電車で苦くて甘いヒミツの関係

水瀬かずか

文字の大きさ
28 / 31
後日談

課長が踏み出してしまった一歩の話1

しおりを挟む

 三井さんもこの電車だったのか。

 少し離れたところに先日配属された新人が自分と同じ電車に乗っているのを見つけた。
 ずいぶんと早いな、と思ったのは、自分が乗っている電車は会社に一時間以上早く着く物だったからだ。
 けれど、彼女は少し早めに出社するとはいえ、ここまで早くなかったはずだ。
 首をかしげる先で、彼女は二駅手前で電車を降りていく。
 どうやらそこから歩いているらしいと気付くまで、時折観察するようになったのが、彼女を気にするようになったきっかけだった。




「課長、これですが……」

 今日中に提出予定の書類を持って質問に来た彼女に目をやる。

「ああ、ここはね……」

 いつも通りを装って受け答えをするが、彼女のわずかに上気した頬や、緊張しつつも一生懸命な様子、何より淡く滲ませた好意を向けられて、ほだされないわけがない。可愛い部下を微笑ましく見つめる時期はとおに過ぎて、彼女からにじみ出る好意が、ゆっくりと染みこむように浸透してきて、気がつけば彼女を女性として好ましく思うようになっていた。

 一緒に電車に乗っていることに彼女はいつ気付くだろうと、少し楽しみに彼女の様子を毎朝眺めていたのだが、一向に気付く気配がない。

 もしかしたら服装のせいもあったかもしれない。
 通勤時、俺の服装は基本的に私服だった。スーツは堅苦しくて苦手なため、会社にスーツを常備し出勤してから着替えるようにしている。
 普段から、プライベートと会社仕様では、印象が違うと言われることが多かった。会社ではコンタクトをしてきっちりとスーツを着て、髪も後ろに流してあり、相応に落ち着いている印象があるらしい。仕事には関係のない友人が会社仕様の俺を見ると、「誰」と指を指して笑われたことがある。
 プライベートは極めてカジュアルな物を好んで着る。会社の人間にプライベートであったとき、「課長、ジーパン履くんですね」と言われ、何が珍しいのか理解に苦しんだ。ジーパンもカーゴパンツも、ハーフパンツもジャージも普通にはく。ただオンとオフを切り替えているだけだが、まるでコスプレでもしているかのような反応をされるのは、少しばかり納得しがたい。
 加えて、会社でコンタクトを入れているが、通勤の時は眼鏡をかけ、髪も整えることなく前髪が落ちているので、顔の半分が隠れて人相も違って見えているのかもしれない。

 その事に気付き、ますます、彼女がいつ気付くのか試したくて、声をかけることなく、彼女の指定の場所近くで彼女が乗るのを待つようになった。

 それにしても彼女は鈍かった。すぐそこに密着して俺がいるというのに、全く気付かない。あまり顔を上げて電車内の人の顔を見ている様子がないせいもあるかもしれない。電車では、彼女がスニーカーを履いているためか、いつもより低い位置に頭がある。見上げる角度が違えば、見え方に差があったりするのだろうか。

 思い当たる原因をつらつらと考えながら俺に気付かずにすぐそばにいる彼女に触れる。触れ合っても気にする必要がないのは、満員電車の特権かもしれない。
 俺がすぐそばにいて、毎日見ていたと知ったら、彼女はどんな反応をするだろう。
 満員電車にゆられながら、少しだけ彼女を周りの圧迫から守るのが、密かな楽しみだった。

 以前は、時折スーツで出社することもあったのだが、スーツで出社すると彼女にばれるかもしれないと思い、時には満員電車の中スーツを携帯しての出社になることもあった。
 ばかばかしいことをしていると思うが、彼女のそばで、彼女がなんの気兼ねもなく、電車の人混みに押されてぴったりと身体をくっつけてくるこの楽しみは捨てがたかった。

 気がついたときには、彼女のことが気になって仕方がなくなっていた。彼女の好意にほだされただけではない。時折眠そうに小さくあくびをする少し幼い表情や、うつむき加減に足を踏ん張って電車の揺れに立ち向かうようにしている姿や、無防備な彼女の様子がことごとくツボにはまった。
 部下だと思い、そういう対象に見るつもりはなかったが、元々が好みだったのがいけなかった。そうなると仕事中も彼女の何気ない様子が微笑ましく目がいってしまう。
 末期だ。
 そんな自分を苦笑する。彼女が可愛くてたまらない。「三井さん」と名字で呼ぶのすらもどかしい。名前を呼んでこちらを振り向かせたい。「香奈」と呼んだなら、彼女はどんな顔をするだろう。それだけで頬を染めてうつむきそうだ、などと想像してにやけてしまう始末。
 重傷だ。




 その日も、彼女のすぐ脇に場所を陣取って、二人並んで満員電車にゆられていた。
 カーブの時、いつも踏ん張る彼女が珍しく足下のバランスを崩したようで、俺の方に倒れるようにもたれかかってきた。反射的に抱き留めるように動くと、腕の中で彼女がぴくりと震えた。うつむき、耳が赤くなっていくのが目に映る。

「すみません」

 小さく呟いてこちらの顔を見ることもなく、けれど少しだけこちらに顔を向けペコリと頭を下げる。満員電車で体重かけられて謝られたのは初めてだ。電車の揺れに身をまかせるのになれていないのか、それとも支えるように動いたことに気付かれたのか。そんな様子さえ微笑ましい。

「どういたしまして」

 さすがに気付くかな、と、囁くように声を返してみれば、びくんと体を震わせただけで、こちらを向くことなく、うつむけた頭を少しかしげて答えるのみだった。

 これでもまだ気付かないのか。

 苦笑しつつも、そんな一方的な掛け合いを楽しむ。
 今日はもう気付くことはないだろうと、回した腕を納めようとしたときだった。
 少し早めの時間帯、満員電車といっても、それなりに動く余地はある。それでも動けば人に触れてしまう程度には密度が高い。そんな状態で腕を動かすと、意図せずに彼女に触れることになった。
 それがどうやら彼女の臀部にあたったと気付いたのは、彼女がぴくんと震え「ぁ……っ」と小さな悲鳴を上げたせいだった。

「……」

 満員電車もいい仕事をしてくれるなどと思ったのは一瞬。斜め後ろから見る彼女の顔も頬も真っ赤になっているのを見て、ぴんと来た。
 反応した自身を恥じているのではないか、と。
 手に触れた彼女のおしりの柔らかさを思い返す。口元がほころびるように弧を描くのを自覚する。

 彼女は、触れられたことに、感じたからこそ恥じている。
 それを確信したところでこらえきれないイタズラ心が込み上げてくる。もう少し触れてみたら、彼女はどんな反応をするのかと。
 理性は駄目だと訴えてくるが、赤くなって震えている彼女を前に、どうしようもなく嗜虐心が刺激される。
 収めかけた腕を再び伸ばし、先ほど触れた臀部の丸みへと指を滑らせてみる。
 再びぴくんと彼女が震えた。

 ゾクゾクとした興奮が込み上げてきた。してはいけないことをしている背徳感、これは犯罪だという現実への忌避感、けれどだからこそ欲しくなるのは人の性か。震える彼女に浮かんでいるのが嫌悪感でないことが拍車をかけた。赤くはなっているが、もじもじと動く姿は、居心地の悪そうでありながら、感じている様子がたまらない色気となって俺を突き動かす。

 香奈。

 ずっと呼びたいと思っていた彼女の名前を心の中で呼びかける。

 ねぇ、俺を感じて。俺の指で気持ちよくなって、俺を欲しがって。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...