84 / 104
五十一話 信康処刑(その四)
しおりを挟む育った境遇のせいなのか、はたまた元からあった性格ゆえなのか、とにもかくにも、才蔵という子供は、誰とも馴染むことなく、常に一人きりでいる事の多い子供であった。
そんな才蔵が、心を許すのが、兄である伊蔵と弟の末松。
そして、今、思い出という記憶の片隅にある名前、秀と言う少年の友がいた。
たった一人の心許す友。
拒絶しても拒絶しても、気がつけばいつもそばにいてくれた。
苦しい時も悲しい時も、そして嬉しい時にも、気がつけば必ずそばにいて微笑みかけてくれた友。
忍びの世界に友情など存在しないと、どれだけ教え込まれてもなお、友であると言えた、たった一人の人間。
「…………しゅうちゃん……」
才蔵の脳裏に鍛錬に明け暮れた日々の中、唯一、心許す友を得た幼き頃が浮かび上がっていた。
「…しゅう…秀ちゃんなのか?…………」
「……」
才蔵が、声をかけると同時に、その男はゆっくりと才蔵に背を向け、先ほどから雲間より顔をだした月を見上げた。
「……大殿は、大殿は、‥‥御変わりになられてしまった……」
「……」
「織田信長様への嫉妬心が‥‥信長様の天下への覇業が進むにつれて、嫉妬心が、お館様を変えてしまった……」
男は、才蔵の言葉には反応を見せず、まるで独り言を呟くように、淡々と言葉を紡ぎ出していく。
「今回のことで、まさか……若殿までも……切り捨てになられるとは……」
「……」
その男の声は、途切れ途切れになり、今にも消え入りそうなほど力ない、か細い声になっていった。
『しゅうちゃん』
身を潜めたままの才蔵のすぐ目の前にいる男は、紛れもなく、幼き頃の友『秀』であると、この時、才蔵は全ての欺瞞を払拭し、確信を得ていた。
親、兄弟、どんな血の繋がりさえ関係なく、偽り欺き権力を己が手にせんとする下克上のこの戦国の世で、まるでそんな権力闘争などには意味などないと言うように、己が命を賭してでも主を守り抜く強者たちもまた存在した。
重治たちの周りに集まる猛者達しかり、今、闇に潜む才蔵もまた間違いなく後者の人間であった。
そして、そんな才蔵の目前の男が、才蔵の考える者であるならば、自分の事よりも相手を思いやれる、殺伐とした戦国の時代には似つかわしくない後者の人間であると言えた。
「‥‥忠次様さえ、遠ざけられてしまった今、お館様を お諫め出来る者は、この徳川に存在しない……」
何かにつけて正論を持って自分と対立していた信康。そして、徳川家においては、重鎮でさえあった酒井忠次までを遠ざけてしまった家康には、保身に走る家臣ばかりで、徳川家の幾末を案じて異を唱えるものなど存在しなかったのである。
「……どうか‥‥どうか、若を……信康様を…………」
厚い雲間から時より顔を出す月の光が浮かび上がらせる男の後ろ姿は、まるで泣いているようにさえ感じられる。
「秀……」
それまで、闇間に気配を断ち、身を潜め続けていた才蔵は、おもむろに声をあげ立ち上がり、足を一歩踏み出した。
いや、正確に言えば、幼き頃の友と確証を得た才蔵は、懐かしさから、それまで保っていた心の平静さをなくし、気づけば、立ち上がり近づこうとさえしていたのである。
才蔵と秀の間にある繋がりは、言葉で表せるほど単純なものではない。
それは、幼いまだまだ子供。少年とさえ呼べないような幼き頃の事、自らの命の危険を省みる事もなく才蔵の危機を救ったその経緯を考えてみれば、それも当然の事であったのかもしれない。
忍びとしては、優しすぎる、非情にはなりきる事の出来ない秀と呼ばれるその男の性格が、今この時、才蔵に、この場所に居る事を許していた。
「秀ちゃ……秀。……俺に、‥‥俺に任せておけ」
「…………」
才蔵にしてみれば、偶然の成り行きとはいえ、返しても返し切れないその恩を 返す事など到底出来ないと思っていた義理を 少しでも返せる機会が巡ってきたと言っても良かった。
才蔵の持つ人間の本質もま優し過ぎる男、秀と何の変わる事のない人間だったのである。
無言の秀の背中を見つめていた才蔵は、突然、くるりとその場を振り返ると、勢いよく駆け出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
兄貴のお嫁さんは異世界のセクシー・エルフ! 巨乳の兄嫁にひと目惚れ!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
