幼き改革者、皇孫降臨 〜三歳にして朝廷を震わせる〜

由香

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第2話|「なぜ、この銀は重いの?」

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 皇孫・凌曜が後宮に入ってから、三日が過ぎた。

 表向き、後宮は以前と何も変わらない。
 香は焚かれ、妃嬪たちは笑みを浮かべ、宦官たちは忙しなく動いている。

 ――だが、水面下では、確実に何かが変わっていた。

「皇孫殿下のお食事でございます」

 内務府の宦官が、恭々しく頭を下げる。
 金縁の盆に載せられた器は、いずれも上質なものばかりだ。

 乳母が一つずつ確かめ、凌曜の前に膳を整える。

 凌曜は椅子に座り、じっとそれを見ていた。
 食事そのものではない。
 盆の下――銀製の台座に、視線が留まっている。

「……?」

 小さな手が、そっと銀の台座に触れた。

 ひやりと冷たい感触。
 そして、わずかな違和感。

 凌曜は、両手でそれを持ち上げようとする。

「殿下、重うございますゆえ――」

 乳母が慌てて止めようとした、その時。

 凌曜は、ほんの少しだけ眉を寄せた。

「……おもい」

 三歳児の口から漏れた、素直な感想だった。

 宦官が笑顔を作る。

「銀は重いものでございますから」

 凌曜は、首を傾げた。

「でも、きのうのは、もっとかるかった」

 その場の空気が、ぴたりと止まった。

 乳母が息を呑み、宦官の表情が一瞬だけ強ばる。

「……昨日と、同じ銀でございます」

「ちがうよ」

 凌曜は、あっさりと言った。

 無邪気で、疑いのない声。
 だからこそ、否定は鋭かった。

「きのうは、つめたかっただけ。これは……つめたくて、ずしっとする」

 言葉を探すようにしながらも、違和感を的確に言い表す。

 宦官は笑顔を保ったまま、汗をかいていた。

「殿下、銀はすべて同じで――」

 その時、廊下の奥から足音が響いた。

「凌曜」

 聞き慣れた低い声。

 景帝だった。

 周囲の者が一斉に頭を下げる。

「じぃじ」

 凌曜はぱっと顔を上げ、椅子から立ち上がろうとしてよろけた。
 すぐに景帝が近づき、抱き上げる。

「相変わらず落ち着きがあるな。何をしていた?」

「ごはん」

「ほう」

 景帝は膳に目を向け、何気なく言った。

「豪勢だな」

 その一言に、内務府の宦官が胸を張る。

「すべて、規定通りの品でございます」

 凌曜は、祖父の胸に抱かれたまま、銀の台座を見下ろした。

 そして、ぽつりと呟く。

「ねぇ、じぃじ」

「どうした」

「このぎん、なんでおもいの?」

 その問いに、景帝の眼差しが鋭くなった。

「……重い?」

「うん。きのうより」

 景帝は、無言で手を伸ばし、台座を持ち上げた。

 ずしり。

 確かに、規定の重さよりも重い。

「内務府」

 静かな声だった。
 だが、それだけで周囲の背筋が凍る。

「この銀は、どこから来た」

「は……それは、倉より……」

「帳簿を持て」

 即座に命じられ、宦官は蒼白になる。

 やがて運ばれてきた帳簿を、景帝は開く。
 数値は、確かに合っている。

 ――書類の上では。

「凌曜」

 景帝は孫に目を向ける。

「昨日の銀と、どこが違うと思った?」

 凌曜は少し考えてから、言った。

「……なか、ぎゅってしてる」

 沈黙。

 次の瞬間、景帝は笑った。

 だが、それは喜びの笑みではない。

「なるほど」

 銀の中に、別の金属を混ぜ、重さを誤魔化す。
 純度を下げ、差額を懐に入れる――
 内務府では古くから行われてきた不正だった。

 だが、それを指摘したのが――三歳の皇孫。

「調べよ」

 短い命令。

 その日のうちに、内務府の倉が改められた。
 次々と見つかる不正な銀。

 関わった宦官は、すべて拘束された。

 夕刻。

 凌曜は、庭で乳母と共に日向ぼっこをしていた。

「殿下……恐ろしいことをなさいましたね」

 乳母は震える声で言う。

 凌曜は、花を一輪手に取り、首を傾けた。

「こわい?」

「ええ……」

 凌曜は、しばらく考えた後、小さく首を振った。

「……おかしいの、いやだった」

 ただ、それだけだった。

 その夜。

 景帝は一人、書斎で考えていた。

(偶然か? それとも……)

 いや、と彼は思う。

 あの子は、見ている。
 聞いている。
 そして、覚えている。

「……末恐ろしい孫だ」

 だが、その声には、確かな誇りが滲んでいた。

 後宮では、すでに噂が広がり始めている。

 ――皇孫の前では、誤魔化しが効かぬ。
 ――無邪気な言葉が、命取りになる。

 凌曜は、何も知らぬ顔で眠っている。

 小さな胸が、静かに上下する。

 その寝顔を見下ろしながら、景帝は決意した。

「……この子の目を、曇らせてはならぬ」

 こうして、幼き改革者の第一歩は、確かに刻まれた。




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