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二話
なんでここにいるんですか!お兄様!?
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***
きゃはは
ハスキーな笑い声が響き、強い香水が立ち込める店内を、僕はカーテンの隙間から恐る恐る覗き込んだ。
(さっきのネコ…この中に入っていったよね…)
隠れてしまったのかネコの姿はどこにもなかった。どうしよう…と僕は不安になって、必死に店内の隅々まで目を凝らす。二週間前の“ブルームタイム”では怪しさ満点だった店内も、通常時(現在)はよくあるキャバクラぐらいの雰囲気で健全なフロアになっていた。照明も普通の色合いだし、いやらしさは全くない。
(これなら…少し…歩いても怒られないかな…)
今の僕は女装してるし、それなりに露出もしているから、一応キャストとして見てもらえる状態だ。半田店長も僕の好きな所に行っていいって言ってたし(店長付きっていう注釈入りなんだろうけど)、ブルームタイムじゃない今はキャストもスタッフも自由に行き交っている。
これならいける。
僕はタイミングを見てそそーっとスタッフの後ろに隠れながら進んだ。まずは壁沿いの通路を回って、ソファに移動する為のメイン通路も目視で確認する。ただ足元が薄暗いせいで壁沿いからではよく見えなかった。机の下まで確認するならメイン通路を進む必要があるだろう。必死に目を凝らしている途中で、ふと視線を感じて横を向く。
(ん?)
壁沿いのコの字型のソファで談笑するキャストが食い入るようにこちらを見ていたのだ。それは女装状態のシンジで、僕と目が合うとシンジは「なんでいんの???!」と目だけで訴えてくる。僕はすみませんと会釈してそそくさと離れた。シンジは今仕事中だ。プライベートな問題で邪魔するわけにはいかない。
とてて
シンジから離れようと思った僕は、目の前のメイン通路に入った。
(なんか大丈夫そうだしメイン通路も歩いちゃおう)
調子に乗って我が物顔で店内を突っ切っていく。
ガッ
すると、二つ目のソファを通り過ぎようとした時、おもむろに伸びてきた手に腕を掴まれ強制的に足を止めさせられた。
「おい、どうしてお前がここにいる」
低く唸るような声に驚き横を向けば、スーツ姿で仏頂面の…半田望がいた。
(望さん…??!!)
「おーい、半田っちどしたー」
望と同じソファにいるスーツの男が呼びかけてきて、ハッと我に返った。
「…その呼び方やめろ、村田」
「はいはい、ごめんって、同期相手にキレんなよ」
「次言ったらお前の彼女に諸々チクるからな」
「それだけは勘弁して~~~」
望が睨みつけると、村田と呼ばれた男はヘラヘラと笑って酒を煽る。すでに顔が真っ赤だった。対して望のグラスはあまり減っていない。…あの酒好きの望が酒を持て余すなんて相当つまらない面子なのだろうか。僕はそこで“望さんと職場の同期”と思われる客へと視線を移した。客は全員で四人。それぞれコの字型ソファの四つ角に座っていて、間に二人のキャストが座っている。
(え……?)
そして僕は、とんでもない事実に気付く。
「ねえねえ、聞いてる~?」
望の斜め前に位置する客とキャストが親し気に腕を絡ませながら会話していた。
「お兄さんも食わず嫌いしないで試してみようよ。うち、プレイもだけど、顔や体にも自信あるんだよ。ほら、女の子みたいで可愛いっしょ?」
「いやー…、悪いけど、うちの弟の方が可愛いな」
「え~!」
「ごめんな。でもあんたもすごく可愛いと思う」
「キャー!!!」
キャストは黄色い悲鳴をあげて客に抱きついた。僕はその客の顔を見て凍り付く。
(え、え…、え……)
(亮兄いいいいいーーーーー?!!)
兄貴だった。
目が飛び出るかと思った。
待って待って聞いてない。
…いや、うん、飲み会で遅くなるってのは聞いた。
(え???!(再度驚愕))
お、…おおお、落ち着け。
兄貴も男だから風俗に行ったっておかしくはない。
生理現象を済ます方法は個人の自由だし、げ、げげ、元気でいいよね。
うんうんうん。
ただ、ただね…??
