上 下
9 / 11

しおりを挟む


 へこんでるあんたに追い打ちかけちまいますが……真っ正面から聞いても、あんたは飄々と流して言ってくれないと思うんで……ちょっと、カマかけさせてもらいます。

「あんたが何を思って俺を襲って、しかも退団の覚悟を決めてまで俺とやりたかった理由が、一体何なのか。それ次第ですかね……。わかってますか? あんたがあの日やったのは、ほぼ強姦ですよ。いや、あんたが相手じゃなかったら、俺は間違いなく強姦だと断言します。……あんただったから「強姦まがい」で終わらせますけど」

 団長がうつむいたまま「すまん」と小さくつぶやく。

「そもそもなんで、あんたが、俺を襲えたと思ってるんですか」

 溜息交じりの俺の言葉に、顔を上げた団長が不思議そうに首をかしげた。

「私がお前に対して害意を持ってなかったから、防御魔法が反応しなかったんだろう……?」
「んな訳ありますか。なんですか、その希望的観測。強姦なんて、害意ありまくりじゃないですか」
「害意ではない! お前には気持ちよくなって欲しいとしか思ってなかった」

 真顔でくだらないことを言い放った団長に、思わず鼻で笑う。

「アホですか、あんた。そういう問題じゃないでしょう。乱暴に扱わなくても、同意のない性行為は強姦にしかなりませんよ」
「しかし、突っこんだわけじゃないだろう?!」
「そこ問題じゃないから!! いや、重要ですけどね?! でもそこじゃないです!!」

 身を乗り出して訴える団長を一刀両断する。困ったように眉を下がらせた団長に、わざとらしく溜息をついてみせれば、大きな身体が、うっと小さくたじろいだ。

「なあ、団長。俺はねぇ、それに関してはまだ怒ってるんですよ。本来なら反応するはずの防御魔法が反応しなかった。その意味が、ほんとにあんた、わかんないんですか。もうちょっといつものキレッキレの鋭い頭、ちゃんと使って考えてくださいよ。」

 首をかしげる団長に、溜息をついてから、真正面から見据えた。
 ねえ、団長。俺がどれだけあんたのこと信用してたか、ちったあ思い知れ。それで、キリキリと動機を吐きやがれ。

「俺の防御魔法はあんたの行動を阻止しないように設定してるんですよ。背中合わせて一緒に戦ってると、あんたの動きは予想外すぎるんで。うっかり俺の防御魔法が反応して、あんたの動きを阻害したり、下手したら反発で傷つけることになりかねない。あんたは、俺を傷つけるような動きは絶対にしない。そう信じてたから、だから、俺の防御魔法は、あんたにはきかないんです。つまり、あんたからの攻撃は、防御の対象外なんですよ」
「なんだと……?」

 溜息混じりに伝えると、聞いているうちにどんどんと表情を険しくしていった団長が、怒りをあらわにして叫んだ。

「……お前は馬鹿か!! 何を考えている!!」

 あれ? なんで俺、怒られてんの? しかもこれ、ガチ怒りのヤツだ。
 この話をしたのは、俺がどんだけあんたのこと信用してるか、あんたのやることなら全部受け入れる覚悟があるって事をだな……。え、なんで俺怒られてんの?
 滅多に見ない、団長の本気の怒りに、思わずびびる。なんで団長がこんなに怒り出したのかわからないまま恐怖で背筋が伸びた。

「なぜそんな危険な設定をした……!! 一歩間違えれば死んでいたかもしれないような設定を、なぜ!! 私だってお前のことは信頼している。だからこそ、お前の防御魔法を当てにしてその跳ね返る反動を使って攻撃することだってやりかねなかった!! なぜ今までそれを私に言っておかなかった!! 死にたいのか……!!」

 聞いていれば、怒られる理由がわかんねぇ。んな間抜け、俺がするわけないだろ。あんたの行動は、誰よりも一番に気にかけてるって言うのに。それよりも俺を気にしすぎて、あんたが思うように動けない方が問題だっつーの。
 腹立たしげに目を向けてくる団長の目の前に立ち、真っ直ぐににらみ返す。

