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『王を捨てた王』
しおりを挟む王宮の玉座は、白金の光をまとってなお、長いあいだ“空席”だった。
名目上の王・エルディオンは宮廷から外され、お飾りにも劣る存在となり、一方で弟レギス――影武者であったはずの男が実権を握り、国を動かしていた。
だがその力は、徐々に暴走し始めていた。
税の増徴、軍拡、反対派の粛清。
秩序のためと称しながら、国民の心を圧し潰す統治。
人々は恐れ、国は歪んでいった。
そんな中で、静かに門が叩かれた。
「……どうか、我らと手を組んでいただきたい」
エルディオンの幽閉部屋に現れたのは、灰色のマントを羽織る若者、革命派の密使ルカだった。
「あなたこそが“本物の王”です。弟王は暴走し、この国ではもう誰もまともに生きられない。王位を取り戻し、国に光をもたらしてください」
エルディオンは苦笑した。
「光……。そんなもの、私は一度たりとも持った覚えがない」
「いいえ。あなたが王であるだけで救われる者はいます」
若者の瞳には揺るぎない確信が宿っていた。
(本物の王……か)
そんなふうに見られたことは、生涯で一度もない。
エルディオンは静かに問う。
「……革命派は、私を王として迎えるつもりなのか?」
「目的は“暴君の排除”です。その後は――」
若者は口をつぐんだ。
その沈黙がすべての答えだった。
利用する気なのだ。
玉座を奪った瞬間、エルディオンの存在は邪魔になる。
(それでも……)
胸の底で、小さな灯が揺れた。
(弟と、向き合わねばならない)
逃げ続けた結果が、この国の今なのだから。
「分かった。でも……自分の意思で動くだけだからな」
エルディオンの瞳に確かな火が宿った。
革命の火種が散り、王宮は夜の内側から騒めきだした。
改革派の青年たちが裏門を突破し、寝静まった宮廷に雪崩れ込む。
その混乱の影を縫って、エルディオンは久しぶりに王宮内部へ踏み入れた。
(かつて、私はここに居場所を持たなかった)
(ならば今度こそ、自らの足で立つ)
石の回廊を進み、執務室の扉を押し開ける。
「……来たか、兄上」
玉座の手前、薄闇の中でレギスが立っていた。
表情は冷徹、瞳は研ぎ澄まされた刃。
「革命派と手を組んだと聞いた時は驚いたよ。兄上がようやく“動いた”ことに、ね」
「国を壊しているのはお前だ、レギス」
「壊れているのは、兄上の方だろう?誰も兄上を王として認めていなかった。だから私が立った。それだけだ」
正論だった。
胸を刺すほどに。
しかし、エルディオンは揺らがなかった。
「……私は逃げた。王であることからも、お前からも」
レギスの目が、わずかに揺れる。
「だからこそ、今は向き合いに来た。レギス――話がしたい」
「話……?」
弟は嘲笑しようとしたが、声が震えていた。
「兄上は、私の影のままでいれば良かったんだ。私が光を奪ってでも、この国を立て直すべきだった……!」
「それが、お前の望みだったのか?」
レギスは息を詰まらせた。
「私に……光を分けてくれれば……よかったのに……」
初めて、影武者だった男の本音が漏れた。
彼は影として育てられた。
“王ではない者”として生きるよう求められた。
だが、王を支える光はどこにもなかった。
(私が光を持たなかったせいで、レギスは闇へ堕ちたのか)
胸がしめつけられる。
「――すまなかった」
「兄上……?」
「私は光ではなかった。だからお前を影に閉じ込めてしまった。だが……今からでも遅くない。もう一度、二人で国を正そう」
レギスの手がわずかに震え、しかしその瞳は迷いを失わなかった。
「……兄上を信じていいのか?」
「信じてほしい。いや……信じてもらえるよう努力する」
レギスはゆっくりと剣を鞘に戻した。
「兄上のその言葉が……もっと早く聞きたかった……」
その瞬間――執務室に革命派が雪崩れ込んだ。
「いたぞ!影武者の王だ!」
「暴君を討て!」
放たれた矢がレギスに向けて飛ぶ。
「やめろ!!」
エルディオンは身を投じ、レギスを庇った。
矢が肩に突き刺さり、激痛で視界が白く染まる。
「兄上!」
崩れ落ちるエルディオンを抱きとめたレギスの叫びが、歪んだ天井へ響いた。
「なんで……どうして……!」
「……影を……捨てたくなかったからだ」
エルディオンは微笑んだ。
「お前は……私の弟で……唯一の……家族だから」
レギスの瞳が大きく揺れた。
革命派が迫り、刃がレギスに向けられる。
「下がれ!」
レギスが叫ぶより早く、エルディオンが声を張り上げた。
「彼は……私の片腕だ。撃つことは許さない!」
革命派の動きが止まる。
「レギスは……暴君ではない。彼が暴走したのは……私が王として立たなかったからだ。この罪は、私が負う」
革命派の若者たちが戸惑いの目を交わした。
ルカが眉を寄せ、口を開く。
「……本当に、彼を赦すのですか?」
「赦すのではない。二人で、償うのだ」
静寂が降りた。
やがてルカは剣を下ろし、他の者たちにも頷いた。
「……分かりました。真の王の意思に従います」
レギスは震える手で、矢を抜きながら兄を支えた。
「兄上……私は、どうすれば……」
「これから……二人で考えよう」
そう言って微笑む顔は、血にまみれながらも確かに“王の顔”だった。
後日、玉座の間にて。
二つの椅子が並んで置かれた。
一つは王の椅子。もう一つは“摂政”の椅子。
エルディオンが王となり、レギスが摂政として並び立つ。
兄弟統治――かつてあり得ないと言われた形。
だが今、玉座の間に射し込む光の中で、二人は静かに並んでいた。
「兄上……本当に、これで良かったのか」
「良い。国は一人の光では照らせない。二つの光で、影を消すんだ」
レギスの顔に、初めて年相応の微笑みが浮かんだ。
二人の王と、一つの玉座。
国はようやく、再び歩き始める。
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