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第8話 兄たちの過去と溺愛の理由
しおりを挟むそれは、雨の夜だった。
学園から戻った私は、いつもより早く自室に下がろうとして――
書斎の前で、足を止めた。
中から、兄たちの声が聞こえる。
「……そろそろ、話すべきだろう」
長兄アレクシスの低い声。
「本人が気づき始めている」
「遅すぎたくらいだ」
(……何の話?)
聞き耳を立てるつもりはなかった。
けれど、名前が出た瞬間、足が動かなくなる。
「セレのことだ」
胸が、どくりと鳴った。
「今まで、黙ってきた」
「だが、このままでは誤解したままだ」
「誤解……?」
三兄ユリウスが、静かに言った。
「僕たちが、なぜここまで過保護なのか」
雨音が強くなる。
(……理由)
私はそっと、扉の近くに立った。
長兄が語り始める。
「セレが、六歳の頃のことだ」
記憶に、薄く影が差す。
「王都で、祭りがあった」
「……覚えている」
次兄が続ける。
「人が多くて、騒がしくて」
「一瞬、目を離した」
空気が重くなる。
「気づいたときには、セレはいなかった」
心臓が、嫌な音を立てた。
(……誘拐未遂)
カインから聞いた話。
「裏路地で見つかった」
「男に抱えられていた」
「抵抗して、声を上げていた」
言葉が、胸に刺さる。
「幸い、すぐ取り押さえた」
「だが――」
三兄の声が、わずかに震える。
「セレは、高熱を出した」
「三日、意識が戻らなかった」
……知らなかった。
原作にも、そんな設定はなかった。
「目を覚ましたとき」
「セレは、泣かなかった」
次兄が、苦々しく言う。
「『大丈夫』って」
「『迷惑かけてごめんなさい』って」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
(……私らしい)
転生前も、同じだった。
助けを求めるより、我慢する。
「そのとき、決めた」
「二度と、同じ思いはさせない」
長兄の声は、揺るがない。
「多少嫌われても構わない」
「過剰でもいい」
「生きていてくれれば、それでいい」
しばらく、誰も話さなかった。
雨音だけが、響く。
私は、静かに扉を離れた。
胸がいっぱいで、息がうまくできなかった。
(……そうだったんだ)
兄たちの溺愛は、愛情であり、恐怖であり、後悔だった。
自室に戻り、ベッドに腰掛ける。
(知らなかった)
でも――
(知れて、よかった)
翌朝。
私は決めていた。
兄たちに、ちゃんと向き合おう。
朝食の席。
「兄さまたち」
三人が同時にこちらを見る。
「昨日の話……聞いてしまいました」
一瞬、空気が張り詰める。
「……そうか」
長兄が、ゆっくり頷いた。
「怒っているか」
「いいえ」
私は首を振った。
「感謝しています」
「……」
「守ってくれて、ありがとうございます」
次兄が、ばつが悪そうに視線を逸らす。
「重かっただろう」
「正直に言うと……少しだけ」
三兄が微笑む。
「ですよね」
私は続けた。
「でも、全部嫌ではありません」
「安心していました」
長兄が、目を伏せる。
「……それなら」
「だから」
私は深く息を吸う。
「少しずつでいいので、信じてほしいです」
「私が、自分で選ぶことも」
三人は、顔を見合わせた。
長い沈黙。
次兄が、観念したように言う。
「……難しいな」
「時間はかかる」
「でも」
三兄が、穏やかに続ける。
「努力はします」
胸が、じんわりと温かくなる。
その日の午後。
庭で、カインと会った。
「顔色がいい」
「……兄たちと、話しました」
彼は察したように頷く。
「理由を、知ったか」
「はい」
私は少し迷ってから言った。
「だから、過保護でも……嫌いじゃありません」
「……」
「でも、前に進みたいとも思っています」
彼は、私を真っ直ぐ見た。
「それでいい」
その言葉は、押し付けではなく、肯定だった。
(……この人も)
私を、信じてくれている。
夜、窓辺。
雨は止み、空気は澄んでいた。
(溺愛には、理由があった)
そして私は、ようやく気づいた。
この世界で、私は――
愛される存在なのだと。
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