ファンタジー
夏休み前、友朗は祖父の屋敷の留守を預かっていた。
その屋敷に兄貴と共に兄嫁が現れた。シェリーと言う名の巨乳の美少女エルフだった。
友朗はシェリーにひと目惚れしたが、もちろん兄嫁だ。好きだと告白する事は出来ない。
兄貴とシェリーが仲良くしているのを見ると友朗は嫉妬心が芽生えた。
そして兄貴が事故に遭い、両足を骨折し入院してしまった。
当分の間、友朗はセクシー・エルフのシェリーとふたりっきりで暮らすことになった。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
異世界転移魔方陣をネットオークションで買って行ってみたら、日本に帰れなくなった件。
蛇崩 通
ファンタジー
ネットオークションに、異世界転移魔方陣が出品されていた。
三千円で。
二枚入り。
手製のガイドブック『異世界の歩き方』付き。
ガイドブックには、異世界会話集も収録。
出品商品の説明文には、「魔力が充分にあれば、異世界に行けます」とあった。
おもしろそうなので、買ってみた。
使ってみた。
帰れなくなった。日本に。
魔力切れのようだ。
しかたがないので、異世界で魔法の勉強をすることにした。
それなのに……
気がついたら、魔王軍と戦うことに。
はたして、日本に無事戻れるのか?
<第1章の主な内容>
王立魔法学園南校で授業を受けていたら、クラスまるごと徴兵されてしまった。
魔王軍が、王都まで迫ったからだ。
同じクラスは、女生徒ばかり。
毒薔薇姫、毒蛇姫、サソリ姫など、毒はあるけど魔法はからっきしの美少女ばかり。
ベテラン騎士も兵士たちも、あっという間にアース・ドラゴンに喰われてしまった。
しかたがない。ぼくが戦うか。
<第2章の主な内容>
救援要請が来た。南城壁を守る氷姫から。彼女は、王立魔法学園北校が誇る三大魔法剣姫の一人。氷結魔法剣を持つ魔法姫騎士だ。
さっそく救援に行くと、氷姫たち守備隊は、アース・ドラゴンの大軍に包囲され、絶体絶命の窮地だった。
どう救出する?
<第3章の主な内容>
南城壁第十六砦の屋上では、三大魔法剣姫が、そろい踏みをしていた。氷結魔法剣の使い手、氷姫。火炎魔法剣の炎姫。それに、雷鳴魔法剣の雷姫だ。
そこへ、魔王の娘にして、王都侵攻魔王軍の総司令官、炎龍王女がやって来た。三名の女魔族を率いて。交渉のためだ。だが、炎龍王女の要求内容は、常軌を逸していた。
交渉は、すぐに決裂。三大魔法剣姫と魔王の娘との激しいバトルが勃発する。
驚異的な再生能力を誇る女魔族たちに、三大魔法剣姫は苦戦するが……
<第4章の主な内容>
リリーシア王女が、魔王軍に拉致された。
明日の夜明けまでに王女を奪還しなければ、王都平民区の十万人の命が失われる。
なぜなら、兵力の減少に苦しむ王国騎士団は、王都外壁の放棄と、内壁への撤退を主張していた。それを拒否し、外壁での徹底抗戦を主張していたのが、臨時副司令官のリリーシア王女だったからだ。
三大魔法剣姫とトッキロたちは、王女を救出するため、深夜、魔王軍の野営陣地に侵入するが……
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は“料理人”。
だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。
地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。
勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。
熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。
絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す!
そこから始まる、料理人の大逆転。
ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。
リアルでは無職、ゲームでは負け組。
そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる