ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

文字の大きさ
74 / 159
九話

★ヘブン

しおりを挟む
 逃げるのも癪で、ゆっくりと近づいた。後輩がニヤリと笑いかけてくる。

「センパイってば、思ってるより、早く会えましたね。ふふっ、自分から奴隷になりたがるなんて、ドМですねぇ…」

 笑いながら腰を揺らす。するとそれに合わせてフィンも腰を振り、衝動を持て余すように低く唸った。

「ウウウゥ…ッ」

 食い殺そうと獣のように唸る姿は全くと言っていい程正気を感じられない。見ていて辛かった。今すぐにでも目を覚ましてやりたい。助けてやりたいが…これがフィンなのかも俺にはわからなかった。
 (ここは奴の頭の中だ…全て作り物って可能性も…)
 先ほどの助けを求めてきた声はこちらから聞こえた気がしたが…それらしき存在は見当たらない。
 (フィンは一体どこに…)
 周囲を確認していると後輩がくすりと笑った。

「誰を探してるんですか?センパイの求める人は…ここにいませんよ?」
「うるせぇ。てか何普通に会話しようとしてんだ」

 いい加減離れろ、と引き剥がそうとすれば

「嫌です、コレは俺のものですよ」

 頬を膨らませた後輩が両足を巻き付けて交わりを深める。その瞬間、結合の刺激で衝動が振り切れたのか、

 ブチッ

「ンああっ…!」

 フィンの偽物は後輩の肩を食い破ってしまった。みるみる口元が血だらけになる。しかも、激痛が走ってるはずの後輩は歓喜の顔でイっていた。
 (…狂ってやがる)
 異常な空間に思いっきり顔をしかめ不快感を露にすると

「はあっ、はっ…ふふっ、その顔が見たかった…んです」

 対照的に、後輩は恍惚としながら喜びを口にする。流石の嫌がらせメンタルにドン引きしつつ、付き合ってられねえと顔を背けた。

「チッ」
「ふふっ、センパイ…顔、真っ青ですよ」
「…お前が嫌なもん見せるからだ」
「見に来たのは、センパイ、でしょ?この状況が嫌なら、一体、何しに、来たんです?」

 セックスというには惨すぎる行為を続けながら後輩が尋ねてきた。俺は横目で睨みつけて返す。

「…お前を捕まえる為だよ」
「あははっ、笑えます、ねっ…捕まってるのは、センパイですよ」

 しゅる…

 樹海の木々が腕を伸ばすように枝を広げてくる。迫りくるそれを避けようと、とっさに足に力を込めれば、ずぶりと沈む感覚がした。

「?!」

 地面が底なし沼のように柔らかくなっていて、ズブズブと足を飲み込んでいく。すぐさま状況を悟り、前を見れば、ニヤニヤと笑ってる後輩と目があった。

「俺、センパイの喘ぐ姿なんて全然興味ないですけど…せっかくなんで、触手プレイとかやってみます?」
「…お前…趣味の悪さが突き抜けてんな」
「ふふっ今更何言ってるんですか。精々みっともなく泣いて楽しませてくださいね、センパイ」

 くすくす

 後輩がなまめかしく笑うのを合図に、枝が腕に巻き付いてくる。

「このっ…!」

 力一杯引っ張ってみたが伸縮性があるそれはどうやっても引きちぎる事ができなかった。足場の底なし沼も膝まで飲み込んだ状態でセメントのように固まってしまう。ならばと腕に巻き付くそれに噛みつくが、木の皮に覆われていると思っていたそれはブヨブヨと柔らかくて、しかも嫌がるようにぴちぴちと跳ねてくる。脱皮したての甲殻類…いや爬虫類のようだった。

「うッ…」

 そのあまりにも気持ちの悪い感触に、つい口を放してしまうと、服の間をぬって枝先が侵入してきた。

「くっ…ッ、気色悪い事、しやがって…!」

 好き勝手這いまわってくるそれにゾワゾワと鳥肌を立たせ悪態をつくが、後輩は俺の苦しむ姿を確認してくすりと笑うだけ。再びフィンの偽物と血だらけのセックスを再開してしまう。

「クソが…ッ」

 今すぐにでも殴ってやりたい。だが両手を束ねられ足を固められた状況ではどうしようもない。分が悪い事はわかってはいたがここまでかと腹立たしくなった。しかも、こうして抵抗する姿を見せれば見せる程、奴は愉快だというように目を細め、恍惚とするのだ。これでは奴の思う壺だ。
 (落ち着け…これは現実じゃねえ…)
 本当の体を暴かれたわけじゃない。この屈辱は全て奴が見せる幻覚で、実際の俺には何のダメージもない。脳内での出来事だと割り切って奴が飽きるまで耐えるんだ。そう言い聞かせ、体から力を抜いた。



「…は、ぁ」

 枝が際どい部分をなぞっていく。あえて直接的な場所は避けてるのか快感には至らないまま…くすぐったさと気持ち悪さを足して割ったような不快な状態が続く。あれから一時間ぐらい経っただろうか。いやもっとかもしれないが、延々と続く地獄のせいで、時間感覚はとうに狂ってしまっていた。「早く終わってほしい」という願いだけが脳を占める。

「う…ッ、はぁ、…はっ」

 必死に声を殺し凌辱に耐える。すぐに飽きるはずだとたかをくくっていたが、案外奴は根気強いらしく
 (まだ終わらねえのか…)

「チッ…、」

 堪らず舌打ちすれば、後輩がニヤリと笑う。纏わりつく枝よりも奴の視線の方が不快だった。顔を見るのも嫌で、俯いたまま拳を握り締めてひたすら耐える。

「センパァイ、辛そうですね」

 今は小休止なのか、背面座位でフィンの偽物を背もたれにしながら後輩は眺めていた。不快な喘ぎ声を聞かずにすむのはいいが、奴らの血やら体液の匂いが立ち込めて鼻が曲がりそうだった。

「…」
「センパーイ、聞いてます?」
「…、…」
「だんまりは寂しいんですけどー」

 奴の言葉を無視して目を瞑ったままでいると

「じゃあ、元気づける為に、そうですね…面白い話をしてあげますよ…ほら、真人さんの話とかどうです?」
「!!」

 ハッと顔を上げる。俺と久しぶりに目が合い、後輩は上機嫌になって話し始めた。

「もう色々察してるかもしれませんが、俺はただの新入社員として入社したわけじゃありません。龍矢様の命で“仕事”をする為に潜入したんですよ」

 龍矢という名前に動揺が走る。だが、時雨が現れた瞬間からなんとなく思っていた。この案件には龍矢が絡んでいるのではないかと。…まさか俺達の会社にまでとは思わなかったが。

「あの会社は龍矢様にとってライバル企業の下請けで邪魔な存在でした。だから俺が“魅了”で内側から崩したんです。センパイは被害者の一人だし想像つきますよね?ワンナイト、浮気、不倫…そうやって一人ずつ崩していったら…あとはもう俺が手を下す間も無くバタバタと総崩れしていきました」
「…お、前…」
「ふふっ、規律ある集団が肉欲で自壊する様は…何度見ても笑っちゃいますね」

 滑稽だと嗤う後輩。その姿は悪魔そのものだった。
 (会社が…邪魔だったから…潰した?)
 そんな私的な理由で俺は仕事や住む場所、恋人すら奪われたのか。あの時の絶望はユウキと過ごしたこの一週間で嫌という程思い出させられた。下手すれば人生を諦めてもおかしくない程の絶望だ。こんな思いをした人間が俺以外にも山ほどいるのかとショックを受けた。

「だから誤解しないでくださいね。俺、真人さんには何の思い入れもありませんし、ぶっちゃけ好みでもなんでもなかったんであの後すぐ捨てましたから」
「…ッ!!」
「リサイクルしたければいつでもどうぞ、ふふっ」

 (コイツ…ッ)
 馬鹿にするように言われ…処理しきれない感情が込み上げてくる。怒りなのか憎しみなのか…自分でもわからない。とにかく、こんな風に人に殺意を向けたのは初めてだった。

「センパイってば、そんなに睨まないで下さいよ。俺は“仕事”で仕方なくやったんですから…仲良くしましょうよ?」

 そういってまた枝を呼び寄せた。先程のものと違って棘が生えた枝で、

 ザクッ

「イッ…っ」

 皮膚を巻き込みながら服を引き裂いてくる。今更だが俺はスーツを着ていた。嫌でも会社を、先輩と後輩という関係を思い出させられる格好に眩暈がする程の怒りを覚える。

「ッ…」
「ああ、いいですね、その顔。今でも思い出しますよ。憎たらしいセンパイが…恋人をとられて、泣きそうな顔をして、絶望する姿……はあぁ、思い出すだけで、ドライイキしそ…」