(なんでよりにもよって遭遇しちゃうわけえええ???)
僕はとんでもない兄フラをかまされ、心の底から「チェンジ!!」と叫ぶのだった。
「通路にずっと立ってると邪魔になるぞ」
望に腕を引っ張られ、ぽすん、と望の隣(ソファ端)に座らされる。亮兄がいるテーブルなんて一秒でも早く退散したかったが、ここでダッシュで逃げたら逆に怪しまれるので(兄貴に)、僕は滝のような冷や汗をかきながらこの修羅場テーブルについた。いや、なんで。ほんとになんで。僕は下を向いてウィッグの前髪で顔を隠すが、バクバクバクと心臓が破裂しそうな程暴れていた。僕が八十歳のおじいちゃんだったら心臓発作を起こして死んでいるレベルのバクバクだ。
(れ、冷静になるんだ!兄貴には女装してるって話してないし…バレるはずがない!!!)
普通の男兄弟なら、町で弟に似てる女性を見かけても「あれ?弟が女装してる?」なんて思わないはずだ。似てるなーぐらいですぐに興味をなくすはず…だが…、
ジーーー
兄貴はこちらを食い入るように見てくる。
(僕の兄貴は普通じゃなかったああああっ)
亮兄は超がつくブラコンだ。それはもう目に入れても痛くないほど僕を謎に溺愛する兄だ。だから、普通の感性を持ち合わせていない。僕に似ている…と思ったら僕かどうか確かめるまで意識をそらす事はないだろう。
(ど、ど、どどうしようっ)
万が一、兄貴にバレる事があれば「女装バレ」からの「風俗店デビュー」がドミノ倒しで暴かれる事になるので、僕の人生は終焉を迎える。死ぬのではなく、一生兄に頭が上がらない人生になるという意味だ。むしろ家から出してもらえなくなるかもしれない。
(どうにかして、亮兄に違和感を抱かせる事なくここを切り抜けないと…!!)
色んな意味で地獄となってしまう。
「顔色悪いぞ、大丈夫か?」
望が心配するように覗き込んできた。この前と違ってスーツだから雰囲気も違って見えた。なんというか、ますます半田店長に似ていて…格好いい。焦りすぎて涙目になっていた僕は上目遣いでチラリと望を見つめる。
「えっと…(小声)」
「体調悪いのか、うー」
ウタ、と呼ばれかけて僕は慌ててその口を手で覆った。望は眉間に皴を寄せ「何をする」と睨んでくる。
「シー!!!望さんッ、シー!(小声)」
「ん??」
恐る恐る兄の方を見れば、
じいっ…
「!!」
兄貴はやはりこちらを見ていた。隣のキャストの話を聞きつつも、不快にならない程度に僕の方を盗み見てくる。話し声はBGMがうるさめのが流れてるおかげでお互い聞こえてないみたいだが、兄貴は必死に“僕が僕じゃないのか”必死に探りを入れているようだった。
(ひいいいむりむり怖いッ!亮兄怖い!!)