「……実際、そんなことしなかったでしょう、あんた。それに、そういう場合はちゃんと俺だって自動防御じゃなく、意識的に防御するんで大丈夫ですよ。対応できるだけの能力はあるつもりです」
「死角に入ることもあるだろう!!」
「その時は俺の自業自得です。考えが甘かったってだけで。それはあんたの責任じゃない」

 その瞬間、団長が俺の言葉を遮るように壁を殴りつけた。その怒りの大きさに思わず口ごもったところで怒号がとんできた。

「ふざけるな!! そういう問題ではない!! いいか。今すぐその設定を改めろ!! 私の他に、そんな設定対象の者はいるのか? いるのなら、それも今すぐ改めろ!! 私はお前より強い!! お前にそこまで気を使われる筋合いはない!!」

 なんだよ、それ……。
 実力を認められていないのだと思うと、情けなさにへこんできた。

「……そこまで、言いますか」

 脱力して、思わず情けない顔になってしまう。なのに、団長は顔を強ばらせたまま、まだも俺を怒鳴りつけてくる。

「言うに決まっている!! 万が一、万が一でもだ……!! 私がお前を殺してしまったら、私は……!! 私はっ、生きていけない……!!」

 激しすぎるほどの怒りをあらわにしてそう叫んだ団長の顔は青ざめ、俺の肩を掴む手がわずかに震えている。
 その言葉に、虚を突かれ、戸惑いながら青ざめた顔を見た。
 なんだ、それは……どういう意味だ?
 俺が死ぬのが死ぬほど怖いとでも……?

 肩を掴んでいた手が、そのまま俺に縋りつくようにかき抱いてくる。
 俺の首に顔を埋めるようにして、団長から抱きしめられながら、呆然として縋りついてくる身体を見下ろす。身体の震えが全身に伝わってくる。震える吐息が耳のすぐ後ろで聞こえる。
 意味がわからない。なぜそんなに怒る。なぜ団長がそんなに俺が死ぬことを恐れる。

「なんで、そんな……そこまで……」

 抱きしめる力がゆるりとほどけた。団長の熱が離れていくことを、少し惜しいなと、意識の片隅でぼんやりと思う。
 目の前に団長の顔がある。伸ばされた手が、くすぐるように俺の頬に触れた。

「……お前は……今更、そんなことを、聞くのか……?」

 泣きそうな顔で笑いながら団長が目をそらす。

「……愛しているからに、決まってるだろう。他に、どんな理由がある……」
「いや……てっきり、欲求不満なのかと」

 思わず本音をこぼせば、団長が力なく笑った。

「馬鹿野郎。それこそ、そんなわけがあるか。なんで欲求不満で、最高の相棒をなくすような真似をするんだよ。どこの阿呆だそいつは。……お前に惚れ込みすぎて、離れるのも一緒にいるのも地獄で、ならいっそのこと、やるだけやって、嫌われようかと思っただけだ。……お前から離れたのなら、あきらめも付く」
「……なんですか、そりゃあ……。そんな明後日方向の結論出すあんたも、十分、阿呆ですよ……」

 呆然としながら、上っ面のやりとりを、二人して力なく交わしていく。
 ハハハ……と、二人で意味のない笑いをこぼす。
 やべぇ、現状についていけない。
 たぶん、俺も団長も、この状況に頭馬鹿になってるんだろう。もう、頭破裂しそうだ。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ご主人様は子猫ちゃんを視姦したい

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:15

嫌われ愛し子が本当に愛されるまで

BL / 連載中 24h.ポイント:733pt お気に入り:5,843

重婚なんてお断り! 絶対に双子の王子を見分けてみせます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,633pt お気に入り:44

AIアプリに射精管理される話

BL / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:557

天使志望の麻衣ちゃん

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:1

折角BL小説の世界に転生したので満喫したいと思います

BL / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:1,631

貴方のために涙は流しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:36,695pt お気に入り:2,385

処理中です...