込むのはどうだ?これだけ情報が出てこないんだ。取引場所も売人も薬の利用者もほぼ全て学校内に集約してるという事ではないか」
 <…だめよ。それじゃ狐ヶ崎に喧嘩を売るのと同じ。社会的立場も許してはくれないわ>
「だが…」
 <いい?あたし達はあくまで穏便に最低限法を守った形で犯人を追うのよ。最終目的は犯人を殺す事じゃない、わかってるわね?>
「なかなか難しい事を言うな…」

 どれだけ強い怒りを腹に抱えていてもグレイが理性を手放さないのは「店を守りたい」その一心から。犯人を徹底的に懲らしめるのも大事だが、その先の未来で店に戻れなければグレイにとっては「負け」に等しい。であれば、今手分けしてやっていたように地道に犯人の情報を探すしかない。狐ヶ崎との全面衝突を避けながら犯人だけ追うのだ。
 (犯人を捕まえればライを取り返す交渉にも使えるしな)
 関係者である狐ヶ崎は必ず食いついてくる。もちろんライの意思を尊重するのも大事だし「戻りたくない」と言っていたら無理強いはしないが…監禁されていた場合は別だ。無理やりにでも救出する必要がある。
 (グレイが犯人に復讐を果たした後、ライとの交換条件にして引き渡す)
 これでwin‐winだ。私とグレイにとっての最適解を確認したところで「あ」と横から声がした。

「?」

 視線だけ狼男の方に向けると、私の足元を指さしてくる。何かと思えば、先程私達に絡んできた(そして私に倒された)不良学生の懐からタバコの箱が飛び出ていた。箱は開封済みだった為落ちた衝撃で中身が地面に転がっている。タバコが何本かと、それに下敷きにされる形で落ちてる白い紙が一枚。

「これは…」

 紙を拾い上げる。裏をめくって確認すると、箇条書きで日付と場所がメモされていた。

 “●/10 工事現場裏”
 “●/12 竜水公園”
 “●/14 高架下”

 いかにもという場所が羅列している。
 (まさか薬の取引場所か…?)
 最後の一行には今日の日付もあった。場所は「立体駐車場」と書かれている。狼男と見つめ合った。沈黙を不思議に思ったグレイが「どうしたのよ」と尋ねてくる。

「…グレイ、立体駐車場と聞いて思いつく場所はあるか?」
 <あるけど…どういう事?>
「学生の一人が妙なメモを所持していた。今日の日付と場所が書かれている。そこで薬の取引が行われるかもしれない>
 <…すごく香ばしい匂いがするんだけど…>
「罠の可能性もあるがこのまま何もしなければ完全に手掛かりを失うぞ」

 夜になれば学生はいなくなる。唯一の情報源がなくなれば私達にやれる事は朝を待つことだけ。
 (これ以上犯人を野放しにしておくのはグレイにとっても、私にとっても不可能だ)
 世間体を気にしなければいつでも目的を達成できる状況だからこそ余計に精神力が問われる。どちらかが道を外しかける前に犯人の尻尾を掴まなくては。

 <…位置情報を送るわ。そこで落ち合いましょう>

 グレイの重苦しい声と共に新たな目的地が決定した。


 ***


 私と狼男が到着する頃にはすでに辺りは暗くなっていた。この周辺もあまり治安が良いとは言えなさそうだ。

「暗がりからいつ誰が襲ってきてもおかしくないな…」

 独り言のように言って背後の立体駐車場を仰ぎ見る。骨組みも含めて鉄筋コンクリートが剥き出しの駐車場で壁は全面金網で塞がれている。おかげで一階に作られた前後の出入り口以外からは出られない構造だった(私と狼男はその裏口側に立っている)。追う側としては都合がいいが、薬の取引場所としてはいざという時に逃げ場がなく不向きな気がする。本当にここに犯人や関係者が現れるのだろうかと不安になった。

