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第7話 原作ヒロイン、登場(無害)
しおりを挟む――原作ヒロインは、もっと恐ろしい存在のはずだった。
私の記憶の中では、純真無垢な顔で好感度を稼ぎ、無自覚に周囲を虜にし、最終的に悪役令嬢を断罪へ追い込む存在。
けれど。
「セレフィーナ様っ!」
廊下の向こうから駆け寄ってくるその姿は、どう見てもただの善良な少女だった。
「どうしました?」
「この前は、きちんとお礼を言えなくて……」
彼女――リリアは胸の前で手を組み、深く頭を下げる。
「いつも、助けてくださってありがとうございます」
(……え?)
「助けた覚えは……」
「あります! ありますよ!」
勢いよく顔を上げる。
「私、学園に入ったばかりの頃、右も左も分からなくて……」
「はい」
「でもセレフィーナ様が、廊下で困っていた私を見て、先生のところまで案内してくださって」
(……それ、たまたま通りかかっただけ)
原作セレフィーナなら、そんな親切は絶対にしない。
(私、そんなフラグ立ててた!?)
内心で頭を抱えていると、リリアはにこにこと続ける。
「それに、クラスでもいつも静かで……」
「静か……」
「噂と全然違って、優しい方だなって」
(噂……)
悪役令嬢としての評判は、健在らしい。
「ですから、もっと仲良くなれたら嬉しいです」
その瞬間。
背後の空気が、すっと冷えた。
「距離が近い」
低い声。
振り返ると、カインが立っていた。
「え、あ……」
「その話題は終わりだ」
(終わり!?)
リリアは一瞬驚いたものの、すぐに頷いた。
「はい……すみません」
「……いえ」
彼女は私に向かって、小さく手を振る。
「またお話ししましょうね、セレフィーナ様!」
去っていく背中を見送りながら、私は呆然とした。
(……本当に、無害)
昼休み。
兄たちとの定例(?)報告会。
「リリアと接触した?」
「しました」
「危険は?」
「ありません」
「好意を持たれたか?」
「……はい」
三人が同時に眉をひそめた。
「やはりか」
「近づけるな」
「必要なら転科させよう」
(転科!?)
「そこまでしなくて大丈夫です!」
「セレがそう言うなら……」
三兄ユリウスが首を傾げる。
「でも、不安はありませんか?」
「……正直、ありません」
それは本音だった。
リリアは、私の敵にはならない。
むしろ――
(守ってあげたいくらい)
午後、図書室。
本を探していると、またリリアに会った。
「あ、セレフィーナ様」
「こんにちは」
二人きり。
(……大丈夫よね)
「実は、相談があって」
「相談?」
彼女は少し恥ずかしそうに言った。
「騎士団の方に、憧れていて……」
胸が、きゅっと鳴る。
(騎士団……)
「ど、どなたですか?」
「名前は……カイン様って」
(ですよね)
「強くて、でも怖くなくて……」
「……そうですね」
言葉を選ぶ。
すると彼女は慌てて手を振った。
「あ、恋とかじゃないですよ! ただ、すごいなって思って」
「……それなら」
私は少しだけ、安心した。
そのとき。
「ここにいたのか」
タイミングよく、本人が現れる。
「カイン様!」
リリアがぴしっと背筋を伸ばす。
「……何か」
「い、いえ! その……」
彼女は私を見る。
私は小さく頷いた。
「尊敬しているそうです」
「……そうか」
カインは短く答えただけだったが、視線は一瞬だけ、私に向いた。
(……なんで私を見るの)
その後、リリアは満足そうに去っていった。
「……心配したか」
カインが、ぽつりと言う。
「え?」
「彼女が君の敵になると」
私は正直に答えた。
「少しだけ。でも」
「今は?」
「安心しています」
彼は静かに息をついた。
「それならいい」
その声音は、どこか柔らかかった。
夕方、屋敷。
兄たちはリリアの存在を改めて確認する。
「無害か」
「無害です」
「本当に?」
「……はい」
次兄が腕を組む。
「だが、油断はするな」
「分かっています」
私は思った。
原作ヒロインが無害なら、悪役令嬢の破滅ルートは、もう存在しない。
(じゃあ……)
残る問題は、一つ。
――恋。
夜、窓辺で外を眺めながら、私は小さく息をついた。
(逃げ道が、なくなってきた)
それでも、不思議と怖くはなかった。
だって、この世界は――
思っていたより、ずっと優しい。
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