悪役令嬢ですが、兄たちが過保護すぎて恋ができません

由香

文字の大きさ
7 / 11

第7話 原作ヒロイン、登場(無害)

しおりを挟む

 ――原作ヒロインは、もっと恐ろしい存在のはずだった。

 私の記憶の中では、純真無垢な顔で好感度を稼ぎ、無自覚に周囲を虜にし、最終的に悪役令嬢を断罪へ追い込む存在。

 けれど。

「セレフィーナ様っ!」

 廊下の向こうから駆け寄ってくるその姿は、どう見てもただの善良な少女だった。

「どうしました?」

「この前は、きちんとお礼を言えなくて……」

 彼女――リリアは胸の前で手を組み、深く頭を下げる。

「いつも、助けてくださってありがとうございます」

(……え?)

「助けた覚えは……」

「あります! ありますよ!」

 勢いよく顔を上げる。

「私、学園に入ったばかりの頃、右も左も分からなくて……」

「はい」

「でもセレフィーナ様が、廊下で困っていた私を見て、先生のところまで案内してくださって」

(……それ、たまたま通りかかっただけ)

 原作セレフィーナなら、そんな親切は絶対にしない。

(私、そんなフラグ立ててた!?)

 内心で頭を抱えていると、リリアはにこにこと続ける。

「それに、クラスでもいつも静かで……」

「静か……」

「噂と全然違って、優しい方だなって」

(噂……)

 悪役令嬢としての評判は、健在らしい。

「ですから、もっと仲良くなれたら嬉しいです」

 その瞬間。

 背後の空気が、すっと冷えた。

「距離が近い」

 低い声。

 振り返ると、カインが立っていた。

「え、あ……」

「その話題は終わりだ」

(終わり!?)

 リリアは一瞬驚いたものの、すぐに頷いた。

「はい……すみません」

「……いえ」

 彼女は私に向かって、小さく手を振る。

「またお話ししましょうね、セレフィーナ様!」

 去っていく背中を見送りながら、私は呆然とした。

(……本当に、無害)

 昼休み。

 兄たちとの定例(?)報告会。

「リリアと接触した?」

「しました」

「危険は?」

「ありません」

「好意を持たれたか?」

「……はい」

 三人が同時に眉をひそめた。

「やはりか」

「近づけるな」

「必要なら転科させよう」

(転科!?)

「そこまでしなくて大丈夫です!」

「セレがそう言うなら……」

 三兄ユリウスが首を傾げる。

「でも、不安はありませんか?」

「……正直、ありません」

 それは本音だった。

 リリアは、私の敵にはならない。

 むしろ――

(守ってあげたいくらい)

 午後、図書室。

 本を探していると、またリリアに会った。

「あ、セレフィーナ様」

「こんにちは」

 二人きり。

(……大丈夫よね)

「実は、相談があって」

「相談?」

 彼女は少し恥ずかしそうに言った。

「騎士団の方に、憧れていて……」

 胸が、きゅっと鳴る。

(騎士団……)

「ど、どなたですか?」

「名前は……カイン様って」

(ですよね)

「強くて、でも怖くなくて……」

「……そうですね」

 言葉を選ぶ。

 すると彼女は慌てて手を振った。

「あ、恋とかじゃないですよ! ただ、すごいなって思って」

「……それなら」

 私は少しだけ、安心した。

 そのとき。

「ここにいたのか」

 タイミングよく、本人が現れる。

「カイン様!」

 リリアがぴしっと背筋を伸ばす。

「……何か」

「い、いえ! その……」

 彼女は私を見る。

 私は小さく頷いた。

「尊敬しているそうです」

「……そうか」

 カインは短く答えただけだったが、視線は一瞬だけ、私に向いた。

(……なんで私を見るの)

 その後、リリアは満足そうに去っていった。

「……心配したか」

 カインが、ぽつりと言う。

「え?」

「彼女が君の敵になると」

 私は正直に答えた。

「少しだけ。でも」

「今は?」

「安心しています」

 彼は静かに息をついた。

「それならいい」

 その声音は、どこか柔らかかった。

 夕方、屋敷。

 兄たちはリリアの存在を改めて確認する。

「無害か」

「無害です」

「本当に?」

「……はい」

 次兄が腕を組む。

「だが、油断はするな」

「分かっています」

 私は思った。

 原作ヒロインが無害なら、悪役令嬢の破滅ルートは、もう存在しない。

(じゃあ……)

 残る問題は、一つ。

 ――恋。

 夜、窓辺で外を眺めながら、私は小さく息をついた。

(逃げ道が、なくなってきた)

 それでも、不思議と怖くはなかった。

 だって、この世界は――
 思っていたより、ずっと優しい。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

処理中です...