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『魔具師の私は、婚約破棄劇の全てを知っている』
しおりを挟む王都中央広場――。
秋の風が赤い落ち葉を巻き上げる中、わたしは人混みの最後列でそっと立っていた。
名はリィナ・クロイス。
平民出の魔具師として冒険者ギルドに所属し、日々コツコツと魔具修繕や簡易魔道具の制作で稼いでいる。
貴族社会には無縁の、地味で目立たない人間……のはずなのだけれど。
「……とうとう今日か」
広場中央の特設壇上には、鮮やかな瑠璃色のドレスをまとった侯爵令嬢エミリアと、その婚約者である王太子殿下レオンが立っている。
そして、真っ青な顔をした学園騎士科の少年――カイル・ラドクリフ。
今日公開されるのは、「婚約破棄の証拠」だ。
人々は息を潜め、固唾をのんで見守っている。
エミリアが断罪されるのか、それともラドクリフ公爵家の陰謀が暴かれるのか――。
だが、わたしは誰よりも先に結果を知っていた。
なぜならこの騒動の核心となる魔道具を修理したのは私だからだ。
まったく、巻き込まれたくなかった。
騒動の始まりは二週間前だった。
「すみません!魔具修理をお願いします!」
工房に飛び込んできたのは、エミリア付きの侍女のメアだった。
彼女の手には、粉々に割れたペンダント型の魔道具。
「これは……真偽録音魔具ですね」
「はい。でもなぜか急に暴走してしまって……!」
真偽録音魔具――。
会話をすべて記録し、かつ発言者の意図が真実か偽りか色で判定できるという厄介な品だ。
本来は裁判や尋問用の正式魔具。
一般の貴族が勝手に持ち歩くものじゃない。
「……暴走じゃなく、外部からの魔力干渉ですね」
「外部から……?」
「意図的な妨害です。壊したかったんですよ、これを」
雑に魔力の筋が切られ、内部構造を歪ませている。
誰かが意図して壊したとしか思えなかった。
侍女のメアは白い顔をさらに真っ青にして震えていた。
「実は、お嬢様……エミリア様は、ラドクリフ家の後継者さまから毎日のように呼び出され、妙な言いがかりをつけられているんです」
「言いがかり?」
「『王太子殿下を誘惑しているだろう』『裏で貴族を操っているだろう』と……。その言葉を証明するため、この魔具で会話を録音していたのですが……」
だから壊された――というわけか。
「……修理はできます。ただし」
「ただし?」
「修理後、この魔具が記録していた音声は……あなた方には聞かせられない」
「ど、どうしてですか!」
私は肩をすくめた。
「魔具師の守秘義務です。録音内容は機密扱い。私が勝手に聞き出すことはできません。修理はするけれど、封印状態のままお返しします」
この時点では、まさか公式の場で公開されるとは思ってもみなかった。
だが――。
「この魔具、破壊した人物の魔力痕跡が残っていますよ」
「えっ……!?」
「よほど急いで壊したのでしょうね。魔力を消し切れていません。触れた人物の魔力属性がはっきり残っています」
その魔力属性は……鮮やかな蒼。
他国にもほとんど存在しない、“蒼雷の魔力”を持つ者は王太子レオンのみ。
「――つまりこれ、王太子殿下の魔力です」
侍女のメアは文字通り凍り付いた。
そう、王太子本人が証拠魔具を壊した。
彼女――エミリアの潔白を示す証拠を隠すために。
理由はその後の学園での噂で私にも伝わってきた。
殿下は別の令嬢と密かに親しくしており、エミリアを“邪魔”だと思ったらしい。
そしてラドクリフ家の息子カイルは、その王太子の指示で“悪役役”をさせられていた。
権力って怖い。
そして今日。
暴露する覚悟を決めたエミリアは、修理した魔具を公開の場に持ち込み、王太子本人に真偽を問おうとしている。
「では――証拠を提示いたします」
エミリアの声は澄んでいて、震えひとつない。
魔具が起動すると、淡い光が広場全体を包んだ。
響き渡るのは……浅い嘘を吐く男の声。
『エミリア、君が邪魔なんだよ。君がいなければ、私は自由に恋ができる』
『だが君は侯爵家の面子ばかり気にして……!』
『この録音?壊せばいいだけだ』
ガチィン――!
魔具が叩きつけられる音。
『……こうすれば証拠なんて残らないだろう?』
広場は水を打ったような静寂に包まれた。
「――まさか、殿下が……?」
「婚約者に対して、なんてひどい……!」
ざわめきが広がり、あっという間に怒りの渦が巻き起こる。
王太子レオンは蒼白を通り越し、まるで死人みたいな色になっていた。
「ち…違う!これは何かの間違いだ!私が言ったのでは……!」
しかし魔具は真偽の色を赤く染めた。
嘘である、と示した。
逃げ道は、もうない。
「殿下、私は本日をもって婚約破棄を受け入れます。ですが――」
エミリアは涙すら流さず、堂々と言い切った。
「その前に、私の名誉を回復させていただきました」
観衆から拍手が湧き起こる。
その光景を私は最後列で眺めていた。
「……やれやれ。あとは公爵家と王家で勝手に揉めてくれ」
すべてを知っている“傍観者”に徹するつもりだったが、実際は誰より真相に近かったのだと思う。
と、その時。
「リィナ様!」
駆け寄ってきたのは、侍女のメア。そしてその後ろに――
「本当に、助けていただきました」
優雅に頭を下げるエミリア本人。
「わ、わたしは修理しただけで……」
「いえ。あなたが魔具の痕跡を見抜き、私に覚悟を与えてくれました。あなたがいなければ、今日の真実は明るみに出なかったわ」
……貴族令嬢に感謝されるなんて初めてだ。
思わず背筋を伸ばす。
「リィナ様。あなたの魔具の腕前、王家の依頼よりずっと信頼できます。もしよければ、今後は私の専属魔具師として……」
「ご遠慮します」
即答。
だって、もうこりごりだ。貴族の揉め事なんて。
エミリアは目を丸くしたが、すぐに上品に笑った。
「……ふふ、そう言うと思いました。では、私の心強い味方として、いずれまた力を貸していただければ嬉しいです」
「機会があれば、まぁ……」
こうして一件落着。
わたしはただの魔具師として静かに生きていく――予定だが。
「……リィナ殿、是非うちの公爵家で雇わせていただきたい」
「いやです」
カイルが追いかけてくるのは、本当にやめてほしい。
わたしは今日も傍観者。
騒動の中心に巻き込まれないよう、そっと人混みの中へと消えていった。
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