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五十一話 信康処刑(その五)
しおりを挟む鉄砲の技を習得するためにと、伊賀の里をあとにする時感じた、得も言われぬ漠然とした不安。
この乱世の時代、もし無事に再び巡り会う時が来たとしても、二人にどれほどの強い絆、繋がりがあろうとしても、それは、敵味方としての巡り会いがあるのもまた必然。
そして、そんな巡り合わせの必然は、やがて巡りくる予感として漠然と感じもっていた。
そしてその時の不安の通りの現実となる。
主、重治の宿敵として、主、重治の命を何度も狙ってきた相手。その家康の配下となって現れたのである。
しかし、再び、交錯した二人の運命は、堅い友情のもたらした幸運か、はたまた神の気まぐれなのか、どちらにしても刀を交える事なく、更なる友情を強めるように、運命の歯車は回り始めたのである。
「……さぁちゃん…………」
じっと、夜空を見上げていた秀と呼ばれた男も、才蔵の気配が消えるとともに、ゆっくりと歩みを始めた。
それまで、厚い雲間から時より垣間見せるだけだった月。
これまで闇夜にさえ感じさせていたそんな月が、始めてその姿をハッキリと映し出し、辺りを明るく照らしだしていた。
まるで、二人の再開を喜び笑っているようでさえあった。
そんな深夜の出来事があったにも関わらず、翌朝、一番鶏が鳴くよりも更に早く、才蔵の姿は、徳川家と武田家との国境にある城の近くにあった。
「‥‥ふっ、流石に一筋縄ではいかぬか……」
才蔵は、その城の度が過ぎるほどの警戒厳重な様子を見て、そう呟きニヤリと笑った。
浜松の城を難なく脱出した才蔵にとって、目的の人間、信康の所在を想像する事など、差ほど困難なことではなかった。
昨夜の出来事から、信康の幽閉先の最有力候補だった家康の居城、浜松城を除いてさえしまえば、警備が厳重であり、尚且つ、家康が絶対的に信頼をする武将が治めている砦、あるいはそんな城を探しだすことは、これまで伊賀攻めの為に、奔走して携わっていた才蔵の持つ徳川の情報を持ってすれば、意図もたやすいことであった。
そうして今、才蔵の見つめる信康のその幽閉先と考えられる二俣城は、天竜川を眼下に見下ろす小高い山の上にあった。
二俣城のあるこの二俣の地は、天竜川と二俣川の交わる所にあり、信濃の山間部から見れば、遠州平野への入り口といってもよい場所にある。
「‥‥たしか城主は、大久保忠世」
これまで、常に徳川と武田の争いの中心に存在していたそんな二俣の城を治めていたのが、徳川家の中でも武勇に名高く、家康からも信頼厚かった大久保忠世である。
目前にある二俣城の警戒が如何に厳重であろうとも、才蔵には手をこまねいているような暇はなかった。
何故ならば、今こうしている間にも、信康の介錯にと首をはねるため友、秀が近づいているのである。
「気配は断つものではない。‥‥わかってますよ、兄じゃ、秀……」
才蔵は、自戒を込めた笑みを口元に見せると、人がとても通れそうもない城の方へと伸びる獣道へと姿を消した。
「若。せめて、お食事だけでもとっていただかねば、お体に……」
「…………」
若と呼ばれた男は、それまでの瞑想を解き、ゆっくりと瞼を開いた。
「ふっ、お体も何も‥‥、わしは、明日にでも腹を斬らねばならぬ身。食事を断つが誠の武士の習わし‥‥」
「‥‥しかし、若……」
その年老いた男は、涙を頬に伝わらせ言葉を何度も詰まらせた。
「‥‥何が起こるか解らぬが、この戦国の世のたとえ、‥‥最後の最後まで‥‥、あきらめては……」
「わかった、わかった‥‥」
警戒厳重な城へと忍び込んだ才蔵は、難なくとはいかなかったものの、目的の人物、信康の部屋を探し当てていた。
『……弱ったな‥‥、問題は、当人の気持ち次第か……』
例え才蔵が、無事に信康を城から脱出させたところで、本人が生きる気力を失っているのでは、いずれは、名もない雑兵にでも命を奪われる。
生きる気力のない者が、おいそれと生き長らえられるほど甘くはない。それが、戦国という時代の習わしである。
『さて、どうしたものか‥‥』
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