 そういって恍惚とする。当時を思い出してるのか奴の顔には淫らな笑みが浮かんでいた。奴を喜ばせてるのが自分だとわかると掻き毟りたくなる程の気持ち悪さが襲う。もはや寒気すらするレベルだ。

「ふふっ…全然タイプでもない、だーいキライなセンパイが苦しむ姿が、何よりも快感になるって皮肉ですよねぇ…」
「黙れッ、き、もい、事、言うんじゃ、ねえ…ッ」
「酷いなあ…一応他の人でも試したんですよ?同じ絶望を味あわせて、同じ反応をさせて。でも勃ちもしない。誰も…センパイほどヨクしてくれないんです。その瞬間、ああ、大嫌いなセンパイじゃないとダメなんだって悟りました」

 正気を疑う。いや、もともと奴は正気ではないのだろうが、それでも互いへの嫌悪だけは同じだと思いたかった。拳を握り締める。

「だから、お前、は…ヘブン、を…使った、のか…ッ?」
「ええ、そうですよ。龍矢様にワガママを言って、もう一度センパイの前で恋人を奪ってやる為に手を回したんです。それなのにアイツ…狐ヶ崎ユウキにイイ所でとられるし、色んな邪魔が入るしで…今回は本当ついてなかったですよ」

 ぐちゅり

「んぐ、っ、?!…ンぁ、おいッ、やめろっ…アアッ!!」

 ずっと入り口を弄るだけだった枝が後ろにあてがわれ、とっさに声を上げてしまうと後輩が「ふふっ」と大きく笑った。

「ま、こうしてセンパイを俺の中に閉じ込められたんで及第点としますが」
「お前、ふざけんな…ッ、こんな事、して…何がッ、うあ…ッ!!」
「絶対廃人にはさせませんから。ここでずっと俺の暇潰し兼性的興奮要員としていてくださいね、センパイ」
「…ゲスが、…うっ、ぐっ…!!」

 グチッ、ズルリ…

 指二本分ぐらいの太さの枝が、慣らしもしてない中にめり込んでくる。

「はッ…ああぁ…ッ」

 実際の体を抉られてるわけじゃないのに、リアルすぎる痛みと圧迫感だった。耐えきれず前のめりに倒れれば、別の枝が体を支えるように巻き付いてくる。いっそ沼に顔を突っ込んで窒息できたらと願うがもちろんそんな“救い”は許されない。

「んぐ…!はぁ、ああっ、やめ、ろ…!ハアッ、ううっ」

 チクり

 ふと、うなじに熱を感じ、本能的な恐怖で反応する。
 (なんだ…?!)
 殺気に近い、突き刺す程の視線を感じるのだ。後輩を見るが、奴からじゃなかった。それよりももっと後ろの…

「ひ…ッ!!」

 オレンジの瞳が瞬きもせずこちらに向けられていた。さっきまで狂ったように後輩を貪っていたのに、今は見向きもしてない。

「なッ…、いや、だ…っ、アアッ、み、るな…!ううっ、」

 ジッと俺のみっともない姿を映し続けるオレンジの瞳に焼ける程の羞恥心に苛まれる。

「くそっ、ああっ、見んじゃ…あああっ!」

 嫌だと体を捩ろうとしても巻き付いた枝が邪魔で動けない。俺が本気で悲鳴をあげだした事に後輩は気をよくして前のめりになった。手を伸ばせば触れ合える距離で食い入るように見てくる。

「どうしたんです?ノってきたじゃないですか、ふふっ、センパイはそんなので気持ちよくなれるんですね、安上がりでいいなぁ…」
「るせぇッ、うぐッ、お前は、舌…噛みきって、死ね、ああッ!!」
「もー口悪いですよぉ」

 言葉の最後で、ぐちりと、奥を抉られ悲鳴が溢れた。奥に進まれるほど痛みと苦しさが増す。このまま腹を破られるんじゃないかと恐怖を感じたところで、後輩がくすくすと笑って顔を近づけてくる。