前回は兄貴に助けを求めたのに、今回はまさか真逆の事を思うなんて…、人生って摩訶不思議である。
ぬるっ
「うひゃっ…!?」
ふと、掌に濡れた感覚がして、思わず声が漏れた。望が唇を覆う僕の掌を舐めてきたのだ。慌てて手をどければ
「何するんだよ、うー…」
「!!!」
またすぐ名前を呼ばれかけて慌てて望の口を覆った。僕が真っ青な顔で首を振っていると、やっと望も気づいたのか、チラリと同期達の方を見て(てか兄貴と望さん同期だったんだ…)、小さく頷いてくる。望の察しの良さを信じて手を離すと、今度はウタと呼ばれなかった。ホッと胸を撫で下ろす。
ぐいっ
「!」
腰に腕を回された。不意な接触にドキリとするが、すぐに思い直す。
(さっきまでの僕、望さんの口を覆ったり、立ったり座ったりして挙動不審な事をしていたから…これくらい“客とキャスト”らしい事しないと怪しまれるよね…)
そこまで理解したところで僕はコテンと望の肩に寄りかかった。
きゃはは
ハスキーな笑い声が響き、強い香水が立ち込める店内を、僕はカーテンの隙間から恐る恐る覗き込んだ。
(さっきのネコ…この中に入っていったよね…)
隠れてしまったのかネコの姿はどこにもなかった。どうしよう…と僕は不安になって、必死に店内の隅々まで目を凝らす。二週間前の“ブルームタイム”では怪しさ満点だった店内も、通常時(現在)はよくあるキャバクラぐらいの雰囲気で健全なフロアになっていた。照明も普通の色合いだし、いやらしさは全くない。
(これなら…少し…歩いても怒られないかな…)
今の僕は女装してるし、それなりに露出もしているから、一応キャストとして見てもらえる状態だ。半田店長も僕の好きな所に行っていいって言ってたし(店長付きっていう注釈入りなんだろうけど)、ブルームタイムじゃない今はキャストもスタッフも自由に行き交っている。
これならいける。
僕はタイミングを見てそそーっとスタッフの後ろに隠れながら進んだ。まずは壁沿いの通路を回って、ソファに移動する為のメイン通路も目視で確認する。ただ足元が薄暗いせいで壁沿いからではよく見えなかった。机の下まで確認するならメイン通路を進む必要があるだろう。必死に目を凝らしている途中で、ふと視線を感じて横を向く。
(ん?)
壁沿いのコの字型のソファで談笑するキャストが食い入るようにこちらを見ていたのだ。それは女装状態のシンジで、僕と目が合うとシンジは「なんでいんの???!」と目だけで訴えてくる。僕はすみませんと会釈してそそくさと離れた。シンジは今仕事中だ。プライベートな問題で邪魔するわけにはいかない。
とてて
シンジから離れようと思った僕は、目の前のメイン通路に入った。
(なんか大丈夫そうだしメイン通路も歩いちゃおう)
調子に乗って我が物顔で店内を突っ切っていく。
ガッ
すると、二つ目のソファを通り過ぎようとした時、おもむろに伸びてきた手に腕を掴まれ強制的に足を止めさせられた。
「おい、どうしてお前がここにいる」
低く唸るような声に驚き横を向けば、スーツ姿で仏頂面の…半田望がいた。
(望さん…??!!)
「おーい、半田っちどしたー」
望と同じソファにいるスーツの男が呼びかけてきて、ハッと我に返った。
「…その呼び方やめろ、村田」
「はいはい、ごめんって、同期相手にキレんなよ」
「次言ったらお前の彼女に諸々チクるからな」
「それだけは勘弁して~~~」
望が睨みつけると、村田と呼ばれた男はヘラヘラと笑って酒を煽る。すでに顔が真っ赤だった。対して望のグラスはあまり減っていない。…あの酒好きの望が酒を持て余すなんて相当つまらない面子なのだろうか。僕はそこで“望さんと職場の同期”と思われる客へと視線を移した。客は全員で四人。それぞれコの字型ソファの四つ角に座っていて、間に二人のキャストが座っている。
(え……?)
そして僕は、とんでもない事実に気付く。
「ねえねえ、聞いてる~?」
望の斜め前に位置する客とキャストが親し気に腕を絡ませながら会話していた。
「お兄さんも食わず嫌いしないで試してみようよ。うち、プレイもだけど、顔や体にも自信あるんだよ。ほら、女の子みたいで可愛いっしょ?」
「いやー…、悪いけど、うちの弟の方が可愛いな」
「え~!」
「ごめんな。でもあんたもすごく可愛いと思う」
「キャー!!!」
キャストは黄色い悲鳴をあげて客に抱きついた。僕はその客の顔を見て凍り付く。
(え、え…、え……)
(亮兄いいいいいーーーーー?!!)
兄貴だった。
目が飛び出るかと思った。
待って待って聞いてない。
…いや、うん、飲み会で遅くなるってのは聞いた。
(え???!(再度驚愕))
お、…おおお、落ち着け。
兄貴も男だから風俗に行ったっておかしくはない。
生理現象を済ます方法は個人の自由だし、げ、げげ、元気でいいよね。
うんうんうん。
ただ、ただね…??
