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「ひぃ」

お、怒った?どうしよう、怒らせた……。
知っている。ただでさえろくなことが起きないのに、誰かを怒らせたら、もっとひどい目に遭う。享年18歳の人生で、そのことが身に染みて分かっていた。

「や、いや、ご、ごめ、なさ、おこ、怒んないでぇ……」
「っ、違うよ、シエル。怒ってない」
「ふ、ぇ、うぐ、ほ、ほんと、に……?」
「本当だよ。ただ心配なだけだ。怖がらせてごめんよ。ゼインにも言われたことがある、私は真顔になると怖いって」
「ふ、ぐ、うぅ……」

シルヴァンの口から出た秘書の名前にぎくりとする。
身分や立場の違いをさんざん教え込まれたせいもあるし、軽口を叩けるような仲だと知らされて、変に焦ってしまう。
向こうは、10年。俺はたったの数時間。
シルヴァンと過ごした時間の長さや重みが違う。違いすぎる。

「……ゼインにひどいことを言われたんだね?」
「ち、ちが、ちがい、ます、あ、あの人、は、ただ、ほんと、うの、こ、ことを言っただけ、で……」
「本当のことって?」
「シルヴァンが、こ、公爵?だと、か、ほ、ほんと、なら、俺が、くち、きけるような、あ、相手じゃない、とか、身のほどを、わき、わきまえる、ように、って、ぜ、んぶ、ほ、ほんとの、こと、だからあ」
「……まったく、あの子は。あとで叱っておくよ」
「あっ……!だ、だめ、そうゆうの、い、いらない、です」
「どうして?ゼインはきみにすごく失礼なことを言ったんだよ」
「だ、て、だって、そんな、つ、告げ口、ば、ばれたら、しかえし、される」
「ゼインはそんなことしないよ」
「ぅ~~~、するも、んん~~~~~!」

シルヴァンがゼインを庇った。
そのことに、思いのほかショックを受ける。

「困ったな。どうしたら泣き止んでくれるのかな、私の救世主様は」
「お、俺のゆうこと、きいて、くれ、たら」
「うん?」
「ひ、秘書のひと、叱らない、で、いい……から、だから、だから、」

感情が爆発して、でもやっぱりうまく話せなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
これから自分が何を言おうとしているのか、自分でも分からない。

「ま、魔法の、本、翻訳し終わるまで、お、俺を、そばに、お、おい、てください……身分、ち、違う、とか、わか、てる、けど、俺、俺、は」

百科全書の翻訳が終わったら、俺は救世主からただの冴えない男に戻ってしまう。星野志得という、陰気な男に。
そうなったらお払い箱だろうし、元の世界に帰る方法が見つかれば、さっさと帰れと言われるだろう。
せめて、救世主でいられる間だけは、シルヴァンに優しくされていたかった。
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