「普段のセンパイは抱くのも抱かれるのも絶対嫌ですけど…本気で嫌がる姿にはちょっとだけ興奮しますね…」
「?!」
「食わず嫌いせず…味見してみようかな…」
「いっ…やめ、やめろ!来るなッ!」

 それだけは嫌だと拒絶するが、後輩はお構いなしに両手を伸ばし

 チュ

 唇を重ねてきた。世界で一番憎い男とのキスは酷く屈辱的で、体もすぐに拒絶反応を見せた。全身の鳥肌が立ち、胃液が込み上げてくる。

「うっ、…ぐっ、ッ…うえっ…ゲホゲホッ」
「えー?インキュバスの俺にキスされて吐くなんて…センパイ不感症ですか?」

 そう言いつつ腕を回してきた。奴と正面から抱き合う。血と汗と体液で濡れた体と密着させられ…そのぬるついた感触に吐き気を催し、実際に吐いた。俺が苦しむ姿を見て興奮してるのか後輩は体を密着させたまま気まぐれに愛撫してくる。
 (…無理だ)
 こんな地獄に一秒たりともいたくない。なんでここにいるのかもわからないぐらい思考が濁って、諦める気持ちと共に視界が暗く染まっていく。

「ぜえ、はっ、はあっ…ッ」
「センパイ、息をしないと。こんな途中で落ちないでください。俺まだ全然イけてないのに」
「はあ…、はぁ…」
「聞こえてます?おーい?」
「はッ……はぁ……」

 後輩の声が遠くなっていく。このまま落ちたらヤバいと本能が告げていたが、グレイの言う通り、ユウキとの一週間で体力も気力も根こそぎ奪われていたらしい。やっと持ち直しそうになった所で後輩とのこれだ。止めを刺すには十分すぎる。
 (もう終わりにしてくれ…)
 抗う力は残ってなかった。力が抜ける、その瞬間、

 グッ

「アッ、うぐっ…!?!」

 首を絞められ強制的に起こされた。

「ほら、センパイ起きてください。ここで意識を手放したら戻ってこれませんよ」

 そう言って顔を近づけてくる。またキスされるのかと震えが走る。

「や、やめ…ッ」


『ソレは私のモノだ』


「「?!」」

 唸るような声が響き、時が止まった。後輩が慌てたように振り返る。そこには、先程までの獣のような目ではなく、冷たく見下ろす白金の髪の男が立っていて

「なんで、お前、勝手に動いて!!?!」

 ガシッ

 見るからに動揺した後輩の髪を掴み、俺から乱暴に引き剥がした。

「うわああッ」

 ゴミのように雑に放られ悲鳴をあげる後輩。それには目もくれず、男は俺の目の前に移動し、膝をついた。

「ふぃ、フィン…?」

 ジュウッ

 名前を呼ぶのと同時に焦げ臭い匂いがした。体に巻きついていた枝が一つ残らず焼き焦げ灰になっていく。足元の沼も干上がって消えた。いつぞやみた透明の炎が蜃気楼のように周囲を囲んでいた。

「え…」

 こんな風に炎を自在に操れる奴なんて俺は一人しか知らない。

「あ、あんた、まさか…、うぁっ、くぅっ、…!」

 何の合図もなく男は中を貫いていた枝を引き抜いた。そして自分のをあてがってくる。

 グチリ

「いっ、あああぁ…ッ!!」

 体が裂けそうな、いや、裂ける感覚がした。枝とは比べ物にならないものが入ってきて息が詰まる。

「かはっ、いっ、アアァッ…!やっ、あぁっ」

 正常位で貫かれ痙攣していると、男が興奮を伝えるように肩に噛みついてきた。ピリッと痺れるような痛みと共に後輩が食い破られてる姿が脳内を駆け巡り

「ああァっ、噛む、なッ!フィンッ!!」

 必死に叫んだ。

 ぴくり

 すると一瞬、ほんの一瞬だけ躊躇うように肩を噛む力が緩んだ。

 (え、今の…反応…)

 一瞬の間の後、男はガツガツと腰を動かし始めた。腹を抉られる痛みに体が引きつるが…恐怖しか抱けなかったはずの体にほんのりと疼きが灯るのを感じた。

 (もしかして…)

「アアッ、くっ、うう…フィ、ン、はあッ」
「…」
「フィン…ッ、ああっ、ッ」
「…」

 何度も名前を呼ぶと腰を抱く手が痛いほど食い込んでくる。逆に肩を噛む力は甘噛みぐらいで食い破らないよう手加減されていた。

 (俺の声が聞こえてる…?)

