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『婚約破棄立会人』
しおりを挟む私の職務は、婚約破棄に立ち会うことだ。
立ち会う、といっても止めるわけではない。
助言もしない。感想も述べない。
ただ、その場に存在し、記録し、証明する。
王国法務院第三局所属、儀礼監査官。
通称――「傍観者」。
この世界では、貴族の婚約は契約であり、契約の破棄は行政行為だ。
感情が入り込む余地はない……建前上は。
だが近年、婚約破棄は娯楽化していた。
王太子が悪役令嬢を断罪する。
平民出身の聖女が選ばれる。
貴族社会の腐敗が一掃される。
筋書きとしては分かりやすい。
民衆も、貴族でさえも、その光景を求める。
だから我々「立会人」が必要になる。
――感情に流されないための、重りとして。
本日の案件は、王太子アルベルト殿下と、侯爵令嬢リディア・フォン・クラウゼの婚約破棄。
場所は王立貴族学院・大広間。
傍聴人の数は三百を超える。
私は壁際に立ち、記録用魔導具を起動する。
日付、関係者、契約番号。すべてを読み上げる。
儀式は滞りなく進む。
「――よって、私はリディア・フォン・クラウゼとの婚約を破棄する」
殿下の声はよく通る。
聖女エミリアが一歩下がり、儚げに俯く。
完璧な配置だ。
令嬢は、何も言わない。
泣かず、叫ばず、言い訳もしない。
その沈黙に、観衆はざわめく。
だが私は知っている。
沈黙は、彼女に許された唯一の自由だ。
婚約契約書には、こう記されている。
――破棄に際し、被契約者は弁明を行わないものとする。
彼女は、契約を守っている。
私は記録を続ける。
罪状の列挙。
証拠の提示。
婚約破棄の成立。
すべて、形式通り。
ただ一つだけ、形式にないことがある。
――観衆の期待。
彼らは「断罪」を見に来ている。
だが我々が行っているのは、ただの事務処理だ。
期待と現実の落差が、会場の空気を歪める。
儀式の最後、私は確認を行う。
「被契約者リディア・フォン・クラウゼ。本婚約破棄に異議はありますか」
決まり文句だ。
異議など、認められないと分かっている。
それでも、彼女は初めて口を開く。
「いいえ。ありません」
静かな声だった。
その瞬間、私は気づく。
彼女は、最初から“負ける役”を引き受けていたのだと。
婚約破棄成立。
追放処分。
拍手は起きなかった。
期待していた者たちは、肩透かしを食らった顔をしている。
「ざまあ」がない。
「断罪」がない。
ただ、終わっただけ。
後日、私は追加資料を整理していた。
リディア・フォン・クラウゼの資産移動記録。
国外への送金。
研究機関への寄付。
すべて、婚約破棄の数年前から計画されている。
彼女は知っていたのだ。
自分が“物語上の役割”を与えられていることを。
そして、それを拒否せず、利用した。
彼女の追放から五年後。
王国は聖女の暴走により、未曾有の危機に陥る。
それを止めたのは、一人の魔術理論家だった。
名は記録されていない。
ただ、こう書かれている。
――かつて、悪役令嬢と呼ばれた者。
私はその記録を、淡々と閉じる。
感想は書かない。
評価もしない。
それが、傍観者の役割だからだ。
だが一つだけ、確かなことがある。
あの日、大広間にいた誰よりも、
彼女は自由だった。
期待に応えなかったから。
拍手を求めなかったから。
今日も私は、婚約破棄に立ち会う。
誰かの物語が終わり、誰かの期待が裏切られ、それでも世界は、何事もなかったように続く。
傍観者は、救わない。
裁かない。
ただ、見届ける。
――それが、この世界で最も卑怯で、最も安全な立場だと知りながら。
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