 カツカツ

 革靴の音と共にグレイが現れた。タバコを咥えたまま大股で歩いてくる。高身長×黒一色という事もあって迫力がすごい。…しかもだ。

 フウウウ…

 タバコの煙と共に深いため息を吐くグレイ。それは人一人殺せそうな程すごい剣幕で、リリイの店で分かれた時より更に雰囲気が刺々しくなっていた。一体何があったのかと目を丸くする。

「大丈夫か…?」
「ちょっとそこで薬キメてる子達と遭遇しちゃって。もちろん取り上げて病院に突っ込んどいたけど…。心底嫌な気持ちにさせられたわ……はあ、胸糞悪い」

 どうやらグレイの地雷の一つに「薬」があるらしい。インキュバスなら自分の体が似たような成分を持っているはずだが、何かしら込み入った事情があるのだろう。深くは追求しないでおいた。

「さて、本丸よ。あんたタチ二人は犯人が逃げないように退路を塞いでおいてちょうだい。さっさと終わらせてくるから」
「?…私達はここで待機という事か」
「霧の邪魔になるから中に入るのはあたしだけでいいわ。ちょっと周りを気遣えるほどの余裕がなくて…無駄に横で騒がれたら、勢い余って永遠の眠りにつかせちゃいそう」
「「…」」

 それは困る。大変困る上に殺気立った様子で「邪魔だ」と言われれば何も言えなかった。いつもセーブ役をしているグレイがここまで荒々しくなるなんてそれほど店への思いが強いのだろう。どうぞお一人で、と裏口への道を譲ればグレイは首を振った。

「ここから入るとスロープの死界が怖いから表に移動するわ。あんたタチはここにいて、変な奴がいたら足止めよろしく。じゃあ、またね」

 そういってグレイが駐車場の正面側に回り込んでいく。かなり大きい駐車場の為、角を曲がる頃にはその姿は見えなくなった。

 オオオオ…

 金網の隙間から内側を確認していると、奥側…つまりグレイがいると思われる正面口辺りに濃い霧が充満し始めた。車や柱などの障害物のせいでよくわからないが何かが起きてるらしい。グレイの事だからよっぽど大丈夫だろうが少しだけ心配になった。…主に相手の命が。

「私達もいつでも突入できるように備えておいた方がよさそうだな」

 グルルルルッ

 私の呟きに答えたのは低い唸り声だった。
 (まさか…)
 嫌な予感と共に横を見れば、狼男の頭に狼の耳が生えていた。腰には尻尾もある。グレイの霧に反応したのか、眠さが限界だったのか。どちらにせよ立体駐車場についてからずっと大人しくしていたのは狼化しかけていた(居眠り?)らしい。

「はあ…毎度毎度殺したくなるぐらい良いタイミングで狼化する奴だ」

 これで意図的でないならある意味才能だろう。私達のメンタルと現場状況を悪化させる天才だ。
 (さて、どうするか)
 もしも狼化させたまま放置すれば手近にいる不良学生を噛み殺すかもしれない。私はそうなっても気にしないが、心優しいライは違う。自分の知り合いが殺人鬼になったり、無関係な学生が傷つけられれば胸を痛めるだろう。
 (ライに悲しい顔はさせたくない)
 面倒だし気絶させてしまおう。そう結論付け手を伸ばした瞬間、狼男は弾かれたように走りだした。裏口から駐車場の中へ入っていく。

「おい!待て!!」

 慌てて呼び止めるが狼化した奴が言葉ごときで止まるわけがない。…そもそも正気の状態でも聞く耳は持たないだろうが。舌を打ってすぐに私も霧の充満する駐車場内へ踏み入った。

 カツン

 中は思っていたよりずっと静かだった。グレイが制圧したのか複数人の学生が倒れている。狼男の姿も見えない。

 たたたっ

 ふと、霧の合間から、正面口に走っていく学生が見えた。その前にも人影があったが遠目でかつ霧もあった為よく見えなかった。学生は駐車場から出た後、夜の闇に溶けるようにして去っていく。
 (…?)
 なんとなくその背中に吸い寄せられる。あの背格好…どこかで見たような…と首を傾げていると

