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序章
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西暦1582年6月21日、天正10年6月2日早朝、日がまだ登りきらない薄暗い時刻、その場所は、あたり一面、業火の海と化していた。
「…お館様、まもなく、あの裏切り者の手勢が、ここまで押し寄せてまいります。‥も、もはやこれまでかと…。」
そう恭しく語ったその男の肩口には、矢が突き刺さっていて、業火の中を駆け抜けてきたそのせいか、その男の着ている衣服は、焼け焦げ後さえみられる。
お館様と呼ばれた男の前で、その男は片膝をつき、息も絶え絶えになりながら悔しさを滲ませそう告げ終えた。
「‥蘭丸、そちは降伏し、生き延びよ。」
「お館様、何を仰いますか。‥この蘭丸をなぜに一緒に死なせては、くれませぬのか。」
お館様と呼ばれるその男は、『ふっ』と息をはき出し、笑いながらいった。
「奴に、わしの首だけは、やるわけにはいかんの。…蘭丸、わしの首をはね、火の中に投げ込むのじゃ。‥後は、好きにするがよい。」
「‥お館様…。」
その時であった。今にも火が燃え移ってきそうなこの部屋の向こう側から大きな音がしたのであった。決して存在するはずのない、壁の向こう側からであった。
そして、再び聞こえたその音と共に壁が崩れだしたのである。
「信長様、ご無事ですか?」
崩れた壁の中から現れたのは、まだ、髭さえ生えきらない、どう見ても少年と言わざるを得ない人物であった。
「‥さあ、信長様も蘭丸殿も早くこちらへ。」
「はっははは‥、重治、お前はわしが困ると現れおる。同じ現れるなら、もうちょっと早くこぬか。このなりを見よ。着物から頭から焦げてしまったわい。はっはははは。」
最後の時と覚悟していた二人は、火の海と化していたその場所、燃え盛る本能寺から姿を消していった。
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