彼女は終着駅の向こう側から

シュウ

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「トヨジ」

 改札口からライトが駆けてくる。
 あっという間にぼくの所にたどり着くと、心の底から嬉しそうに笑顔を向けてきた。

「絆創膏とれたんだ。でもまだひどい顔だね」
「元からそれほど良くないって意味?」
「将来女の子のファンが増える可能性が減ったって意味」
「松川君みたいにそんなファンがつくことが無いから平気だよ」
「ぼっちだから?」
「ぼっちだから」

 何がおもしろかったのか、ライトは盛大に吹き出す。

「でもショウから聞いたよ。クラスで人気者になったって」
「それは大げさだよ」
「トヨジあまりそのこと話さないし。ちょっとぐらいは経緯を教えてよ」

 最近ライトはショウとメールしても、だいたい松川君がいないときの映画の進み具合とかで、学校での話題を避けているらしい。
 ぼくらの情報をなるべく共有したいからだそうだ。

「話すほどのことかわからないけど」

 休み明けに学校に行くと、少しばかり教室が騒然となった。
 それほどぼくがひどい顔をしていたのだろう。
 あまり注目をされることに慣れていないぼくは、クラスメイト達の好奇の目にかなり気まずい思いをしながら席についた。

「聞いたぜ、なんでも不良のグループとやり合ったって?」

 座るなり話しかけて来たのは、前に座る男子生徒だった。
 今まで話しかけられたことは、プリントの配布の時ぐらいだったろう。
 そういえば松川君とよく一緒にいるグループの、一人であったことを思い出す。

「間違って囲碁部の、部室に――入ってしまっただけだよ」
「でも殴られても脅しに屈しなかったんだって。かっけえな」

 どうやら少し誤解があるようだ。噂の元は先生方を呼んでくれた松川君からか。
 それともぼくが病院に担ぎ込まれる間にいた、野次馬の誰かからか。
 それから登校してきたクラスメイト達も、何人かがぼくの周囲に集まってきた。
 いつもは教室のすみっこでみんなが登校してくるのを、ぼんやりと眺めながら授業が始まるのを待っている。
 だからみなに囲まれるのは、不良に囲まれるより緊張した。

 その日からぼくは、休み時間とかに時折誰かに話しかけられるようになった。
 ぼくが小さいとはいえ、ニュースでテレビでも取り出された、学校でもっともタイムリーな話題の関係者というか張本人というのがあるのだろう。
 囲碁部は学校で一番歴史が古く、かつては何度も全国に出場し、プロ棋士を排出したこともあったらしい。
 もっとも何十年も前の話だけど。
 そんな歴史からか結果を出せなくなっても、部員数が減っても廃部すること無く存続し続けていた。
 それを良いことにあるころからか、不良がたわむろするようになった。
 不良の上下のネットワークは広い。特にこんな田舎では。
 彼らは本来の部費に当たるお金を使って、かなり自由に過ごしていたらしい。
 もちろん顧問の先生はうすうす気付いていたようだけど、外で他の人間にはばれないという暗黙の了解の元、悪しき習慣として受け継がれてきた。
 これはテレビで知ったことだけど、ぼくらの住んでいる地域では中学校の教師というのは部活を担当しているかどうかで給与の査定が変わるらしい。
 それは毎日練習がある運動部でも、全く活動の無いような文化部でも全国に出るような実績を出さなければ変わらないとのことだ。
 だから囲碁部は定年間近の功労者が代々顧問になる。
 最後ぐらいは良い査定が出るようにって。
 だから定年を静かに迎えたい顧問は、なるべく穏便にすまそうとする。
 それが余計に悪しき伝統を守り続ける結果になると、ニュースキャスターがしたり顔で喋っていた。

「えー! じゃあトヨジってテレビに映ったんだ。当事者だもんね」

 興奮気味に眼を輝かせる。
 なぜか髪の毛を手ぐしで整えた。

「映らないよ。だいたい未成年は事件を起こしても実名を報道されないから」
「そういうものなの? どうして」
「そういうものなんだよ」
「なーんだ」とつまらなそうにライトが肩を落とす。
 自分がテレビに映るわけでも無いのに、心底残念そうだ。

「それで囲碁部はどうなったの?」
「このままだとさすがに廃部になるんじゃ無いかな」

 学校はそれ自体が一つの社会だ。
 学校外の脅威にさらされると、何かを切り落として社会を守ろうとする。
 囲碁部を廃部にして事件を終わらせるつもりだろう、と撮影の帰りに松川君がそう話していた。

「そりゃあ仕方が無いね」
「でも少し罪悪感があるな。ぼくがたまたま教室に入ったりしなければ事件になら無かったのに」
「気にしすぎだよ。トヨジに暴力を振るったんだよ、その人達。情状酌量の余地なし。当然の結果だよ」
「そうかな……」
「そうだよ。わたしあのときすごく心配したんだからね」

 眼をつり上げながらにらまれた。
 彼女の言葉は本気だろう。

「心配させてごめん」
「わかればよろしい」

 それでこの話は終わりとばかりに顔を破顔させながら、大きく伸びをする。
 彼女はこのような何気ない仕草も妙に絵になる。

「それで今日はショウ来るの?」
「サッカーが早めに終わったら来るって言ってた」
「そうかそうか。ショウもやっぱり映画を優先するよね」

 ぼくが守った三人の映画をこの間見た。
 完成したときは興奮したけど、改めて見るともしかしたら二人は想像以上のできの悪さにがっかりするかもしれないと不安だった。
 でもそれは杞憂で、二人は食い入るように映像を見ていた。
 ライトが帰って松川君が空を見るクライマックスのシーンでは、全員が拍手でフィナーレを飾った。
 結局その日は何度も繰り返して映画を見ては、ライトの演技が良かった。松川君の必死なところが良かった。
 ぼくの撮影と写し方と編集がすばらしかった、と褒め合った。
 こんなに興奮したのは生まれて初めてだった。
 もちろん。
 こんな風に他人と自然に喜び合えるのも。

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