ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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十話

ストックホルム症候群

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「52件」
「?」
「昨日までに、スナックおとぎについて問い合わせがあった件数だ」

 食べ終えたと思えばぶっきらぼうに切り出してきた。俺が首を傾げるのに構わず情報屋は続けた。

「多くがいつになったら開店するのかという内容だった。何度も同じやり取りをするのが面倒になって、昨日、新装開店のネタを全面的に流しておいた」
「…つまり、この繁盛っぷりはあんたのおかげってわけか」
「俺というより噂好きの奴らのおかげだ」
「そっか…あんたからしたらただ働きなのに宣伝してくれてありがとな。…これは俺の奢りだ、食ってくれ」

 追加で大盛のカツオのたたきを出すと情報屋は目を輝かせた後、はっと我に返る。

「国枝雷、勘違いするな。宣伝は後払いにしただけで、今からちゃんと徴収するつもりだ」
「えっ、徴収って…怖い事言うなよ…」
「心配するな。前と同じで、情報は情報で返してもらう」
「…というと?」
「ヘブン事件のあんた目線の情報が欲しい」
「!」

 話せる事と話せない事があるが、情報屋は「それでいい」と頷いたので、公式情報として出されてる範囲で俺目線の話をした(フィンやユウキの私的な話は含まず)。情報屋は終始黙って聞き、時々Padにメモをとっていたが、最後まで聞くと唸るような声をあげた。

「良いネタだ」
「あんまり安売りするなよ」
「安心しろ。あんたのネタは高額で取引される。ゴシップとして回る事はない」
「…それはそれで嫌なんだが」
「あんたの意思は俺の商売には関係ない。とにかく他にも良いネタがあればまた聞かせてくれ。なるべく高く買い取る」
「雑談ならともかく、売られるとわかってて話そうとは思わねえって…」
「今回の事で俺の連絡先も消えてるだろうから名刺も置いておこう」
「おい、聞いてんのか」

 情報屋が名刺とつまみの代金を置き立ち上がった。本当に三十分で退出するようだ。流石情報屋、ぶれない。苦笑してると情報屋が「ああ、そうだ」と付け足してくる。

「最後に一つ、見舞い代わりに情報を流してやる」
「!」
「あんたが今回振り回されたヘブンだが、街にばら蒔かれた分は全て回収され、龍神組の倉庫に残っていた分と含めて全て処分された。もちろんレシピもな」
「…とかいってまた誰かが隠し持ってるんじゃねえの?」
「ヘブンの処分は狐ヶ崎と龍神組の取り決めに含まれている。時雨の面子を考えれば手元に残す事はまずありえない。しかもあれだけ表沙汰になった上に、使用方法もインキュバスにしか洗脳・操作できず、裏切られるリスクがある。これらから言っても残すメリットがない」

 そう言われると確かに…と思えてくる。情報屋ならではの説得力だった。

「とにかく、あんたが身を切った意味は十分にあった、という事だ。お人好しもここまでくると“善行”だろう。胸を張るといい」
「…情報屋」
「お大事にな」

 さっぱりとした労いの言葉と共に今度こそ情報屋は去っていった。


 ***


 それからもずっと客が絶えず、情報屋の宣伝効果は恐ろしい程だった。おかげで俺がつじつま合わせの方に行く余裕もなく、グレイと共に嬉しい悲鳴をあげるのだった。このまま客の評判が広がれば今週中には店もいつもの調子に戻るだろう。

 キュッ

 仕事上がりのシャワーを終えて、髪を搔き上げる。顔を軽く拭いてから、タオルを取ろうと扉を開けると…脱衣所に人影があり一瞬思考が停止する。

「フィン…?!」

 まさかの出待ちに驚く俺を、フィンは深刻な顔をしたまま手に持っていたタオルで体を拭いてくる。

「ちょ、自分でできるから…!」

 タオルを奪い手早く拭いてから急いで下着を身に着けた。その間もオレンジの瞳はずっと俺の方へ向けられ、すごく居心地が悪かった。瞳の鋭さも神社で見た時と同じくらい尖ってる。
 (そうか…詳しい話は閉店後にってなってたもんな…)
 
「ライ、先程の事だが」
「ごめん。本当にあれは俺が悪い」
「…弁解しないのか」

 ユウキと抱き合っていた事の弁解。確かに桐谷の事を言えば全て丸く収まる。収まるが…

「ああ、弁解はねえ」

 短く答えれば、フィンは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「どうしてだ…ライは奴の事が好きなのか?」
「んなわけねえだろ。俺が好きなのは…あんただけだ」
「ではどうして奴と抱き合っていたんだ?自分が悪いと言っているが…どうせそういう風に誘導されたんだろう」
「違うって」
「ライ、奴はヤクザだ。マインドコントロールには長けている。たとえ薬を使われてなくても、洗脳下に置かれる可能性は低くない。加えて奴には、昼間の来店もだが、我々を出し抜こうという悪意を感じる。このままではまた奴に洗脳され飼われるのがオチだ」
「何言ってんだよ。ユウキは…もう、そんな事しねえよ」

 いくら俺に固執していても、あれほど強引な手は使ってこない。だがそう信じられるのは“欺くな”という約束を交わした俺とユウキだけなのもわかってる。他人から見れば俺達はとても歪で不安定な関係だ。
 (この言われ様も…仕方のねえ事なんだろうけど…)
 俯いたまま次の言葉に迷っているとフィンが先に口を開いた。

「今の台詞が洗脳されてる良い証拠だ」
「なっ…」
「ストックホルム症候群というのがある。監禁事件などで人質が犯人に共感・愛情を抱く現象だ。…今のライはきっとそれに当たる。本来嫌悪し遠ざけようとするのが正しい反応なのに、今も尚、奴を庇おうとしている。どう見ても健全な状態ではない」
「んな事ねえって…俺は正常だ」
「いいや、そんな状態では忍び寄る危機にも気付けないだろう」

 そういって、ぐいっと腕を引かれる。

「あっ、ちょっ」

 まだズボンを穿けてないのに、無理やり廊下に引き摺りだされてしまった。

「おい!?フィン…!」
「ライには寝室でしばらく待機してもらう。寝食はあそこで問題なくできるし、ライの精神が正常に戻るまでは…私と以外の不用意な外出を控えてもらう」
「はあ?!なんだよそれ…」

 強引に寝室へと引っ張っていかれ、その扉を前に、冗談じゃないと踏ん張り拒絶する。

「あんたまたそれかよ!俺はペットじゃねえんだ!あんたに制限されるいわれはねえよ!」
「ペットでなくとも私の恋人ではある。大切な恋人を危険に晒さない為に、これは必要な処置だ」
「必要な処置って…」

「おいおい、うるせぇなぁ」

 言い争ってると、眼鏡をかけたソルが裏口から顔を出し、耳を塞ぐジェスチャーをしてくる。
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