彼女は終着駅の向こう側から

シュウ

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 どれぐらい経っただろうか。
 震えが止まってから、ライトを見上げる。
 ライトはぼくの視線に気づくと、どこか悲しそうな表情を見せた。
 それはぼくに対する同情、というわけではなくもっと別のことに対してだとわかった。

「わたしも、そのトヨジが思うような子じゃ無いよ」

 ぼそりとライトがしゃべる。

「だからトヨジが守るライトが、君の思うほどすばらしいものじゃないから。だからトヨジがそんな怪我をする必要がなかったんだ」
「そんなことは」
「あるんだよ!」

 ライトは感情をはき出すように言った。
 それから「あるんだよ」と言い直した。

「わたしは、君の演劇のライトのように天真爛漫で強くて、生き生きとした女の子じゃないから。本当に君たちに比べて薄っぺらい人間だよ」

 自嘲気味に笑うと、関が切れたようにしゃべり出した。

「わたしはトヨジの言うとおり、確かに人とうまくやっていくことはできるよ。でも本当にそれだけ」

 一度言葉を切ると、ライトは僕の目を見ずに続ける。

「容姿はそれなりに恵まれているし、運動能力も高く、人と話すことに臆するようなことは、物心ついたときから無かった。
 人と合わせることも、そういうものだと気にしなかった。
 少なくとも狭い世界で、優越感を浸るには充分だった。学校内でレベルが高いと呼ばれる子とは、たいてい仲が良かったし、一般に少し年が過ぎればやりたいと思うような願望は、すぐにかなえられていた。心に余裕があるから、人に親切にできた」

 そこまで一気に喋ると、ライトは一度大きく深呼吸した。

「でも本当は、ただ輪から外れるのを恐れていただけ。みんなの集まりに参加して、みんなの空気を壊さないようにして。みんなが嫌いってなったものは、同じように嫌いってことにして。
 自分なんてもの何も無かったんだ。
 それに比べてトヨジの脚本の中のライトは生き生きしている。痴情のもつれから宇宙戦争に巻き込まれたりとかあまりにもスリリングな人生だけど。これはあまりにもわたしと違う。わたしはこんなにあるがままに人生を楽しんでいないよ」

 そう言ってからライトは視線を床に落とした。
 何かに耐えるように、唇をかみしめているのがわかる。

「だからトヨジがわたしのことを天使みたいだとか、台本のようにすごい子だと思うのは勘違いなんだよ」

 彼女はぼくに過大な期待をかけられて、それが重荷だったのだろうか。
 いや、そうではない。
 なんだか自分に対して迷っていて、その不安を口にしたのだとわかった。

「うん、ライトはぼくの脚本のキャラクターじゃ無い。それは間違いないよ」

 ぼくも最初はどこか思っていた。
 彼女はぼくが想像した人間だから、なんだか自分に都合のいい存在になるのじゃ無いかって。

「君は、ぼくなんかが手の届かないようなまぶしい人間だ。君達が当然持っているようなものすら、ぼくは持っていない。だから不安だったんだ。ぼくは君と仲良くできるんだろうかって。松川君もそうだけど、君たちと仲良く出来る資格があるんだろうかって」

 当たり前のように陽の下を歩く二人と、ぼくはまるで違う。
 それをまざまざと見せつけられ、所詮ぼくは陽の下を歩くことはできないのだと絶望しかけた。

「でも君はぼくの書いた脚本とは全然違う、もっとすばらしい子だった。ぼくの書いたライトはたくましくて、逆境には強いけど、所詮ぼくの妄想だ。君は違う。ぼくの全然予期しない行動をしたり、泣いたり、感情的になったり。何よりぼくのような人間とも平気で仲良くしてくれた」

  時々ぼくは、妄想でライトと語り合ったことはあった。
 でもそれはぼくが妄想の中では優れた脚本家で、彼女と対等に話が出来る存在だったからだ。
 ぼくが普段通りなら、きっとそんな風に話したりはしない。
 彼女は優れた女優だから、脚本家や同じ舞台に立つ俳優でないぼくならばそんなことはしてくれない。
 だけど眼の前にいるライトは違う。

「君はぼくを普通に個人として扱ってくれた。それで一緒に撮影をしてくれた。ぼくにとってこの映画は、みんなの努力の結晶と言うより、ぼくの初めての思い出なんだ。だから守りたかった」

 心の底からの言葉だった。
 ぼくはコミュニケーション能力が欠けているから、うまく感情や思ったことを伝えられない。
 でも今、このときだけは本当に思っていることを口に出来たと思った。
 もしこの世に神さまがいるのなら、昨日痛い眼にあったぼくを哀れんで、今だけうまくしゃべらせてくれたのかも知れなかった。
 ライトはじっとぼくの顔を見ていた。
 時間にしてほんの数秒だろう。
 でも、ぼくにはとても長い時間に感じた。
 そしてライトは吹き出すと思いきり笑い出した。

「な、なにがおかしいの?」
「だってトヨジの言い方がおかしくて、台詞回しがすごいくさいんだもん」
「君も似たようなもんじゃ無いか」
「え、そんなことは……ああああああっ」

 自分が何を言ったか、初めて気がついたように叫ぶと頭を抱える。 

「なんだか告白し合ったみたいだね」

 少し恥ずかしげに笑った彼女の声に、ぼくも顔に熱をこもるのを感じた。
 言ったライトもぼくに語った自分話を思い出したのか、耳まで真っ赤になる。

「ほら、あれだよ。中二病ってやつ」

 実は名前だけ聞いたことがあるけど、意味は知らない。

「トヨジ中二だもんね。たぶんわたしも中二病ってやつ」

 彼女、もおそらくわかっていない。
 でも大丈夫。
 わかっていなくても、気付かないふりをしていた方が良いときがあるから。
 ライトはしばらくぼくの部屋で、ぼくの昔の台本を読んでいた。
 作った映画を見るか聞いてみたらしばらく悩んだ末「やっぱりショウに悪いから」と心底残念そうに言った。

「勉強したし、次の映画も期待してね監督」

 帰るとき、ライトはとびっきりの笑顔を残しながら元気よく手を振っていった。
 その笑顔は、今までで一番魅力的だと思った。
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