 ふがふが

 突如聞こえてきた鼻息で我に返った。そうだ、狼男を探さなくては。キョロキョロと見回せば、金網の傍に蹲る人影を見つけた。人というよりほとんど狼なのだが。

「まったく…お前は何をやってるんだ」

 奴は四つん這いになって“何か”に鼻を擦り付けていた。その“何か”とは誰かが脱ぎ捨てた服で、急に走り出したのはこんな布切れの為だったのかと心の底から呆れた。

 ふがふがふが

「いい加減目を覚ませ、駄犬が」

 ドスッ

 キャインッ

 首に手刀を落とし気絶させた。狼の体が縮むようにして人型に戻っていく。レム睡眠だかなんだかが抜けたのだ。そのまま余韻を持たせず、奴の頬を叩いて無理矢理覚醒させた。かなり体に負荷のあるやり方だが、ここで寝かせて置くわけにもいかない。

「おい、おい、起きろ」
「ん、あぁ…?」

 狼男がのろのろと瞼を開けた。ついでにもう一度頬を叩いてやると(おまけだ)反射のように私の手に噛みつこうとしてくる。寸前で指を引いて事なきを得たところで、狼男がシャウトした。

「てめえ!もう少し優しく起こせやッ!!せっかくライの匂いに包まれながら良い夢見てたのに最悪の目覚めになったじゃねえかぁッ!!」
「ライの匂い?何の話だ」
「おら!!嗅いでみろ!!この服からイイ匂いがするだろーが!」
「…?」
 
 狼男は手に持っていた上着を私の鼻にぶつける勢いで近づけてくる。半信半疑で嗅いでみれば…ほのかにライの匂いを感じられた。色々混ざっているせいでこの距離まで近づかないとわからない。この私が気づけない程かすかな匂いに反応するとは流石狼だ。嗅覚だけは無駄に良い。

「ふむ、確かにそれっぽいが…最後にライが身に着けていた服とは異なるぞ。こんな服も持ってなかったはずだし偽物ではないか?」

 そもそもライがこんな場所にいるわけがないと首を振った。

「いーやっ!!ぜってえライがここにいた!!なんたって、この服からはライの、脱ぎたてのすんげえ興奮する匂いがするからなあ!!オレの股間と鼻が反応してるのがその証拠だッ!!」
「お前…言ってて恥ずかしくないか」
「大事な情報提供だろが!!感謝しろ!!」
「はあ…」

 癪だが情報提供という面ではありがたい面もある。偽物のライの匂いだとしても“狼男を誘導しようとした”という状況は面白くない。誰かがこの状況を操作してるのだから。そして、本物だった場合は更に厄介な状況になる。
 (ライが駐車場のどこかにいるのか…?)
 間違ってグレイが殺してしまわないかと不安になった。普段のグレイなら絶対にありえないが、状況によってはありえてしまうかもしれない。最後に見たグレイの恐ろしい顔を思い出し身震いする。

「狼男、この服をどうやって手に入れた?前後の記憶はあるのか?」
「はあ?あるわけねえだろ。狼が勝手に動いただけだしオレはなーんも覚えてねえっつの」
「…ポンコツ駄犬が」
「アアあッ?!!」

 もういい、と奴に背を向け一階全体の状況を確認し直した。霧はすでにほとんどが流れていて裏口まで見通せるようになってる。一階に意識がある者は残っていなかった。グレイや犯人、この場を操作している者も含めて皆上に行ったのだろうか。