(なんでよりにもよって遭遇しちゃうわけえええ???)
僕はとんでもない兄フラをかまされ、心の底から「チェンジ!!」と叫ぶのだった。
「通路にずっと立ってると邪魔になるぞ」
望に腕を引っ張られ、ぽすん、と望の隣(ソファ端)に座らされる。亮兄がいるテーブルなんて一秒でも早く退散したかったが、ここでダッシュで逃げたら逆に怪しまれるので(兄貴に)、僕は滝のような冷や汗をかきながらこの修羅場テーブルについた。いや、なんで。ほんとになんで。僕は下を向いてウィッグの前髪で顔を隠すが、バクバクバクと心臓が破裂しそうな程暴れていた。僕が八十歳のおじいちゃんだったら心臓発作を起こして死んでいるレベルのバクバクだ。
(れ、冷静になるんだ!兄貴には女装してるって話してないし…バレるはずがない!!!)
普通の男兄弟なら、町で弟に似てる女性を見かけても「あれ?弟が女装してる?」なんて思わないはずだ。似てるなーぐらいですぐに興味をなくすはず…だが…、
ジーーー
兄貴はこちらを食い入るように見てくる。
(僕の兄貴は普通じゃなかったああああっ)
亮兄は超がつくブラコンだ。それはもう目に入れても痛くないほど僕を謎に溺愛する兄だ。だから、普通の感性を持ち合わせていない。僕に似ている…と思ったら僕かどうか確かめるまで意識をそらす事はないだろう。
(ど、ど、どどうしようっ)
万が一、兄貴にバレる事があれば「女装バレ」からの「風俗店デビュー」がドミノ倒しで暴かれる事になるので、僕の人生は終焉を迎える。死ぬのではなく、一生兄に頭が上がらない人生になるという意味だ。むしろ家から出してもらえなくなるかもしれない。
(どうにかして、亮兄に違和感を抱かせる事なくここを切り抜けないと…!!)
色んな意味で地獄となってしまう。
「顔色悪いぞ、大丈夫か?」
望が心配するように覗き込んできた。この前と違ってスーツだから雰囲気も違って見えた。なんというか、ますます半田店長に似ていて…格好いい。焦りすぎて涙目になっていた僕は上目遣いでチラリと望を見つめる。
「えっと…(小声)」
「体調悪いのか、うー」
ウタ、と呼ばれかけて僕は慌ててその口を手で覆った。望は眉間に皴を寄せ「何をする」と睨んでくる。
「シー!!!望さんッ、シー!(小声)」
「ん??」
恐る恐る兄の方を見れば、
じいっ…
「!!」
兄貴はやはりこちらを見ていた。隣のキャストの話を聞きつつも、不快にならない程度に僕の方を盗み見てくる。話し声はBGMがうるさめのが流れてるおかげでお互い聞こえてないみたいだが、兄貴は必死に“僕が僕じゃないのか”必死に探りを入れているようだった。
(ひいいいむりむり怖いッ!亮兄怖い!!)
前回は兄貴に助けを求めたのに、今回はまさか真逆の事を思うなんて…、人生って摩訶不思議である。
ぬるっ
「うひゃっ…!?」
ふと、掌に濡れた感覚がして、思わず声が漏れた。望が唇を覆う僕の掌を舐めてきたのだ。慌てて手をどければ
「何するんだよ、うー…」
「!!!」
またすぐ名前を呼ばれかけて慌てて望の口を覆った。僕が真っ青な顔で首を振っていると、やっと望も気づいたのか、チラリと同期達の方を見て(てか兄貴と望さん同期だったんだ…)、小さく頷いてくる。望の察しの良さを信じて手を離すと、今度はウタと呼ばれなかった。ホッと胸を撫で下ろす。
ぐいっ
「!」
腰に腕を回された。不意な接触にドキリとするが、すぐに思い直す。
(さっきまでの僕、望さんの口を覆ったり、立ったり座ったりして挙動不審な事をしていたから…これくらい“客とキャスト”らしい事しないと怪しまれるよね…)
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