裏信長記 (少しぐらい歴史に強くたって現実は厳しいんです)

ろくさん

文字の大きさ
3 / 104

二話 時を越えて

しおりを挟む




ただひたすらに歩くだけの頭の中は、混乱を越え、既に麻痺してしまい考えることすらできなくなっていた。
ただ、わからない事だらけの不安が呼び起こす恐怖の中で…。


重治は、歩いた。
ただ、ひたすら歩き続けた。


最初のうちは、周りに細心の注意を払いながら歩いたものの、やがて速まるその足並みは、速まって、速まって、走る速さへと近づいていった。



そんな時、どこからか人の声が、かすかに聞こえてきた。


重治の今いる場所からは、それを確認する事はできない。それは、一人のものではなく複数、それもかなりの人数だと思われる声であった。

『助かった。』重治は、そう思った。

重治の心は安堵感でいっぱいになっていった。


『やっと人に会える。』

自然、重治の足はどんどん速まった。


理解し難い出来事によって、突然、放り出された場所。
一人きりでいることに対しての不安と恐怖で心の中をすべて支配されていたからだ。


「おーい、おーい。」


重治は、遠くにやっと確認できた人影に、手を振った。ひたすらに大声で叫びながら、必死でその人影に向かって走って近づいていった。



人影がはっきりするにつれ重治の走る速さがゆっくりとなっていった。

その見える群集が映画の撮影か何かではないかと、重治に錯覚をさせていた。
いや、そうであることを願うしかなかった。


今、自分の視界に入っている人達は、現代人とはかけ離れた、いでたちで普通まず見ることのない姿であった。

その姿が、映画か何かの撮影でないのであれば、今いる場所、状況は現代ではないことを意味してしまう事になる。


重治の歩みは、さらに遅くなり、やがてスローモーションのようになり、そして止まった。



重治の側からの発見の瞬間は、当然見られていた側からも認識してしまったという瞬間でもある。


「‥そやつを捕らえよ。傷付けず、ここにつれて参れ。」


その重治にも届く叫び声が聞こえるや否や、どこからどうみても戦国時代の武将さながらの装いの10人、いや、それよりももっと数多い者達に重治は、一斉に囲まれることになる。


重治は、混乱していた。


『今は現代ではない?』
『目の前にいるのは戦国時代の武将?』
『そして…、ピンチ?!』


「わー、ちょっと、タンマ、タンマ。抵抗しません、いたくしないでー。」


重治は、多勢に無勢。すぐに覚悟を決め、最初から逃げる事よりも相手の出方に合わせることを選んだのである。
その事により、より正確な状況を得ようと考えたのであった。


それは、長年に渡って家訓により鍛えられる事になった能力のお蔭だったのかも知れない。


今まさに、TVや書物でしか見ることのできない、刀を腰に携えた戦国武将であろう人間が自分の周りを取り囲まんとしている。
そんな、こんな非常時でさえ、状況把握、分析を冷静にすることができたのである。


そして、自分を捕らえよと命じた者の前に、重治は突き出されることになった。


「‥若、捕まえてまいりました。」

「犬千代、万千代、離してやれ。」

「はっ。」


二人の武将に両脇をがっちりと固められ、若と呼ばれる者の前に重治はひざまずかされた。


犬千代に万千代。重治には、確かに記憶した覚えのある名前であった。

重治の頭は、混乱するなか、精一杯のフル回転をさせて、ある答えを導き出した。

犬千代。前田犬千代、後の前田利家。加賀百万石の大大名である。
そして、万千代。丹羽万千代、後の丹羽長秀、信長四天王が一人、鬼五郎佐でまちがいない。


そうなると、当然、目の前にいる、いやおられる方は、心の師、尊敬してやまない、織田上総の助信長様。なぜか俄かに親近感を感じ始める重治だった。


「お前は、どこの間者だ。」

「………」


たとえ親近感を感じようとも状況を考えると、おいそれといい加減に答えるわけには、とてもいかない。


「なぜ、その様な奇妙ななりをしておる。」

「なんじゃ、その履き物は。」


矢継ぎ早の質問攻撃である。
その時に、無意識のうちに、つい思わず口から出た言葉が、


「‥ほんとの信長?」



両脇に仁王立つ武将が刀を抜く音が聞こえた。

重治は、にわかに緊張した。いつ抜かれた刀が振り下ろされるやも知れぬのだ。

今、信長の機嫌を損ねることは、即、自分の命を危うくすることに繋がる。否が応でも重治の緊張は高まっていく。


刀を抜いて構える両脇の二人に、細心の注意を払いつつ、信長に対しては一言、一言を選びながら、重治はゆっくりと語り始めた。


「おれ、いや、私は決して怪しい者ではなく‥、どこの間者でもありません。」

「はははは、そんなことは、そのほうの格好を見れば解るわ。わしも歌舞伎ものと言われるが、その様な奇妙な出で立ち、見たこともないわ。」


重治の頭の中は、会話を交わすその間も、フル回転していた。

信長が、若と呼ばれているということは、父親の信秀が未だ生存していて、信長が織田を継ぐ前の時代である。


信長の父、信秀は美濃のマムシと呼ばれる斎藤道三が争っていた。

その信秀の死後、信長が父親から家督を継いだ年齢が十九歳。
そして、尾張を治めるため、本家筋の信友を攻め従わせ、弟の信行をも殺害する。


今の信長の状況を知ることが、身の安全に繋がることであると、重治コンピューターは結論づけていた。

根拠の全くない、至って頼りのないものでは有りはしたのだが…。


「‥信長様は、今の尾張の置かれた状況をどうお考えですか。…私には、私には、これから起こる出来事を視ることができまする。」


重治は、使い慣れない言葉に何度も舌を噛みそうになりながら、そう、信長に語った。

その言葉が見事に信長の琴線にかかったようであった。



「‥ほほう、これから起こる事がわかるとな…。」


信長は、ニヤリと笑った。

それが合図となった。
それまで、重治の両脇に控えていた、犬千代、万千代が構えていた刀を勢いよく振り下ろしたのである。


重治は、自分の左右からの殺気のが強まった一瞬で、自分の言葉の選択が間違ったことに、すぐに気づいた。


重治は、命のかかった緊張の中、より集中を高め、自分の周りのすべての出来事に対する空気の流れを捉えていた。
水面が鏡のようになるがごとく、心静かに研ぎ澄まされていくなか、亡くなった爺様の言葉が思い出されてていた。



「いいかい、治や。怖いと思ったら駄目なんじゃ。」

「でも爺様。刀は切れるし、血が出ちゃうよ。」

「当たらないように、よおうく見るんだ…。怖いと思うと目を瞑ることもあるだろうし、体が自分の思い通りに動かなくなるんじゃよ。」


重治の爺様は、元は戦国時代にまで遡るという実践古武術を継承していた。

そしてそれは、重治も幼き頃より爺様に手ほどきを受け、ずっと修行を積んできた継承者でもあったのだ。


「治や、集中じゃ集中。」


爺様の声が頭に響いた。

重治の体は、頭が考えるよりも素早く反応した。

わずかにだが、万千代より早く振り下ろされだした犬千代ほうに向かっていた。

体を傾けるその体重移動を利用して、立ち上がり、振り下ろされてくる刀より早く懐に入り込む。それと同時に手元を跳ね上げた。
そして、間髪入れず、拳をみぞおちへと打ち込んでいた。

その後、重治は、体を入れ替えて、犬千代を盾として万千代の方へ重治は突き出した。

突き出された万千代は、当然、剣崎がにぶり、重治を切りに、踏み出すことに躊躇せざるを得ない。その結果、犬千代と万千代は、交錯ぶつかり、合い倒れる結果となったのであった。


ぱちぱちぱちぱち。
手をたたく音が重治の耳に届いて聞こえた。

その手を叩く音が響いたあと、重治の周りを遠巻きにして囲んでいた者達の殺気が消えた。


「はっははは、見事、見事。‥見たこともない技を使いよる。」


信長は、うずくまる2人に目で合図を送った。

犬、万ふたりの千代は、重治を睨みつけながら、立ち上がり、そして拾い上げた刀を鞘に収めた。


「…おぬし、なかなかやるな。」


犬千代は、ニヤリと重治に微笑みかけた。


『‥おいおい、前田利家が、俺のこと誉めてるよ。あの百万石の大名様がだぜ!こりゃあ、もう爺様に感謝、感謝だ。』

重治は心の中で、そう感慨にふけっていた。


信長にとっては、ほんの遊びのつもりだったのであろう。
険しい顔ひとつする訳ではなく、二人が重治にあしらわれるさまを楽しげに眺めていたのであった。


「そのほう、名を何と申す。」

「えっ、おれ?‥あっ、はい。竹中重治といいます。」

「よし、重治。わしの家来になれ。」

「へ?!………。」

「‥勝三郎。こやつの面倒、そちが見よ。」


信長の気まぐれからくる一言で、重治は、この時より信長の家臣、武士になることになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚… スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて… 気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。 愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。 生きていればいつかは幼馴染達とまた会える! 愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」 幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。 愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。 はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

真田源三郎の休日

神光寺かをり
歴史・時代
信濃の小さな国衆(豪族)に過ぎない真田家は、甲斐の一大勢力・武田家の庇護のもと、どうにかこうにか生きていた。 ……のだが、頼りの武田家が滅亡した! 家名存続のため、真田家当主・昌幸が選んだのは、なんと武田家を滅ぼした織田信長への従属! ところがところが、速攻で本能寺の変が発生、織田信長は死亡してしまう。 こちらの選択によっては、真田家は――そして信州・甲州・上州の諸家は――あっという間に滅亡しかねない。 そして信之自身、最近出来たばかりの親友と槍を合わせることになる可能性が出てきた。 16歳の少年はこの連続ピンチを無事に乗り越えられるのか?

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

神様、ありがとう! 2度目の人生は破滅経験者として

たぬきち25番
ファンタジー
流されるままに生きたノルン伯爵家の領主レオナルドは貢いだ女性に捨てられ、領政に失敗、全てを失い26年の生涯を自らの手で終えたはずだった。 だが――気が付くと時間が巻き戻っていた。 一度目では騙されて振られた。 さらに自分の力不足で全てを失った。 だが過去を知っている今、もうみじめな思いはしたくない。 ※他サイト様にも公開しております。 ※※皆様、ありがとう! HOTランキング1位に!!読んで下さって本当にありがとうございます!!※※ ※※皆様、ありがとう! 完結ランキング(ファンタジー・SF部門)1位に!!読んで下さって本当にありがとうございます!!※※

処理中です...