「うわああああああ!!」

「「!?」」

 その時、二階から悲鳴が聞こえてきた。若い男の悲鳴だった。狼男と顔を見合わせる。

「今の…」
「ヤクチューの悲鳴じゃなさそうだったなあ」
「…見に行くぞ」
「いいのかあ?グレイは待機っつってたぜえ?」
「…流石に状況が状況だ」

 何よりライがいるかもしれないという状況で待っているだけなんて不可能だ。「お前はここにいればいい」と言い残し二階へのスロープを登っていく。

「しーらねえぞ~」

 意外にも、狼男は追いかけてきた。ライの上着(仮)を咥えながら上機嫌な足取りでついてくる。それをチラリと確認してから正面に視線を戻す。

「!!」

 一階と違って二階は霧もなければ車のような障害物もなかった。暗闇のなか、人影が二つ見える。いや、三つか。一番手前に背の高い人影…グレイがいて、その奥には、銃を構える初老の男、そしてその銃を向けられて震えてる男(多分悲鳴をあげたのもコイツだろう)。グレイは奥二人と睨み合う形で立っていた。

「やっと来たか、フェニックス」

 初老の男が横の男に銃をつきつけながら前に出てくる。着物を着崩したその姿は…まだ記憶に新しい。一気に緊張感が漂う。

「時雨…」
「さんを付けろと何度言えばわかる。奴の代わりに頭をぶち抜かれたいのか」
「…」

 引き金から指を離さず、ドスのきいた声で脅してくる。あまり刺激すると本当に撃ちかねないなと顔をしかめた。黙ったままでいると時雨が再び口を開いた。

「お前達がここにいるという事は狐ヶ崎はもういないのか。せっかくいい演出をしてやろうと思ったのに…残念だ」
「…」
「まあいい。この男を始末して俺も帰るとする」

「待ちなさい」

 時雨の言葉にグレイがすぐさま反応した。ひりついた空気が二人を覆う。

「その子、薬の売人でしょ。殺されるのは困るわ」
「困る。そうだな、お前らは困るだろうさ。ここで売人が死ねば犯人を追う手掛かりはなくなるし“お前達が怒りに任せて売人を殺した"と話は広がっていく。俺は誰にも見られずここに来てるから他に押し付けられる相手はいないぞ」

 かなり動きにくくなるだろうな、と口角だけ上げて笑みの形を作る。その目は全く笑ってなかった。奴はいつもそうだ。笑みを浮かべる時は笑う時ではない。

「…わかってるならその物騒なのを下ろしてくれる?」
「生憎だがこっちもボランティアで動いてるわけじゃない。この前邪魔された借りもあるし、タダで聞いてやるつもりは毛頭ない」

 この前、というのはメデューサでの一件の事だろう。私とライが介入しなければもう少し苦労せずにメデューサを回収できたはずだ。何より、面子の問題もある。奴が出張ったのに結果が伴わなかった為、龍矢へ顔向けできないのだろう。

「た、たすけてください…っ」

 銃への恐怖が限界に来たのか売人の男が震えながら懇願する。時雨への言葉だと思うが、目は私の方に向けられていた。視線がぶつかると嫌な感覚が体を走った。

 どくり

 まるで酒を飲み始めた時ような…血が巡る感覚をありありと感じさせられる不思議な感覚。体の違和感に顔をしかめていると時雨が命令口調で指示してくる。

「売人を助けたければフェニックス、お前が前に出ろ」
「…?」

 時雨の言葉に首を傾げつつも、グレイに促され前に出た。今度は銃口が私の方へ向けられる。

「…私を殺しても意味がないぞ」

 私を殺す不毛さをこの場の誰よりも理解しているはずなのに、時雨は引き金から指を離さず、そして逆に押し込むのだった。

「意味ならある」



 ***



「うわああああ!!死んっ、死んだっ…!!」

 売人の男が悲鳴をあげて尻餅をつく。すぐ近くで脳みそが飛び散ったらそりゃ驚きもするだろうが、面白いことにその場にいるほとんどが顔色を変えなかった。
 (まあオレがショックを受けないのは良いとして)
 グレイ、てめえはもう少し驚いてやれ。一応そこは仲良いんだろ。と、流石に奴に同情した。キレてるとはいえ人の心はないのだろうか。
 (てか本当に生き返るのか…?)
 奴の死体を遠目から確認するが、胸が動く気配もないしそもそも頭がぶち抜かれて脳みそをばらまいてる状態なのだ。生きてるわけがない。

