魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました

由香

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第七話 理由を増やす王

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 翌朝。

 魔王城がざわついていた。

「陛下が会議を中断なさった!?」

「侵攻計画より優先事項があるらしい」

「まさか勇者対策か」

「いや違う。清掃係対策だ」

 最後の一言で、廊下の視線が一斉に私へ向く。

 違いますよね?

 違いますよね、陛下。

     ◇

 玉座の間。

 魔王は真顔だった。

 いつも通り威圧感はある。黒い角も、赤い瞳も、ラスボス仕様。

 だが。

「ミオ」

「はい」

「理由を増やす」

 宣言された。

 本気だ。

「……国家案件のように言わないでください」

「国家より重要だ」

 即答。

 重い。

「まず第一に」

 魔王は立ち上がる。

「お前の労働環境を改善する」

「え」

 指を鳴らすと、魔族たちがぞろぞろ入ってくる。

 設計図。
 家具。
 見慣れない機械。

「清掃効率向上装置だ」

「何ですかその物騒な名前」

「床に魔力を流し、汚れを自動吸引する」

「掃除がなくなるじゃないですか」

「労働時間を削減する」

「私の存在意義が削減されます」

 真顔で言うと、魔王は一瞬黙った。

「……なら、半自動にする」

 譲歩。

 国王が清掃係に譲歩している。

     ◇

 数時間後。

 玉座の間はぴかぴかだ。

 しかも短時間。

「どうだ」

 どや顔である。

「正直、楽です」

「そうか」

 口元がわずかに緩む。

「第二」

 まだあるのか。

「食事の改善」

「厨房は優秀ですよ?」

「お前の好物を知らん」

 そこで私は固まった。

「……聞けばよかった」

 魔王がぽつりと言う。

 あまりに素直で、笑いそうになる。

「甘いものが好きです」

「甘いもの」

 魔王はすぐ側近に指示を出す。

「城内最高峰の菓子職人を呼べ」

「最高峰って侵攻部隊より上ですか」

「上だ」

 真顔で言うな。

     ◇

 夕刻。

 テーブルに並ぶ菓子の山。

 宝石みたいなケーキ。
 魔界産フルーツのタルト。
 艶やかなチョコレート。

「……戦争前夜みたいな量ですね」

「食え」

「圧が強い」

 ひと口食べる。

 甘い。

 濃厚。

 幸せ。

「どうだ」

 子どもみたいな目で見るな。

「美味しいです」

 その瞬間、魔王の魔力がふわりと緩む。

 城の空気まで柔らぐ。

「なら、毎日用意する」

「糖分で世界征服する気ですか」

「お前が残るなら、それでいい」

 さらりと言う。

 重い。

 甘い。

 重甘い。

     ◇

 夜。

 城のバルコニー。

 魔界の空は紫色だ。

「第三」

 まだある。

「何ですか」

「外へ出る」

「……は?」

 魔王が外出宣言。

「お前は城しか知らない」

「確かに」

「魔界を見ろ」

 それは少し、嬉しかった。

     ◇

 翌日。

 魔王直々の護衛つきで、城下町へ。

 魔族たちは最初ぎょっとしたが、すぐに道を開ける。

 魔王は私の半歩後ろを歩いた。

「逆では?」

「護衛だ」

「威圧の間違いでは」

「違う」

 屋台を見て回る。

 奇妙な野菜。
 光る魚。
 煙を吐くパン。

「平和ですね」

「最近はな」

 魔王は低く言う。

「お前が来てから、城の空気が変わった」

「床のせいですか」

「お前のせいだ」

 市場の端。

 子どもの魔族が転び、泣き出す。

 私は反射的に駆け寄る。

「大丈夫?」

 涙を拭き、手を握る。

 魔族の母親が戸惑いながら頭を下げた。

 ふと振り返ると。

 魔王がこちらを見ていた。

 戦場の王ではない。

 ただ、静かに。

「……理由が増えた」

 ぽつり。

「何がですか」

「帰らせたくない理由だ」

 ずるい。

「私にも増えました」

 思わず言う。

 魔王の目が揺れる。

「何がだ」

「ここに残る理由」

 静寂。

 市場の喧騒が遠くなる。

「ミオ」

「はい」

「俺は、お前が選ぶまで待つ」

 昨日と同じ言葉。

 けれど今日は、少し違う。

「だが」

 手が伸びる。

 今度は自然に、指が絡む。

「選ばれる努力はする」

 王の宣言。

 私は笑った。

「努力型魔王ですね」

「貴様が言わせた」

「光栄です」

 空は紫。

 世界はまだ敵対している。

 勇者は帰還の道を探している。

 それでも。

 甘い菓子と、改良された掃除道具と、ぎこちない手の温度。

 理由は、確かに増えていく。

 世界平和は遠い。

 けれど。

 この距離は、昨日より近い。




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