 すっ

 恐る恐る男の背中に腕を回す。

「ここに、いた、のか……」

 触れ合う部分から火傷しそうなほど熱い体温が伝わってきた。それはずっと恋い焦がれていたぬくもりだった。胸が熱くなる。

「フィン…」

 名前を囁くと身震いするようにフィンの体が揺れた。

「あんたに、ずっと…っ、あいたか、った…」

 ほとんど力の入らない腕で抱きしめる。途端にフィンの体が強張り、そして何事もなかったかのように突き上げてくる。だが、その動きに少しだけ柔らかさが混じってきているのがわかった。

『私のモノ、私だけ、のモノ…私のモノ…』

 怨嗟の声のように「私のものだ」と唸り続ける姿に、頷いて応えた。

「…ああ、俺は、あんたのものだ」

 あんたにだったら食われたっていい。こうして抱き合えて死ねるなら本望だ。そう伝えるように腕の力を強めれば、中を抉るそれが脈打った。

「ッ…」
「うあぁ…ッ」

 ドクリと腹の奥が熱くなり、満たされる感覚がある。

「はぁ、はぁ…、フィ、ン…」

 首に腕を回して引き寄せた。唇を重ねる。噛み千切られるのを覚悟して舌を入れたが…意外にもフィンは優しく舌を絡ませてきた。

「んん…、ん、…ふ、…」

 久しぶりのフィンとのキスに、涙が溢れ、心が満たされていく。さっきまでの地獄が嘘みたいに気持ちよかった。もっと欲しいと求めようとした時、

「な、なんで…なんでだよ…ッ」

 視界の端で、尻餅をついた状態の後輩がヒステリックに叫ぶのが見えた。

「なんで??お前は壊れたんじゃないの?!魅了だって…まだ効いてるはずなのに…!なんでそんな…やめろ!!そんなものを見せるなッ!!」

 後輩は半狂乱になって頭を振り、蹲った。目を瞑ってもここは奴の頭の中だ。“見ない"なんて事はできない。

「やめろやめろやめろ…消えろッ!出ていけッッ!!」

 後輩の叫ぶ声と共に世界が崩れた。一瞬、世界の切れ目から屋上の風景が見えた。現実の奴の視界だろうか。確かめるより先に視界が黒く染まり何も見えなくなった。足場が無くなり放り出される感覚がある。…だが、怖くはなかった。触れ合う体温は手の中に残っている。もう離さないとそれを握りしめれば…優しく握り返される感覚がした。








「…っ!!」

 ハッと意識が覚醒する。電気が消えたままの高校の天井と、泣きそうな顔のグレイが視界に入ってくる。

「ライ!!!」

 砕かれそうな程の力で抱きつかれ…意識をもう一度持ってかれそうになったが、締め付けられてない方の腕でスマホを確認する。まだ圏外。時間も十分程度しか経過してなかった。今にも倒れそうな程の頭痛と疲労に襲われたが
 (まだだ…)
 グレイの体を押し退け、フラフラと立ち上がる。

「ちょ、ちょっと!ライ??どこへ…?!動いちゃダメよ!」

 グレイは立って追いかける力は残ってないのか必死によびかけるだけで、やがてそれも聞こえなくなった。

「はあ、はあ…」

 薬の影響で足が重い。一階分上がっただけで息が上がった。

「ぜぇ…は……ひどい、体だな…」

 毒づきながら壁に手をつく。ここで倒れるわけにはいかない。力を振り絞って階段を上がり、屋上の扉の前へとたどり着いた。一呼吸してから手をかける。

 バタン、ザアアアアア…

「どうして…ッ!!なんで…ッ!!」

 降りしきる大雨の中、地団駄を踏む後輩がいた。その前には白金の大鳥がいて、狂ったように叫ぶ後輩のことを冷たく見下ろしている。どうやら大鳥に乗って逃げるつもりだったらしい。