 スッ

 時雨と呼ばれた男が背中を向けた。そのまま去っていく。グレイはそれを目で追っていたが実際に追いかけることはしなかった。代わりに売人の男を確保すべく横に移動して…その腕を掴んだ。これで逃げられる事はなくなったなと一安心する。

「あんた、怪我はないわね。一緒に来てもらうわよ」
「ぼ、僕が悪いんです!お金が、お金がほしくて…闇バイトに応募したら、こんな事に巻き込まれて…っ!ごめんなさい!!ごめんなさいっ!」
「ちょっと、落ち着きなさいってば…」

 売人は泣きながら不死身野郎の体を必死に揺すった。起きるわけがないのに「ごめんなさい」と唱え続けている。気が動転してグレイの言葉が耳に入ってないらしい。いやまあ死体を見ても落ち着いてるオレ達の方が異常なのだが。

「とりあえずこの場から移動しましょう」

 この言葉はオレに向けたものでグレイは視線で伝えてくる。アレ(死体)を抱えろ、と、もちろん速攻拒否した。

「無理、キモイ、触りたくねえ」
「あんたねえ…」

 そもそも奴の体はオレに抱えられる程軽いものじゃない。温泉で見た時に「コイツ着やせするタイプかよ、キッショー」と驚いたし。グレイもオレの言いたい事がわかったのか呆れつつもそれ以上は言ってこなかった。売人から手を離さぬまま懐からライターを取り出す。

 カチっ

「お、おい待て!どうするつもりだあ??」
「どうするって燃やすのよ。このままだと重くて運べないんでしょ?」
「なっ…」

 いやいや、だからって灰にして運べばいいってもんじゃないだろ。もう少し情緒というものに気を遣え。…いや、今は無理か。天下の悪魔状態だもんな。苦笑いを浮かべていると

 ボオッ

 燃やす、その言葉に感化されるように不死身野郎の体に異変が起きる。本体から飛び散っていた肉片が燃え始めたのだ。地面に広がる血液も、まるで灯油なのかと思える程勢いよく、舐めるように炎が広がっていく。

「わ、わわわわ??!」

 売人が顔を真っ青にして飛び上がる。不死身野郎の体は…本体ごと一気に燃え上がりあっという間に灰になった。

「な、何これ…っ、人が、突然発火し、ええええ!?」

 信じられない、と炎の横で座り込む売人。ふと、奴の目の前で炎が大きく揺れた。まるで火種が増えたのかと思える程炎の勢いは強まり、そして、ゆっくりと人の形に変わっていく。

 バチチッ

 火花を散らせながら、見たことのある男が現れた。今の今まで炎の中にいたのに火傷を負ってる場所もなく、滑らかな肌が見えた。いやマッパかよ、と顔をしかめていると、奴は灰を踏みしめながら立ち上がった。まだ脳が覚醒しきれてないのか視線がふわふわしている。そこで

「ひゃあああ?!なんで裸ああ?!!」

 売人の男の謎の悲鳴に反応して、不死身野郎は下を向いた。座り込む売人と見つめ合う。
 (おいおいおい…)
 昼頃の不死身野郎との会話を思い出す。

 スッ

 奴は見たことのある優しい微笑みを浮かべ、片膝をついた。

「ああ、なんて美しいんだ」

 戸惑う売人の手をとり仰々しく口づける。てめえは王子様か?と詰め寄りたくなるが、言葉を失っててそれもできなかった。ただただ案じた。

「…私の愛しい人よ」

 ライがこれを見てどう思うのか、と。
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