健気な男の子が、優しい警察官と幸せになる話

藤ノはな

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第一章

第三話

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 雫は資産家の両親のもとに生まれた。
 幼い頃から幼児教室に通わされ、ピアノ、水泳、絵画教室。両親は雫にどんな才能があるのかと、期待しながら探していたのかも知れない。結局、雫に才能があるとすれば、料理くらいだったが。
 両親は悪い人間ではなかった。
 雫は幼い頃、少しも寂しい思いをしたことがなかったし、両親も雫を愛してくれていた、本当のことだ。
 しかしある時から、両親は喧嘩をすることが増えた。
 雫はそんな状況が初めてで、部屋の隅で怯えて、何もできなかった。
 家政婦がやってきて、怖がって涙を流す雫を慰める。そんなことが増えた。
 その家政婦も、ある日から来なくなったけれど。
 雫は幼いながらに、どこかで歯車が狂っていることに気づいていた。
 そして、ある日、母が祖父母に自分を預けたのだ。
『すぐ迎えに来るから、いい子で待っててね。おじいちゃんとおばあちゃんの言うことをよく聞くのよ』
 祖父母は自分の娘に一体何があったのか、聞き出そうとしていた。でも母は何も答えず、今日、友人とお茶へ行くとだけ言うのだ。
 そうして、雫の額にキスをして、母は去って行った。
 その日、江藤の家は燃えた。
 雫の両親は、焼身自殺をしたのだ。
 幸いなことに、火が他の家へ移る、ということはなかった。
 しかし二人は救われることなく、炭の塊として見つかったのだ。
 雫は最初、両親の死を理解できなかった。
 しかし葬式で、両親が投資詐欺にあったのだということを盗み聞きした。
 詐欺。
 小学二年生の雫でもわかった。
 両親は騙されたのだ。
 そして膨大なお金を失ったらしい。
 それを苦に、両親は焼身自殺をした。
 歳を経るにつれ、両親の死の真実が明かされていく。
 両親を騙した投資詐欺グループはすでに逮捕済みで、裁判も終わっていると聞いたのは、祖母が亡くなる前のことだった。
 祖母は雫が高校一年生の時にこの世を去った。
 だから、全て教えて、命を終えたのだ。
 雫はどうしていいかわからなかった。
 一年ほど経って、心の傷が癒えたころ。
 雫は祖母に言われた通りの場所に、墓参りに行った。
 他よりも一回り、二回り大きい墓に、両親の骨は納められているらしかった。
 そこで、初めて、雫は両親がこの世にいないことを自覚したのだ。
 今まで、ずっと、どこかで生きているような気がしていた。
 けれど、両親はもう十年近く、ただの骨だったのだ。
 雫の成長を見ることもなく。

 祖母が亡くなってから、いよいよ、雫はなんのために生きているのかわからなくなっていた。
 もう、死んでもいいだろうか。
 楽になる自分を想像することもあった。
 でもここまで育ててくれた祖父と祖母は、孫に自殺をして欲しくて育てたのではない。それはわかっている。
 強く生きねばならない。
 そう思って、祖母が亡くなってから休んでいた学校に行き始めた。
 そして、今より時給のいいアルバイト先はないかと探し、雫は新たな救いに出会うことになったのだ。
 一つ目の幸は祖父母。
 老いた身体で働いて、雫を養ってくれた。
 この世を去る寸前まで、雫に幸せな毎日という夢を見せてくれた。
 そして、二つ目の幸が、雫が面接に行った先に居た創作料理屋の女将だったのだ。
「緊急連絡先の欄、何も書かれてないけど、親御さんは? もしかして黙って働いている訳じゃないわよね」
 その点を突っ込まれるのは承知の上だった。
 雫は淡々と言った。
「両親も祖父母も亡くなってます」
 女将である吉乃は、そんな事実を淡々と述べる雫を放って置けなかったと、のちに語ってくれた。
 そして節約のため、二日何も食べていなかった雫の体調を見抜いて、雑炊までご馳走してくれた。
「明日から、は流石に早すぎるから、明後日から、ここに働きに来て頂戴。夕方五時からね、十時のラストまでね」
「はい」
 そして雫は高校一年生から、三年生になる今まで、ずっと店主である勝男と女将である吉乃のする創作料理屋「ゆうどき」で働き続けた。
 店主である勝男は面接にさえ出てこなかったものの、優しい男で、雫の苦労を労り、いつも賄いの残りを持って帰らせてくれる。
 口数が多い訳ではないが、吉乃を大切にし、そしてそんな勝男を吉乃は愛しているのだろうと持っていた。
 昨日までは。
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