「なんで言う事を聞かないんだよ!!」
「…シュウ」
「!?」

 初めて奴の名前を口にすれば、ハッと弾かれたように振り返ってくる。血走った目がこちらに向けられた。

「センパイ…ッ」
「もう諦めろ。お前は逃げらんねえよ」

 奴の手錠をかけられた腕を掴む。ピリッと静電気が走るが…それだけだった。後輩が悔しそうに睨んでくる。

「このッ、不感症が…ッ!!」
「…誰もがお前に欲情すると思うな」
「!!」

 インキュバスとして最大級の侮辱だったのか、後輩はショックを受けたように凍りつく。

「見事だな、ライ」

 弾かれたように振り向くと、屋上の入り口に時雨が立っていた。その手にはビデオカメラがあり、俺達に向けられていた。

「時雨さん…」
「一部始終を撮っておいてやった。これで狐ヶ崎への説明が容易になるはずだ」
「え、あっ…!」

 ひょいっとビデオカメラを投げられ慌てて受け取る。俺が手を離したその一瞬の隙に後輩は唯一の出入り口へと走ったが、時雨に捕まり再び膝をつかされた。

「その代わりこのインキュバスは回収していく」
「はっ…!?」
「安心しろ。狐ヶ崎には話をつけてある。お前がカメラを持って下に行けば全て解決するはずだ」
「…それで俺が納得すると?」

 個人的な恨みももちろんあるが、ここで奴を野放しにすればまた不幸になる人間が出てくる。そんな事、許せるわけがない。

「納得するもなにも、そういうシナリオなんだから仕方ないだろう」

 俺に言うなと、時雨は口端を曲げるようにして笑う。

「シナリオ…?何言って…」
「それにしても相変わらず良い目をするな、お前は。相談役になってから長いが、俺に喧嘩を売ろうとする奴なんてほとんどいなくなった。そうやって睨まれると…昔を思い出せてなかなか気分が良い」
「…」
「いっそこのまま屈服させてやりたいが…どうせお前とはまた会える。次の機会にしておこう」
「…待て!」

 追いかけようと踏み込めば、後輩を捕らえてる方とは逆の手で、銃口を向けられた。

「あまり手間取らせるな。どうしても引けねえってなら…良い事を教えてやる。なに、損はさせない。お前とフェニックスに関わる大事な話だ。しっかり聞け」

 そう言って時雨は後輩を引きずりながら近づいてくる。銃口はずっと俺に向けられたまま、ゆっくりと目の前に来て、前屈みになる。

「ーーーーーー」

 降りしきる雨音に掻き消されないギリギリの音量で耳打ちされた。

「…!!」

 焦ったように振り返る。そこには、雷雨を背景に佇む大鳥がいた。体を覆う炎が、雨粒を瞬間的に気化させ、白い霧を生む。その幻想的な姿に息をのみ、今しがた言われた言葉を反芻する。

「時雨さん、今のは本当でー……、!!」

 体の向きを戻すとすでに時雨はいなくなっていた。もちろん後輩の姿も…神隠しのように消えている。一人残された俺はやられたと舌を打った。


 ***


 グレイの所に戻ると、狐ヶ崎の組合員が集結していた。妨害も解除され組長のハジメも駆けつける程の事態で、俺はすぐにビデオカメラを見せ説明した。カメラの映像はソルの校内放送から屋上のシーンまで全て映されており、まるで事が起きるのを知ってたみたいな用意周到っぷりに嫌気がさす。だがおかげで説得は容易く、ハジメは現場の後始末を命令してすぐに姿を消した。
 (なんとか…なったのか…)
 バタバタと走り回る組合員の中心で、グレイとソルに寄り添う。二人共意識を失ったまま縛られてる。
 (早く病院に行かせねえと…)
 うつらうつらとしながら二人の手を握ってると

「ライ、」

 ユウキが駆け寄ってくる。擦り傷やら噛み傷やらで血だらけだったが動ける程度の傷らしい。

「よかった…ユウキ、無事だったか…」
「うん、手加減されてたみたい…悔しいけど完敗だ」

 グレイとソルを見て、ユウキは顔をしかめる。苦い顔をしてるがさっきみたいに殺意立ってない。すでに後輩の事を聞かされているようだ。

「店長さん達は病院に行かせるよう手配してある。狐ヶ崎が責任を持って二人の命を守るから」
「ありがとう…恩に着る」
「ううん、全部俺らのせいだし、これぐらいはせめてね。ライも動けるうちに病院に行こう。その体じゃ辛いでしょ」

 ユウキに腕を引かれるが、それを首を振って拒絶した。

「…俺はいい」
「な、何言って…、二人が心配なら一緒に運んであげるから」
「違う。俺は今から行くところがある」
「え…?」

 ギャオオオンッ

 空から咆哮が降ってくる。その声につられるように俺は立ち上がった。ユウキが目で追ってくる。

「ライ…?」

 それを無視して、校舎の外に出た。空を見上げれば、雷雨の中、大鳥が優雅に舞い降りてくるのが見えた。ユウキが慌てたように引き止めてくる。

「ライ!ダメだよ!今のあの人は…正気じゃない!一人でなんて行かせられない!」
「俺は大丈夫だから。グレイ達を頼んだぞ、ユウキ」
「ライ!!」

 安心させるようにユウキに笑いかけ、大鳥に手を伸ばした。

 ばさっ

 炎を纏った羽が包み込んでくる。炎は触れても熱くなかった。それにホッとしつつ、背に乗ると、大鳥は羽ばたきあっという間に校舎を見下ろせる程の高度まで舞い上がった。

「ライ!!」

 校庭に残されたユウキがどんどん小さくなっていく。初めてユウキと会った時もこうしてフィンの背中に乗って別れた。それ程前の事ではないはずなのに、酷く懐かしく感じた。



 バサッ

 俺を乗せた大鳥は山奥に行くわけでもなく、高いビルを目指すわけでもなく…黒焦げの店の前に舞い降りた。グレイのスナックだった。

 スタッ

 地面に触れる瞬間、フィンは人の姿に戻り、俺を抱えたまま静かに着地する。服は身に着けた状態だが、人型に戻ると先程の事を思い出してしまいドキリとする。

「フィン…」

 横顔に呼びかけてみたが反応はなく、そのまま店の中へ連れていかれた。

「!」

 店内は酷い状態だった。そういえばボヤが起きてたなと遠い記憶のように思い出して、きっとこれも後輩の仕業なのだろうと気が重くなった。フィンは沈黙を守ったまま、煤の張り付いた廊下を進み、控え室側にたどり着いた。こちらは比較的マシで、俺達がいつも使ってる寝室の前まで移動したフィンは

 ガアン!!

 扉を荒々しく蹴り開けた。

「?!」

 フィンがこんな乱暴な開け方をするなんて…とぎょっとしている俺を、これまた乱暴にベッドへ放り投げていく。

「わっ!!…あ、危ないだろ!」

 注意するがフィンは黙ったままだった。暗いせいで表情がわからない。スマホの電気をつけて確認しようとすると

 バシッ

 顔に向ける前に手で払いのけられてしまう。スマホはガシャンと大きな音を立てて落ちた。

「あ…!」

 床に落ちたスマホは、床を滑った後、ライトを天井に向ける形で止まる。おかげで部屋は少しだけ明るくなり、目の前にあったフィンの顔も照らしてくれた。

「…!」

 その目がギラギラと怪しく光っている事に気付き、息を呑む。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

陥落 ー おじさま達に病愛されて ー

ななな
BL
 眉目秀麗、才ある青年が二人のおじさま達から変態的かつ病的に愛されるお話。全九話。  国一番の璃伴士(将棋士)であるリンユゥは、義父に温かい愛情を注がれ、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。  そんなある日、一人の紳士とリンユゥは対局することになり…。

人気俳優に拾われてペットにされた件

米山のら
BL
地味で平凡な社畜、オレ――三池豆太郎。 そんなオレを拾ったのは、超絶人気俳優・白瀬洸だった。 「ミケ」って呼ばれて、なぜか猫扱いされて、執着されて。 「ミケにはそろそろ“躾”が必要かな」――洸の優しい笑顔の裏には、底なしの狂気が潜んでいた。 これは、オレが洸の変態的な愛情と執着に、容赦なく絡め取られて、逃げ道を失っていく話。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる

桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」 首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。 レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。 ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。 逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。 マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。 そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。 近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...